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ギルド連盟の盟主


 「そもそも、皆様、『貴族派』が一体、いつできた組織なのか、ご存知でしょうか?」


 と、虚ろな男が尋ねるが、俺をはじめ、殆ど全員が首を横に振った。この中でリーフでさえも知らないことに俺は静かな驚きを覚えた。


 オルギオーデさんはうっすらと微笑みを深め、その粘ついた口を再び開こうとするが、その瞬間、少女の凛とした声がそれをさえぎった。


 「二十……さん、年まえ……」


 その声は最初こそ堂々としており、自身にあふれたものだったが、次第に萎んでいってしまい、最後のほうは殆どかすれていた。


 誰もがその声を訝しく思い、振り返った。


 その少女は、目を見開き、自分の言ったことが信じられないをばかりに震えている。


 「おい、どうしたんだ? メリル……大丈夫か?」


 ローレルが驚いたように駆け寄り、そっと肩を抱いた。


 ……律儀にちゃん付けをしないし、極自然にスキンシップ取れるし、あいつは顔に加えて性格までいいのか……そりゃあ隠れファンクラブもできるわ。


 「23年前……? まさか、せんの大戦と関わりが……!?」


 メリルはマルスくんと同じ、空色の瞳をこぼれんばかりに開き、オルギオーデさんへ向き直る。そんな驚愕を絵に描いた表情に、オルギオーデさんの暗い愉悦の表情はますます深くなった。まるで、黒い黄金のような笑顔だ。


 「ご明察……では、一体誰が23年前に『貴族派』を生み出したかは……ご存知ですかな?」


 その質問には誰もがかぶりを振った。さすがの伯爵令嬢でもそれは知らないようだった。


 「そうでしょうね……イスリア王国は、大逆人を歴史に残すことを嫌いますからね……」


 その言葉に反応したのは王子殿下、リーフだった。


 「大逆人だって!? イスリアは、建国以来謀反や反逆は起こっていないはずだ!」


 「王子殿下ですら知らないのです。まして水面下で執り行われ、まして失敗したクーデターの首謀者など、当時生まれておられなかったあなた方は、誰も知らないでしょう」


 口調は静かなまま、しかし心なしか激したように一気にまくし立てるとオルギオーデさんは静かに、ゆっくりと息を吐いた。


 「そのものこそ、時の王位継承権第11位、ウリムも含めた王国の北部一帯を支配しておられた公爵閣下でございます」


 「継承権を持つ……公爵……!」


 リーフはその言葉に衝撃を受けたようだが俺はどこか自然とその言葉を受け入れていた。こうした出来事が前世も含めて自分からは大きくかけ離れていたというのもあるだろうし、なによりも、俺の前世の歴史でもそんなことはなんどもあったからだ。シェークスピアの『リチャード3世』だってそういう話だ。


 だから、俺はクーデターの首謀者が王位剥奪を狙った親族の仕業であってもあまり驚かなかった。


 だが、リーフは違う。さっきの台詞を鑑みればどうやらこの国の歴史書というのは王族にとって都合のいい編纂をされているらしい。オリーブもメリルも青い顔をしている。


 しかし……


 「でも……なんでそのコーシャクさんはクーデターなんか起こそうと思ったんだよ?」


 意外にもローレルはショックを受けていないようだった。むしろありのままを受け入れ、その上で純粋に疑問点をぶつけている。


 「……ご存知のとおり、23年前の大戦はカテン、ケトケイ両国の問題だけにとどまらず大陸中を巻き込む大きなものへ発展しました……イスリアも例外でなく多くの騎士がカテンの猛攻を抑えるため派兵されました」


 ……その中には王族の方々もいらっしゃったのですよ。と、続けるオルギオーデさん。


 「そして、多くの命が失われ。公爵閣下はいつの間にか継承権第5位にまでなっておられたのです」


 なーるほど、それで野心に火がついたという事だろう。


 「そうして、公爵閣下はいつの間にか多くの有力な貴族を味方につけ、僅か2年の間に国政の中心に躍り出たのでございます」


 「それが……『貴族派』……てことか」


 ローレルがどこか悲しげな表情を見せながら納得の意を示す。


 「それで……その公爵は『貴族派』を生み出してどうしたんですか……大逆罪、ということは……」


 「ええ、もうお亡くなりでございます。先王……つまり、公爵閣下の兄上であり、リーフ王子殿下のおじい様が亡くなられた、その一週間後に……」


まさか……


 「暗殺か……」


 これまでずっと黙っていたラーク兄がここで口を開いた。その顔は眉根が寄り、酷く難しそうに歪んでいる。


 やはり、ラーク兄もショックを受けているのだろうか……?


 「だが、これだけじゃあアンタが『貴族派』に肩入れする理由にはなってないぜ?」


 しかし、やはりラーク兄も真実をありのままに受け入れその上で質問を返した。そのラーク兄の言葉に俺はなるほどと、思った。そういやそうだ。


 「ええ……まだこの話には続きがございます……」


鷹揚に頷くとオルギオーデさんは再び、虚ろな、どこも見ていないような目で語り始めた。


 「……公爵閣下は、前陛下を弑逆した疑いにより大逆罪となり歴史からその名を消されたのでございます……しかし、公爵閣下の生み出した政治結社『貴族派』はもちろんそれだけで亡びはしませんでした。旗印こそ失いはしたものの、新たなる指導者が再び王の座を狙い台頭したのでございます」


 やはり、静かな、諦めもふくんだような声だったが、その声色の中には悲しみもほんの僅かだけ含まれているように思えた。でも、オルギオーデさんの表情は相変わらず硬い固い笑顔のままで、オルギオーデさん自身、その感情についていけてないのかもしれない。


 「それが、20年前、陛下の親友であり、もっとも勢いのある貴族でもあった、侯爵……わたくしの友でした」


 部屋の中がしん、と静まるのがわかる。グレイプ兄とラーク兄は相変わらず鋭い眼光でオルギオーデさんを射抜いているが、それ以外の、俺を含めた5人は誰もが沈痛な顔をしてオルギオーデさんを見ていた。


 そう。みんなもっと、お金のためとか、そういう答えを期待してたんだろう。でも聞こえてきたのは、友情という起源……なんとなく、やるせない気持ちになってしまうのは、オレも同じだった。


 「しかし、彼もまた処刑台の露となりました……多くの『貴族派』の有力なもの達を連れてね……そのおかげで、現在の『貴族派』は統制がまともに取れていないのが現状ですよ」


 皮肉げな微笑みを浮かべたオルギオーデさんに、ついにこれで話は終わりかと、俺達が胸をなでおろした、その瞬間……


 「……23年前の動乱で、富と力を得たのはわたしだけではありません……時のプルシエ教会の司祭が今のウリム大聖堂の大司教になったのも、当時のはずですよ」






 ケール達の辞した応接室で、男は一人笑みを浮かべていた。


 「まあ、侯爵がなぜ『貴族派』の旗印になったか……実の娘ですら知らないことなのです……もうしばらくだけわたしの手の平で踊っていてください……〈コカトリス〉」



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