兄弟、或いは姉妹
前話の投稿日のアクセスPVが普段の4倍近くいただきまして仰天しております。本当にどうもありがとうございますm(_ _)m
よう。リーフに呼び出されてフローロに来たケールだ。しかし道中は寂しいんだった。なんたって今日はレオンとリコルが居ないからな……
俺は一週間まえからあの二匹には〈マンティコア〉の監視をさせているのだ。あいつのおかげで『バビロン』は大きくなり、俺の寿命は延びているのはありがたいが、こないだはアイツのせいで死に掛けちゃったからな。これ以上勝手なまねをされたらたまらん。
「……で、リーフ。わたしたちをこんな所に呼んで何のようなの?」
「……もうすこし待ってもらえないかな……まだリカステ先生が着てないから……」
今ここに居るのはローレルに俺、オリーブ、そしてカトレアさんだ。ハンナさんは俺たちの物々しい雰囲気を察してか出て行ってしまった。なんて良くできた人だろう。
そして、時は来た。
「すまない……! 小テストの添削に手間取ってしまって……!」
入り口のベルがなると、やや小走りに現れたのは30歳手前の化粧気のないべっぴんさんだった。走ってきてくれたのだろう、息を切らしている。あれ……? この声どこかで聞いて事あるような……そんなことよりも――
体つきはメリハリがあるし、引き締まっている。肌もきめ細かくて立ち振る舞いには高貴さすらある。まさにザ・美人さんって感じだ……まぁウチのママンには負けるけどな!
さて、最後の一人がそろったところでリーフの顔つきが変わったので俺も胸襟を正す。
リーフがオレンジ色の瞳をもつ目をフックリ開く。おお、俺まで緊張してきた……
「ケールくん……オリーブ……二人に話しておかなくちゃいけない事があるんだ……」
ん? ローレルと先生姉妹は良いのか? まああの三人とは元々仲が良いみたいだしな。
「ぼくは王位継承権第一位。この国の、王子だ……」
へ~王子さまなぇ。そういえばそんな話をどこか……で……
――は?
いや、人間って本当に驚くと声が出なくなるんだな。王子さま? あはは、なにそれ食べ物?
「玉子?」
「王子だ……」
俺のボケすら真面目な顔して返されてしまった。つまり……つまり……――!?
「な……なんだってーーーー!?!?」
こんな台詞、人生で何回も言えるもんじゃないな!
あれから数分ほど経って、叫びまくる俺と、ついでにオリーブを宥めたリーフとローレルあと先生姉妹は宥めると漸く本題に入った。俺をいい加減黙れといって殴ったローレルは許さん。もうテスト勉強みてやらないゾ。
「……ところで、まだカトレアとリカステのことを紹介してなかったね……」
と、リーフは二人の美女を右手で指し示すと生粋の平民の俺とオリーブに紹介してくれる。
「元々この二人はぼくの世話係をしてくれていたんだ。ぼくの最も信頼する人たちでもあるんだ。そして……きみたちも……」
と、いうことはこいつこんな美女ふたりと10年以上一つ屋根の下ですごしていたことになる。なんというやつだ!
「ぼくに……ちからを貸してくれないか……?」
そういうとリーフは勢いよく頭を下げた。えー絶対ろくなことじゃないぞ。おおかた国政に関わることだろ? 最悪の場合大逆罪になりかねないゾ。断ってもだけどな!
と、俺の脳内スーパーコンピューターがフル活動するうちに結論を出してしまったのはオリーブである。
「殿下! 頭を上げてください! わたしたちに出来ることなら何だってやりますから!」
おい、さりげなくわたしたちって、俺まで数に含んでるじゃないか!
「ありがとう……! ふたりとも……! 本当にありがとう……!」
オリーブの言葉に従って頭を上げたリーフの目には涙が浮かんでいる。なんといういまさら断りにくい状況だ。これは……腹をくくるしかないのか……!
