血と白刃
剣の肌がぶつかりあう音が鮮血に染まった洞窟内に響き渡る。鍔競る音に刀身がこげているかのような仄かに火の香りがする。かつて動いていた者たちの骸はいつの間にか形は激しく崩れ、腐敗するよりも先に融けだし、『バビロン』の生み出した生命の限界をおしえていた。
茫洋とした光りの中で二つの影が躍り、互いに本物の生命をかけた殺し合いをしていた。方や、漆黒の鎧に身を包んでいながら、その動きは水上を奔る影のように軽やかであり、動きは清水の如く繊細な騎士。しかし、その騎士は足元の血溜まりを蹴飛ばし、悪鬼のように対する者に迫っていた。闇色の全身に飛び散った返り血はその赤と黒とを互いに引き立てあい、見るものの目を狂わせている。
対峙する少年もまた血溜まりの朱と生まれ持った黒とで、見るものを酔わせていた。未だ完成しきらない肢体をもって、精一杯に腕の筋肉を膨らませて黒騎士の剣を裁いていた。
しかし、黒騎士が完成された流儀で少年を翻弄するのに対し、少年の顔は引きつり、騎士の剣をかわすことで精一杯といった有様である。わずか15歳の少年……ローレルはその肉体はようやく大人に近づこうとするものであり、すでに完成された黒騎士とは比べるべくもない戦いであった。
しかし、その決して勝てないと知る黒騎士に対峙して尚、諦めずに立ち向かい、そして避けられぬ必然の死があればあるほどに彼は英雄的であった。
ローレルは美しく、険しく歪む顔も、返り血にまだらに染まった黒髪も、すべてが悲劇的であり、倒錯的に彼をより英雄的に作り上げていた。
よう、絶賛ピンチ中のケールだ。なんと、今突然現れた黒騎士ことマルスくんと我等が英雄ローレルが文字通りしのぎを削っている。洒落にならない。
しかも、なにより大事なには俺たちの中で最も腕の立つ兄、ラークが黒騎士の不意打ちによって負傷してしまったことだ。正面から切られたようで、ラーク兄の胸には縦に一閃、むごい傷が奔っている。ラーク兄はこれまでも何度か無茶をしているので傷の多いからだではあるが、これほどまでに酷い傷はなかったはずだ。そして、そんな傷を負った原因すらも俺が生み出したものであることに俺は心臓が鷲づかみされるような痛みを覚えた。
が、今はなにより……!
俺はリーフとともにラーク兄へと魔力を送り込んだ。俺の絶対量の少ない、ほんのわずかだけ回復した魔力でどこまで癒せるかはわからないが、ラーク兄の傷を癒すことに専念した。
もしも、この世界がかつて俺の生きた世界のような医療しかなければラーク兄のこの傷は絶望的であっただろう。しかし、この世界には魔法が……奇跡の技がある。先ほどから極僅かずつであるが、ラーク兄の傷はふさがっており、切り伏せられた当初に比べれば顔つきも穏やかなものになっている。
なんという、マッチポンプだろう。
俺は内心の暗い自嘲を抑えることができなかった。
俺は今、自分の手で殺しかけたも同然の同腹の兄を癒している。自分が生きるために殺さねばならないとした人たちを、喪いたくないという矛盾。
おれは辺りの血溜まりに沈む魔物のなれの果てを見て思った。彼等は俺だ。生命のようでありながら、何かに寄生せねば生きられない、生命モドキだ。
暗い思案に沈みゆくなか、ついに俺の魔力がそこをついた。そしてその瞬間――
「ぐっ……! があっ!」
甲高い音とともに、ローレルの剣が弾き飛ばされ、大きく後方へ飛ばされた。俺とリーフがそちらへ意識を向けたときはすでに、手首を押さえうずくまるローレルの喉元に黒騎士の持つ漆黒の刀身が突きつけられていた。
「ぅ……あ……」
これは、誰の呻き声だろう。
命を失うことを恐れたローレルのものか、あるいは友を喪うことを恐れたリーフのものか……それとも、ああ、またか。という、俺の昏い諦めだったろうか。
誰もが、同じ感情を抱いていただろう。が、しかし、誰もが予想していなかったことが起きた。
黒騎士はゆっくりとその切っ先を下ろすと、血の池の上を滑るように踵を返した。
真っ直ぐと、俺へ向かって……