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リカステ

 よう。例の謎の美女カトレアさんを案内しているケールだ。なんと彼女、俺たちの6歳年上の21歳だという。俺の前世でも学生をやっていてもおかしくは無い年齢だが、21といえばこの世界、とりわけ貴族の間では適婚期がちょうど今くらいだ。


 蛇足だがこの『学院』は貴族の子女限定で言えば将来の結婚相手を探す場にもなっている。もちろん、閨閥の強化のために親の選んだ相手と懇意にさせる時もあれば恋愛結婚も『学院』設立後では珍しくなくなってきたという。15歳から20歳までの5年間に仲間なり恋人なりを見つける場にするのは、まあ俺の前世でもおんなじだったな。


 そんな背景もあるし、カトレアさんも結婚相手さがしをしにきたのかも知れない。


 と、思っていたのに、なんと彼女は平民だという。びっくりだ。


 と、まぁそんなこんなでカトレアさんに学院の敷地内の森を案内している風紀委員の俺なのだが……


 「って! 言ってるそばから居ない!」


 「はぁ……またか……」


 これで三回目だゾ! いい加減にしてくれ! 


 彼女はなぜか、俺たち三人が眼を離したその瞬間にふらりとどこかへ言ってしまう。実は隠密かなんか?


 数秒辺りを見渡すと程なくして見つけることができた。


 「ち、ち……大丈夫? ……木から落ちてしまったの……?」


 地面に落ちたのであろう鳥の雛に話しかけていた。


 こんなファンシーなことをする平民を……21歳を、俺はこれまで見たことが無い。なんという深窓の令嬢であろう。


 俺は心配そうに雛を覗き込むカトレア嬢を不思議な気持ちで見つめた。


 見ると、まだ目も開いていないで毛も生えそろっていない、生まれて数日経っていないだろう小さな雛鳥だった。こりゃ俺でも心配になる。


 上を見上げると、なるほどそこそこ高いところに巣があるのが見える。俺の体力では登るのはきびしいな。となるとヴァナルガンドを伸ばして……俺まで倒れちゃいそうで怖いな。うーんどうしたものか。


 と、俺が思案していると……


 「カトレア、ちょっとかして」


 言うが早いが地面の小鳥を掬い上げたのは黒髪の少年、ローレルだった。彼はポケットからバンダナほどの大きさの布を取り出すと、それに雛を優しく包み、口にくわえると、靴やら剣やらを地面に置いて身軽になって、太い幹に踊りかかった。


 まさか、あんなとっかかりのなさそうな大きい木を登るつもりだろうか。


 俺がまさか出来んだろうと思っている間にローレルはルートを見つけたのかゆっくりだが着実に上へと進んでいった。こうして人が登るとこの木の大きさがよくわかる。


 巣があるところは地上から3メートルくらいのところだろうか。落ちればケガをしてもおかしくないな。


 そんな俺の懸念もよそにローレルは太い枝に手をかけて、雛を労わりながらそれによじ登った。


 そしてとうとう……


 「もう落ちるなよ」


 と、無事に雛を巣へ帰すことが出来たようだ。


 あれが鶴ならなぁ。きっと今日の夜くらいには美しい女がローレルを訪ねることだろう。ただでさえカトレアさんのお願いを聞いてあげたうえでなんて欲張りなやつなんだ!


 俺があらぶるのをよそに、木の枝からカトレアさんに手を振るローレル。こうして新任の先生の妹さん接待は無事?終わったのであった。






 さて、それから1週間後……


 「ねぇねぇ! ケール! あんた、リカステ先生のイスリア史の授業受けた!?」


 と、興奮気味に俺に詰め寄るのはオリーブだ。相変わらず側頭部に纏めた髪を震わせ、昂揚した顔で新任の女教師の授業の面白さを説くオリーブ。というかこいつ、いつから俺のこと名前で呼ぶようになったんだ。


