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導きの光


 「っはぁっはぁ……!」


 胸が痛い。心臓が破れそうなほど脈打っている。ただでさえ貧弱な体は、『学院』へ伸びるウリムの勾配を駆け上るのに、あまりにも向いていない。だがそれでも、俺は走らずにはいられなかった。


 ようやくわが学び舎の門をくぐった時、俺は膝に手をついて大きく息を吸うが、すってもすっても、まるで肺に穴が開いたように体のうちにとどまらない。俯いた額からは前髪を伝って、地面の石畳に汗が滴り、まだら模様を描いている。


 体が熱い。足はさっきの坂でがたがただ……! でも……! 走らないと……! リィエンがっ!


 俺はまためいいっぱいに息を吸い込み、ひゅうひゅうと息の漏れるのを覚悟で、もういちど走ろうとした、その時……


 「お、ケール! どうしたんだよ、そんなに急いで」


 「にい……ちゃん……」


 剣技の実習であろうか、金属製の胸当てをつけ、爽やかに適度な汗をかいたラーク兄がそこにはいた。遠くを見れば、未だ刃をつぶした刀で互いに競り合う先輩諸氏の姿が見える。


 「っ……!」


 そしていまさらに俺は気がついた。今、俺は助けを求めようとしている。俺の組織が、『バビロン』が、俺の為に行う行為を止めるために、ただ知り合いだから見過ごせないという理由のためだけにローレルやリーフを使おうとしているのだと、そんな虫の良すぎる自分の考えに、気がついてしまった。


 「な……なんでも、な――……」


 「うそつけお前がそんなに慌てて……――そんな顔してるの見て、信じるわけ、ねぇだろ」


 ラーク兄は急に真剣な顔をして俺の腕をつかんできた。まるでひねあげるように獲られこそしたが、痛みはなく、むしろ労わりが感じられた。だが、力は強く、決して俺を逃がさないという頑健さがラーク兄の太い腕には浮かんでいた。


 「っく……」


 「なぁ、ケール。前も言っただろ……何か困ってるなら言ってくれ。力にならせてくれよ……!」


 愁眉を憂いに曇らせたラーク兄の瞳が俺を覗き込む。むしろ悲壮さすら漂うような必死の顔が俺を引き止める。ぜんぶ、俺を気遣いの為に……


 でも……だからこそ……この人を、友達や家族を……巻き込みたくは……――!


 「ケール!!」


 「ッ……――リィエンが……攫われた……!」






 ウリムは500年以上前からある古い町だ。山を覆うように建てられており、年を追うごとに拡張を繰り返されては来たが、その発展の裏では、もう誰にも省みられないような北の旧市街地のような存在も生んでいた。


 ……俺たち4人は、そんなウリムの北端を目指し馬を走らせていた。


 「……でも、本当なのかよ、リィエンが攫われたなんて……」


 駆ける馬は二頭。いつか父さんとともに乗った馬ほど大きくは無いがそれでも花から吐く気炎のたくましい、力強い脚の馬だった。俺はラーク兄の後ろに、ローレルはリーフの御するその尻馬から俺に問う。


 「……たとえ真実でなくとも、『バビロン』の手がかりなら調べるにこしたことはないよ。それに、攫われたのはカリファの巫女……イスリアとフツクエの関係を壊しかねない人材だよ」


 と、御者を務めるリーフが額に汗して答える。まだこの世界では鞍も鐙も無いらしく、乗るものの脾肉と体幹によってのみ支えなくてはならない。俺などなんど落ちかけたことか。ラーク兄は『学院』で馬の乗り方は教わったというが、やはり父さんほど安定している明けではないので、なかなかおっかない。


 しかし、今回は比較的短距離の移動だったので、なんとか無事にたどり着くことができた。


 「ここが……ウリムの旧市街地……」


 「……市街地だって言われるよりも、遺跡っていわれたほうが納得できるな」


 俺の前に座るラーク兄の呟いたその言葉はいい得て妙だった。ここはまるで古代の遺跡だ。蔓が灰色の壁を緑に染め上げ、道に植えられた石畳の間からは背の高い雑草が伸びたい放題に埋め尽くしている。


 中央に比べてなんという寂れ具合だろう。


 「……とにかく、探してみよう」


 リーフのそのことばに俺たちは下馬した。俺だけ転がり阿智かけたのは内緒だ。


 かつてはにぎわっていたのだろう500年まえの要塞年としての名残を俺たちはみてあるいた。〈マンティコア〉はもちろん『クリュプタ』で活動する以上、なにがしか魔力を発さずには入られないはずだ。


 が……


 「つわものどもがゆめのあと……か」


 「ん、ローレルなんだそれ?」


 ラーク兄とローレルは魔力に関しては疎いから、俺とリーフが魔力をさぐっているのだが、何をの気配をつかんだと思ったらまるで雲をつかむように消えてしまう。そんな不完全燃焼な感覚を数度繰り返した、その瞬間。


 「お、おい、ケール……それ」


 俺はローレルの驚いたような声に目を開けた。すると、その視線の先には俺の握るヴァナルガンドがあり、狼の頭を象った頭頂部に注がれていた。


 その銀の狼の翡翠の双方は、まるで小さな噴水のように碧い光りをこぼしていた。


 「え……!?」


 「まさか……これ、魔力に反応して?」


 たしかに、ヴァナルガンドは魔力にたいし親和性の高い杖だが……まさか、ここまでとは……


 そして、狼の碧玉からこぼれ出ていた光りは、こんどはまるで一本の矢のように飛び、一線の光りの筋を生んだ。


 「もしかして……」


 「この先にリィエンが……!」


 「行くぞ!」


 俺は他三人の掛け声など耳に入れないうちに駆け出していた。リィエンは、俺がたすけださなければならない。なぜだか強くそうおもわれたからだ。


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