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リィエン


 「……目、覚めたか?」


 黒騎士が去ってから一時間ほどたってからようやく少女は目を覚ました。僅かに開かれた翡翠色の瞳から光がこぼれる。それをケールは心配そうに覗き込んでいた。


 「ここはウリムの喫茶店だよ……ところで君は一体彼等とどういう関係があるんだい?」


 少女が鳶色の瞳をもつ少年、ケールの脇から聞こえた声に僅かに首をひねり見るとそこには一見して高貴の出とわかる少年が少女を見下ろしていた。その表情は難しそうに眉根が尾せられ、どこと無く神経質そうだ。


 少女は机を二つ並べただけの寝台から上体をおこすと、精錬された佇まいで応じた。


 「……先ほどは助けてくださりありがとうございました。わたしの名前はリィエン。海の街カリファの巫女を勤めているものです」


 「カリファの……巫女?」


 少女、リィエンの言葉に目を大きく見開くケール。彼の記憶の中に踊りだしたのは10年前の思い出である。


 また他方からリィエンに問いかける言葉が種々に聞かれた。そのどれもケールには上の空であった。


 「……わたしがウリムに来た理由はここの『学院』へ通うためなんです。わたしはたしかにカリファ大聖堂でいくらかの知識をまんでは降りますが、やはり、より学識を広げるにはこちらが一番だと大司教様にも伺ったので……」


 するとリィエンは懐から一枚の薄い粘土板を取り出した。


 「それは?」


 「カリファ大司教様が書いてくださった『学院』への推薦状です」


 と、リィエンは問いかけたリーフにその小さな粘土板を渡す。そこにはまぎれも無くカリファ大聖堂の印章が彫刻され少女リィエンの言葉を証明している。


 「……わかった。幸いぼくたちは『学院』に通うものだし、こっちのケールくんは風紀委員だから学院長との面どおりも易いだろう」


 と、急に自分の名が呼ばれたことに我に帰ったのかケールが頷く。


 「……お、おお! まかせとけ!」


 これが、彼らとカリファの巫女リィエンの出会いであった。






 よう、リィエンとの出会いから1週間たったケールだ。学院長の粋な計らいで見事リィエンはわれらが『学院』の仲間だ。なんたってリィエンを受け入れた御礼にといって多額の寄付金がフツクエ王室とカリファ大聖堂から送られてきたからな。そりゃあもう、学問の姿勢うんぬんを抜いて入学させて正解だろうさ。


 ……なのはいいんだが……


 「あの……ケールくん、図書室って……」


 「んーああ、西館のほうだから、ちょっと入り組んでるな……案内するよ」


 「ありがとう……!」


 と花のほころぶような笑顔をくれるのはもちろんリィエンだ。いやぁ、まぁこうも麗しいおなごに頼られるのはうれしいというか、オリーブの射殺す目が怖いというか……


 と、いうのもこうなった経緯はあほんだれ王子ことリーフに責があるのだ。それはリィエンが学院に入学したその瞬間くらいのこと、俺とローレルを呼び出してなるべく目を離すなといってきた。


 なぜかと聞けば、『バビロン』に追われているらしかったからその保護と、リィエンが本当に信用できる人間か見定めるためだという。


 まったく、俺たちに損なやくわりを押し付けておいて、自分はカトレアさんたちといちゃついた上で普通にリィエンと仲良くしやがって! 


 ローレルもローレルだ! あいつはアイツでカトレアさんやリカステ先生の間をうろうろしやがって! 俺は知ってるぞ! 最近別の寮の女の子から告白されてやがったな!隠れファンクラブなんてできやがって! ヴァーか! 


 「あ、あの……ケールくんどうかした?」


 おっと、俺としたことが邪悪な感情に流されてしまっていたらしい。今はこの美少女を図書館までご案内いたすのがおれの役目だ。


 ……しかしなぁ、リーフもローレルもカトレアさんとは一体どういう関係なんだろうか? あの三人は俺たちがいつも一緒にいても一線を引いているような、そんなどこか寂しくさせるものがある。うーん。


 ……あの二人はカトレアさんとリコステさんという麗しい姉妹が近くに居るのに対し、俺は基本的にオリーブとラーク兄だよ! しかもオリーブにいたってはなぜか事あるごとに俺w殴るのは一体どういうつもりなんだ……!


 昨日も、心の保養と思ってリィエンと話していたらドロップキックされたんだぞ!


 「ケールくん……!」


 おぉっと、あぶないあぶない。また闇落ちするところだったな。図書室へ行くまでは心安くリィエンをあないいたすか。


 ……しかしこの数分後、リーフにもファンクラブがあるとしった俺の心は再び嵐が吹きすさぶのであった。






  「まずいわね……」


 「まずい……と、申しますと?」


 ウリムの中央通りに位置するかの商館。ここには再び一組の男女の姿があった。片方は神経質そうな眉の下に虚ろな伽藍の目を持つ小太りの男、オルギオーデ。もう片方は黒紅に妖艶なパピヨンマスクをつけた女、ウンディーネだ。


 「最近、カリファの巫女が『学院』に入学したことは?」


 「聞き及んでおります」


 従順に頷くオルギオーデに微笑むウンディーネ。


 「ええ、そうでしょうね。3年も前にこの情報をつかんでいたのですものね。巫女に入学の意思があることを」


 「それの一体なにがまずいと?」


 その言葉に背をむけた〈ウンディーネ〉にはオルギオーデが顔をゆがめたことは永久にわからない。むしろ彼女は得意そうに話し始めた。


 「王子と友人関係にあることがよ。カリファはフツクエ王室の金庫といっても過言ではないわ。そのカリファに大きな影響力をもつ巫女がイスリア王族と懇意にしている。これは由々しき事態よ」


 たとえ、当人たちにその意識が無くともね……と、〈ウンディーネ〉はその唇を美しくゆがめる。


 「……それで、わたくしには何を御所望で……?」


 「〈マンティコア〉があの女を欲しているわ……外へはわたしが連れ出すから……あなたがここへつれてきなさい。〈マンティコア〉に、引き渡すのよ」


 かくて、カリファの巫女をめぐる陰謀は開かれた。


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