 「知ってた? この大陸の人たちは元々はみんな他所の国から渡ってきた人たちなのよ!」


 知ってる。師匠から聞いたことあるからな。


 「それで、最近明らかにされたらしいんだけど、元々はこのイスリア国の最南端の港に最初の入植者がきたそうよ」


 ああ。そういえば〈マンティコア〉が言ってたな……元々は教会の上部にしか明かされていなかった知識だっかけか。


 「それにリカステ先生、『貴族派』と『王党派』についても詳しいのよ!」


 そりゃお前、学院長の話では『王党派』から派遣された教員だ。平民らしいとは言えさすがに知らんはず無いだろう。


 と、俺が驚きも恐れもしなかったのが気に食わなかったのかオリーブはだんだん眉がつりあがってきた。あ、これはヤバイ。


 「ちょっとケール聞いて……――」


 飛んでくるだろう、蹴りかパンチか億分の一の確率での愛の告白かに身構えると、救世主が現れた。


 「良かった! ケールくん、オリーブ! ここに居たんだ!」


 と、頬を紅潮させて息を乱れさせて現れたのは金髪お貴族リーフくんだった。


 「……今日の授業後にフローロに来てほしいんだ」


 「わたしはどうせ仕事だから行くけど……なんで?」


 と、訝しそうに片眉を吊り上げるオリーブ。勝気な顔に良く似合う表情だな。


 ……そんなことよりも、さっきまでこいつ、腰を落としていたからな……あれは間違いなく水月を抉るスクリューパンチに違いない。あれは痛いゾ。


 「話したいことがあるんだ。ローレルとカトレア、それに、リカステ先生も呼んだから……是非きてほしい」


 リーフのオレンジの瞳がいつになく真剣な光を帯びている。うむ。これは誕生日パーティーのお誘いではなさそうだ。これだけ真剣な顔をされれば行かないわけにはなるまい。どうせ今日は暇だからな。


 ……それにしても、なぜ先生姉妹を呼ぶんだ?






 一方、そのころ、ケールの預かり知らぬところ、かのギルドの商館にて、ある男女の密会が行われていた。


 一方はパピヨンマスクに黒紅を塗った女〈ウンディーネ〉。そして、もう片方は……


 「それで、まだ〈コカトリス〉の正体はまだ掴めないのかしら? オルギオーデ」


 どこか高圧的に放たれた彼女の言葉を受けるのは、ふくよかな腹を持った初老の男だった。この男こそ『ギルド連盟』の実質上の盟主であり、この商館を『バビロン』に貸し与えているウリムの黒幕フィクサーの一人、オルギオーデであった。


 「ええ、〈ウンディーネ〉様……10年前から〈コカトリス〉の情報は方々に流しているのですが……」


 「その言い訳は『バビロン』が出来てから15年間! 毎日のように聞いてるわよ! あなたの両替業と銀行業……それに、貿易業がうまくいってるのは誰のおかげだと思ってるの!?」


 「そうお声を荒げないでください……! もちろん、大陸中にネットワークをもつ『バビロン』の組織力と、『貴族派』に口利きしてくださったあなたのおかげでございます……」


 男……オルギオーデは〈ウンディーネ〉の言葉に深く頭をさげると、恭順の意を表した。それで漸く落ち着いたのだろう。〈ウンディーネ〉は今度は落ち着いた声音でもってオルギオーデへ接する。


 「……ええ、そうね。そしてあなたは『ギルド連盟』の盟主となり、いまや『貴族派』や我ら『バビロン』の最大のパトロンの一人ね」


 「すべては〈ウンディーネ〉様の口利きがあってこそ……!」


 「だからこそ聞いているのよ……! ウリムどころか北はカテンにまで商隊を侍るあなたでも掴めない〈コカトリス〉の正体を!」


 再び頭に血が上り始めた〈ウンディーネ〉に対して、密かに眉を顰めると、オルギオーデは躊躇うように口を開いた。


 「……些細なことかも知れませぬが、わたしの商隊がカリファからの積荷のコーヒー豆を定期的にウリムの小さな喫茶店へ届けるのですが……先日、そこが何者かに襲撃されたと」


 オルギオーデのどこかねっとりとした声に眉をあげる〈ウンディーネ〉。彼女の中ではちっぽけな喫茶店に強盗でもはいったのかと考えられたのだろう。しかし、その予想は大きく裏切られることとなる。


 「……それが店主の女に聞くに『バビロン』に襲われたと……鎌を持った翼ある大猿と、漆黒の鎧を纏った騎士に……」


 「翼ある大猿……イラか……ということは〈マンティコア〉の『クリュプタ』が関わってるという事かしら……?」


 「ええ、おそらくは……〈コカトリス〉と〈マンティコア〉は繋がりがあると仰っておられたのでお耳にと……」


 変わらず慇懃に接するオルギオーデに対し、〈ウンディーネ〉は口に手を当て思案に耽る。これまで、この15年。〈マンティコア〉が行うことには必ず意味があり、〈コカトリス〉への手がかりになるものも少なくは無かった。彼女はそれを思い出したのだろう。


 「……ところで〈ウンディーネ〉様、『学院』に新しい教員が招かれたのはご存知ですかな?」


 さも、彼女に妙案が浮かぶのを阻止する如く声をかけるオルギオーデ、そのざらついた耳障りな声に、彼女は思わず思考の糸を断ち切ってしまった。


 「……ええ。亡き侯爵閣下の落とし子ね……『王党派』から派遣されたとかいう」


 「ええ……あの、侯爵様の……」


 〈ウンディーネ〉は、オルギオーデの口元に浮かんだ笑みに意味を、ついぞ理解することは出来なかった……


次回! あいつが登場します!

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