「さっきも言ったとおり、ぼくはこの国の王子としていつか父上の後を継ぐだろう……そのために、やっておかなくちゃならないことがあるんだ……」
その朝陽を思わせる、力強い瞳は曙色に煌き、その意思の強さを俺たちに示していた。正直に言えば引き込まれちゃいそうだった。前世も含めれば、俺の半分も生きていないリーフの瞳に、俺は飲まれそうになっていた。
「『バビロン』の討伐と、――『貴族派』の解体だ……!」
そして、一瞬で引き戻されてしまった……
「……お、ケールどうし……――大丈夫か?」
気がつくと俺は、学院に戻ってきていた。足元はふらついておぼつかないし、なんだか頭は働かない。こんな気持ちになるのはここ15年はじめてだ……
「……ちょっと、気持ちわるい」
俺は自覚もないまま、いつのまにかラークくんの腕の中にすっぽりと納まっていた。父さんと一緒で硬くごつごつした體だ。こんなのなら苔の上のほうがよっぽど柔らかい。
……が……
「あったかい……」
ラーク兄は暖かかった……俺は同年代でも小さいほうで、身長もラーク兄の胸くらいまでしかない。だからこそ、俺はラーク兄の体にすっぽりと包まれているのだ。胸に耳を押し当てれば、筋肉の軋む音の向こうに確かな心臓の音が聞こえる。生きている。光の者が……
「ケールもあったかいぞ? まるで火に当てた鍋だな!」
と、きっと俺の行動の意味なんかも理解できていないだろうラーク兄は、それでも俺を慰めようとしてくれているのか、頭をぽんぽんと優しくなでてくれる。
あの時……リーフは魅了されるほど力強い瞳で、俺にたちに『バビロン』の討伐を協力してくれと頼んできた。あんなにも引き込まれたのは、それはリーフの言葉が命を賭けたものだったからだろう。リーフはたしかに、命を賭けてでも、事を成すつもりだ。
そして、不意に思い出したのは『キューブ』の主との契約だった。
……俺は、自分が生きたいが為に、マルス君をはじめ光の者と思われるものたちを『バビロン』を使って葬ってきた。
そのために運命は乱れて、俺は命を延ばし続けてきた……まるで、寄生虫だ……
そんな寄生虫が総帥を務める『バビロン』を、滅ぼしたいと、その言葉に命を賭ける少年がいた。
……俺は、一体、何なんだ……? 『キューブ』の主によって……でも、英雄を殺してでも、生き残ろうと決めたのは、俺自身だ……俺は……――
「……ケールがさ、何に悩んでるか、オレにはわかんない……だけどさ、お前が困ったときや疲れたときは、何時だって肩を貸すし、相談だって乗るからよ……いつでも、頼れよな」
「……うん……」
俺はその日、生まれ変わって始めて、人前で泣いた。
翌日――
「おいケール! 昨日ラークのやつ大喜びだったぞ? なんか、ついにケールがデレた! とか、オレの時代だ! とか……なんかあったのか?」
と、グレイプ兄に言われてからは、少なくともラーク兄の前で泣くことはするまいと心に決めた。
その夜、ケールをはじめ学生や教職員たちすら寝静まっているはずの『学院』の部屋に、本来ならば灯される筈のない光が暗闇を切り裂いていた。
「……あの王子の忌々しいこと……『バビロン』はおろか、『貴族派』すら解体するですって? 今まで国王の背に隠れて自分では何も出来なかった無力な王子の癖に……!」
「……でもお姉さま、殿下……リーフは確かにこの国のことを考えていらっしゃるわ……!」
片方の女は化粧気こそないが美しい顔に怒りを浮かばせ、もう片方はそんな姉に恐れるようでありながら、自らの意見を述べる。
「ああ……! カトレア! いけないわ、貴方まで騙されては……! もしも今『バビロン』がなくなればどうなると思う? 教会以外で始めて大陸を網羅したこの組織がなくなれば……! ここ10年のイスリアの豊かさは、経済と『バビロン』が密接な結びつきを持つ故なのよ……? あの王子はそれすらわからず、もしも滅ぼせば、多くの民が飢えることになるわ」
「でも……でも、『貴族派』は? 国政が二つに割れてしまっては政治が安定しないわ!」
「逆よ……カトレア。『王党派』があることが過ちなのよ……」
姉……リコステはあくまでも慈愛深く、カトレアを包み込むように諭す。今まさに口付けせんばかりに頬を寄せると、追い討ちをかけるように耳元にささやく。
「ねぇ……カトレア、今もしわたしたちが諦めてしまえば、一体誰がお父様の無念をはらすの……?」
