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オルギオーデ


 その男の第一印象は「虚ろ」だった。目は濁りきって混沌を注視するようで現実のどこにも焦点はあっておらず、にこやかに笑顔を浮かべているがそれもどこか虚空然としてむなしい仮面のようだった。


 こんな、何もない濁った目をした人物が本当に両替と金融さらに貿易商隊を多く抱える『ギルド連盟』の長なのだろうかと、俺は頭をひねった。


 「よく、おいでくださいました」


 貼り付けたような笑顔のまま、オルギオーデさんは席を立った。裕福の象徴のような大きなお腹が僅かに揺れる。そういえば〈マーラ〉のお腹も大きかったな。やっぱり商人たるもの太鼓腹じゃあなきゃいけないんだろうか。大黒天だか恵比寿様も見事なお腹の持ち主だったはずだし。


 「急な往訪にも関わらず応じてくださり感謝します」


 口火を切ったのはもっともこうした場に慣れているだろうリーフ王子殿下だった。俺はこうした場になれて居ないし、上流様がたのマナーもしらんので黙秘あるのみだ。


 ……しかし、リーフのやつ、よくお礼なんか言えたな。相手は王室に対する高額納税者でもあるが、メリルのいう事が真実であるなら、この大商人は『貴族派』の出資者でもある。リーフにとっては仇敵であるはずだ。


 「いえ、こちらこそ王子殿下はじめ、火燐のオークや鬼斬りのプラムのご子息方や殿下の竹馬の友と高名なローレル殿に拝謁を賜りまして、欣快の至りでございます」


 俺は、オルギオーデさんは相変わらず和やかな顔をして答える。が、しかし、俺はそのオルギオーデさんの言葉に目を見張った。


 「……随分詳しいんですね、オレ達のこと」


 どこか棘のある言葉を投げかけたのはわが兄ラークにぃだ。たしかに知らない人から自分の親のことを話されたらちょっと嫌な気分だ。


 「この短時間で随分調べたもんですね」


 と、こんどは金髪翠眼のグレイプ兄が皮肉げに言う。口元には冷笑のおまけつきだ。こっちは招かれざる客だというのに二人ともなんて態度をとるんだ!


 「……これでも商人ですので、信の置けるかたかどうか、事前に調べさせていただいております」


 そう言って深く頭を下げるオルギオーデさん。打っても響かない人だが……どうやら、俺達を事前に調べたということは本当らしい。あの短時間で……?


 もしかして、俺が知らないだけでインターネットでもあるんだろうか……?


 「そ……そんなことよりもケールの事よ……! なんで、まるでケールが『バビロン』の大ボスみたいなことをメリルに吹き込んだわけ!?」


 オリーブはまるきり喧嘩腰だ。おいおい、相手は多国籍企業の大社長だし、この国に膨大なお金を落としてくれる商人さんだぞ! そんなこと言ってくれるなよな!


 俺の将来の就職にひびいたらどうしてくれる!


 「……オレも聞きたいな。なんでオレの弟を貶めるような噂を流したのかな」


 と、オリーブに追随するのはラーク兄だ。その言葉からは、俺を愛してくれていることがひしひしと伝わってくる。


 ……が、俺は生きているだけでその気持ちを裏切っているし、このオルギオーデさんの流した噂も決して嘘ではないんだ……〈コカトリス〉の噂が流れるということは、俺を追い詰め……――まてよ……?


 鳶色の髪、低身長、白金の狼の杖ヴァナルガンド。これはどれも『バビロン』の四大幹部にしか晒していないはずだ……一体……――いったい、どこで情報が漏れた……?


 「たしかにそのケール……という子は、わたしが仕入れた〈コカトリス〉の情報にくいちがいはありませんな」


 「じゃあ……その情報は誰から……?」


 問い詰めるような口調で迫るグレイプ兄だが、しかしオルギオーデさんは答えない。


 「そちらはクライアントからのご要望でお答えいたしかねますな。商人もお金も信頼があって初めて価値をもつものですから」


 そういって緩やかに目を細めるオルギオーデさん。その三日月型に漏れる眼光はどこまでも暗く、虚ろで、飲み込まれるようだった。


 そんな虚ろな微笑みに、俺も、それどころかラーク兄もオリーブも何も言えなくなってしまう中、一人だけ……たった一人だけ、口を開いた。


 「じゃあ……なんで、あなたが『王党派』ではなく、『貴族派』に協力しているのか、おしえてもらってもいいですか?」


 澄み、よく通る声が沈黙と空虚に支配された応接室を貫く。だれもかれも視線は、否応なくその発声者の元へと集まる。


 「それと……」


 そして、その声の主は躊躇うようにその黒の瞳を揺らし、俺達がここへやってくる原因となった少女……メリルへと視線を移す。


 「メリルちゃんの……兄貴にいったい何があったのか……」


 その声は罪悪感に道、辛そうな色を帯びていた。が……ローレルは、屹然と、堂々と、虚ろと綿のような絶望を、切り裂いた。


 「……ごめんな、メリルちゃん……急に――」


 「……べつに、構わない……けど、ちゃん付けはやめてください……」


 悲痛な顔をして頭を下げるローレルに対し、メリルちゃんは、なんのことはないように答えた……が、その頬は色を失い、睫毛が微かに震えている。


 「……わたしも……お兄ちゃんは『バビロン』に殺された、ということしかお父様に聞いたことはなかったから……」


 それだけを震える声で、しかし表情だけは変えずに言い切ったのは、彼女の最大の強がりだったのかも知れない。そんなメリルちゃんの兄……マルスくんは、俺が……


 「畏まりました……――」


 沈痛な空気をかき回したのはオルギオーデさんのなぜだか陽気に聞こえる声だった。いや、もしかしたらオルギオーデさんも彼なりに静かな声を出したつもりなのかも知れないが、それはどことなく調律の狂った楽器のようで、この場にそぐわない色を持っていた


 「……その二つの話は、すべて23年前に遡る必要がありますね……」


 「23年前って……カテンが、フツクエを滅ぼしたっていう……」


 オルギオーデさんが、やはりうれしそうな気配のする声で語ろうとしたのをさえぎったのはローレルだった。まあ、たしかつい最近のイスリア史でやったところだからな。


 と、思ったのも束の間――


 「おい! アンタ――そんな話・・・・を今、此処でするつもりか……?」


 突然の鋭い声が俺達を驚かせた。見れば、顔中に怒りを浮かばせたラーク兄がオルギオーデさんを睨みつけている。なんと、隣にたつグレイプ兄すらも、険しい顔つきでオルギオーデさんの事を見ている。


 いったい……?


 「一体、どうしたんだよ……?」


 ローレルも驚きに目を見開き二人を交互に見比べている……が、その年長者二人の視線の意味がわかったのはオルギオーデさんだけだった。


 「なるほど……あなた方は、知っているのですね……」


 そして、初めてオルギオーデさんの顔に空虚な笑み以外の、本物の表情が浮かんだ。


 それは、愉悦――


 「わかりました……では、お二方のご要望にはお答えいたしまして、改めてお話申し上げましょう……『貴族派』が、生まれた、そのわけから……」


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