オリーブ
よう、あれか一晩すぎての放課後、リーフを伴ってフローロへ向かっているケールだ。
なんでそんな頻繁に行くかって? なぜなら今日があの黒髪バカことローレルの発売とだからだ! もしあいつが粗相をやらかしてみろ。紹介者の俺があの店に入れなくなってしまう。
というわけで、なぜか自分も連れて行けとうるさいリーフも一緒に再び職人通りまでやってきたというわけだ。
ちなみにリコルには行かないといわれてしまった。よっぽど水に落ちたこと……というか、ローレルに搾られたことが応えたんだろう。俺だっていやだもん。
と、一日ぶりの店内はなかなか盛況のようだった。人気が出てきたというのはうそじゃないらしく、職人通りには似合わない羽振りのよさそうなかたがたの姿も見える。
「……しかし、ご主人の心配も杞憂だったな。ローレルのやつちゃんと働いて折るではないか」
俺はハンナさんが直々に挽いてくれたコーヒーを飲みながらレオンの言葉に頷いた。
「うん。なんだか慣れてるようにも見えるな」
「へんだなぁ。ローレルの居た村にはこんなようなお店は無いはずなのに」
カウンター席で座りながらてきぱきと働くローレルを見る俺たち。ちょうど人も多い時間らしくなかなか忙しそうに動き回っている。
「いらっしゃいませー」
と、今度はサイドテール少女オリーブが新たに来店を告げると、その人物は俺たちの元に来て……
「ケールじゃないか、久しぶりだな」
「スイカさんじゃないですか!!」
なんと、ハンナ童謡、10年前のあの事件以来知り合った俺の兄弟子のスイカさんだった。
「最後にあったのが俺が『学院』に入る前ですから、一ヶ月ぶりですね!」
「勉強のほうはどうだ? ぬいぐるみ以外に友達はできたのか?」
このおじさんは急に痛いところをついてくる。が、しかし、一応今日は学友たるリーフと来ているのだ。ぼっちではない。
「今日はこの……――」
と、俺が口を開きかけたその瞬間!
「殿下!? 殿下ではッ……――」
スイカさんんがリーフの顔を見たかと思うとすごい勢いで叫びだし、リーフは両の手の平でそれをはしと塞いだ。
それはほんの僅かの間に行われたのにも関わらず、あんまりにも大きな声を出したものだから回りのお客さんの注目を買ってしまったらしい。みんながこちらを向いている。
なぜかはわからないがスイカさんい大して必死に首を振るリーフがなんだか滑稽だ。しかし……
「でんか……?」
でんか……というと……
「あ……いや! 違う! ケール! おでんかだ! おでん!」
ん? おでん? リーフから開放された口で何を訴えるかと思ったらおでんだったようだ。たしかにリーフの後ろにある壁には冬おでんの張り紙がある。まだ初夏だというのにきがはやいものだ。
と、俺は得心がいって頷いていると、カウンターから直接絶叫を食らったハンナさんが恨めしそうな目をして口を開いた。
「なによスイカさん。万年はってあるポスターにいまさら驚かないでよ」
「あ、あぁ……悪い。そうだ……今日は話があってきたんだ。良ければケールも……」
急にスイカさんはまじめな顔をすると、それに呼応するようにハンナさんも不意に寂しげに顔を曇らせた。ああ、あの話か。
あの10年前の事件以来、スイカさんはウリムにとどまり『バビロン』を追い続けている。それはもちろん、国王陛下から勅命を賜っての任務には違いないが、きっと彼を突き動かしているのはあの日以来行方不明になったマルスくんのことだろう。
スイカさんはたまにこうして、『バビロン』の調査の進捗を俺たちに教えてくれる。
それをわかっているんだろう。ハンナさんは俺とスイカさんを奥の部屋まで案内してくれた。
それを、すごい顔で見ていた少女がいることに、俺は全く気がつかなかった。
よう、あれからまたまた一夜明けたケールだ。なんと俺は今、カワイイ女の子に呼び出され迫られる、という男なら誰でも一度はあこがれるシチュエーションを経験している。
「アンタ……ハンナさんの何なのよ……」
胸倉をつかまれてな!
「な、何なのって……ハンナさんもいってただろただの常連きゃッ――」
「ふざけないで!! なんでただの常連客がスイカさんの話をハンナさんと一緒に聞くのよ……!」
俺は説明途中の言葉をさえぎられ、あまつさえさらに強く胸倉をつかまれる。なんという理不尽。
俺よりも小さな身長だというのにとんでもなく力持ちだ。絶対に魔力による身体強化をしている。さすがは王室から奨学金をもらうだけある。
「……ハンナさん、スイカさんと話した後は必ず寂しそうな顔をするわ……まだ会って一ヶ月だけど、それはすぐにわかるわ……」
と、今度はつかむ力が弱くなり少し呼吸が楽になる。この子はハンナさんの事をとても尊敬しているんだろう。だからこそハンナの寂しげな表情にもすぐに気がつき、それを拭い去りたいと思っている。が……
なんで俺が胸倉をつかまれなきゃならんのだ……
「ねぇ、アンタがハンナさんのあの寂しさのわけを知っているなら、教えて……」
と、哀願するように、言われてしまった。正直胸元らへんの涙目上目遣いにはどきっとしたね。オリーブはたしかに勝気な目をしているが、元々がカワイイ顔をしているから図らずも胸がどきどきしてしまう。
だが、ハンナの表情の理由を話すという事は、『バビロン』のことも話すという事だ。
そうなればこの負けん気の強いサイドテール少女は打倒『バビロン』を掲げて暴れることになるだろう。俺の制止も聞かず……というか、制止なんかしたら逆効果な気がする。
そうなれば、『バビロン』の戦力を任せている〈ドラゴン〉とぶつかるのは必定。いくら得待生のオリーブといえども精霊と契約している魔術師に勝つことは100パーセント不可能だ。
良くても父さんのような大怪我を負うし悪ければ……
「言えない……」
まきこみたくないというのが偽善だというのはわかっている。事実、10年前俺は自分の「生命」のためにマルス君を生贄に捧げた。でも……
俺は視線をおろすとオリーブと目があった。その眉がだんだんつりあがり、ほっぺがふくらむ。
あ、かわい……
「って……――痛ッたぁああ!!」
あらぬことを考えた瞬間、強靭な蹴りが俺の腿を強く打った。こいつ……ぜってぇ身体強化しやがった!
「ばーか! アンタなんかもうしらない!」
と、言いたい放題いった挙句オリーブは去っていってしまった。
やれやれ、漸く行ってくれたか……
しかし、その翌日からどうにもちょっかいをかけられるようになる俺なのであった。