それは、甘く、蜜のようであるが、ねっとりと毒を含んだ囁きだった。
「考えてみて……? 家格を奪われ、平民に落ち……保護の美名の下あの愚王の子飼いになったのは何のため……?」
「……お父様の……汚名を雪ぐため……――」
「そうよ……! そして、王室への復讐のため……」
不意にリコステは包み込むように抱きしめていたカトレアから身を離すと、部屋に備えつけた鏡台の前に立ち止まった。鏡は、妖艶な笑みを浮かべた姉と、打ちひしがれたように俯く妹を写していた。
「そして、すべては今夜のため……」
「本当に……! 本当にやるおつもりですか? リカステ――〈ウンディーネ〉お姉さま!」
カトレアは震える体を両手でかきいだき、涙の溜まる瞳で鏡の前に立つ姉をにらみつけた。しかし、鏡に映る姉は、もはや先ほどまでの姉とは変わってしまっていた。
先ほどまで化粧のなく、生命力そのままに美しかったリコステであるが、今やその顔は白く、唇は闇のような黒い紅が塗られていた。目元もまた黒が強調され、作り物めいた美の仮面を顔に貼り付けていた。
「そうよ……それが、〈ドラゴン〉との契約なのだから……さあ、カトレア……西の門の閂をはずしてきてちょだい……? 今ならあそこには守護兵は居ないはずよ……」
リコステ……〈ウンディーネ〉はそれだけ言ってしまうと、懐からとりだした派手なパピヨンマスクをつけた。
「さぁ、行ってちょうだい、カトレア……もう〈ドラゴン〉はついているはずよ」
「……はい……〈ウンディーネ〉、お姉さま」
まるで、喉を引き絞るかのような声をだすと、カトレアは優雅な一礼を残し、部屋を後にした。残されたパピヨンマスクの女が肩を震わせていることにも気がつかず……
カトレアは迷うことなく西の門までやってきた。西の門は、いつか彼女が巣から落ちた小鳥を見つけたそばにあった。そして、その向こう側には、たしかに人の気配がする。
「……〈ドラゴン〉……ですか?」
「……さっさと閂をあげろ」
カトレアは門の向こう側から聞こえる威圧的な声に恐れをなし、音を立てぬよう、細心の注意をはらって閂を挙げた。
門は、音もなく滑るように開くと、そこに立つ炎を思わす赤髪の男をあらわにした。
彼の姿を直接見たことで、〈ドラゴン〉の持つ膨大な魔力を察したカトレアはつい、心を苛む疑念をぶつけてしまった。
「なぜ……」
「ん?」
「なぜ、それだけの魔力がありながら、『学院』への内通者など用いるのですか……! あなたほどの力があれば……こんな門……内通者など、なくても……!」
その、カトレアの悲しみの丈をぶつけた言葉も、〈ドラゴン〉には嘲笑を浮かべるのみであった。
「貴様、あの女狐に使えている割には道理を知らんな……」
「道理など……!」
「オレはここに人を探しに来た。この堅城を魔力で突破するのはたやすい……が、そうなれば騒ぎになって人探しどころではないだろう。唯でさえ、日の下を歩けない身ではな」
意外にも親切に答える〈ドラゴン〉に、言葉をなくした。
「それに、貴様がここまで来るのに、一度でも道に迷ったか……? 仮に貴様が1週間前に赴任したとかいう教員だとしたら、この入り組んだ『学院』を1週間で覚えられるか? 暗闇の道を迷わず。大方、あの女のことだ。貴様じゃあ気付かんような口実をつけて下見でもさせたのだろうな」
「そんな……じゃあ……わたしは……」
「ふん……貴様の役割はここで終わりだ……本来なら口封じに殺すところだが、あの女狐からの条件で貴様には指一本触れてはならんことになっているからな……さきに、もう一つの条件を片付けさせてもらおう」
もう話は終わったとばかりに、〈ドラゴン〉はカトレアを置いて歩き出した。その背中が闇に隠れだすころ、カトレアの嗚咽は止まないものになっていた。
「わたしは……! わたしがしたことは……! ああ、神様……お助けください……だれか、どうか助けて……ローレル……――!」
その瞬間、彼女は時が止まったかのようにぴたりと動きを止めた。未だ頬を濡らす涙はとまっていないが、その顔はもはや、先ほどまでの絶望者の顔ではなかった。
「もしも……もしも、これが、お姉さまの計画通りに運んでいるのなら……きっと、ローレルなら……ローレル……!」
カトレアは、数日まえに彼らに案内してもらった、『学院』の“近道”を通り、駆け出した。