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カッフェ・フローロ~忘れられた一角獣~


 よう悪徳商人〈マーラ〉のおかげで交霊術の補修課題をぼっちでやっているケールだ。きっとこういうのはちゃんと友達の作れるやつなら寮の談話室やなんかで茶化し茶化されやるんだろうがあいにく俺は入学後1月たった今も見事にロンリーボーイを決めている。友達つくりはゼツボー的だ。


 最初は俺だって談話室で課題をやっていたが、「さすが! 元宮廷魔道士様から紹介状を書かれる方ですね!」と尊敬のまなざしを送られてしまったのだ。しかしやっていたのは補習用の課題だった俺は……


 いたたまれなくなってしまって談話室から出てしまったのだ。


 ああ……すまない、俺に声をかけてくれた子よ……また今度ゆっくり話そう。


 そんなことよりも課題だ、課題。このざらざらした半紙を明日の朝までに提出しないと単位を落とすと脅されてしまったのだ。奨学生の身でさすがにそれはまずい。


 それにもしそんなことがあったら師匠の顔に泥を塗ることになるし、今度こそさすがともいわれなくなってしまう。


 うむ。俺は早くこの仏教七道のひとつぼっち道から解脱してともだち百人を作らなくてはならんのだ。そのために集中、集中。


 なんて……思った瞬間だよ……!


 「あーーー! 居た! おい! 風紀委員! お前に頼みがあるんだ!」


 心臓がとまるんじゃないかと思ったね。なんたって急にでかい声が聞こえてきたのだ。もうこの時点で頼まれたくない。


 誰かと思い顔を上げると走ってきたのだろうか僅かに汗ばみ、黒い髪が額に張り付いている。いつかの黒目黒髪だった。


 「……ちょっと、ローレル! まずいよ、あんまり大きい声だしちゃ」


 と、気づかぬうちに黒髪ことローレルの隣にいたのは同じく碌でもない悪事を働く、金髪ことリーフだった。


 リーフの言葉に漸くここがどこだか気がついたのだろう、辺りを見渡すローレル。ここは、図書館であった。






 あれから、図書館をご利用の皆様の白い目にさらされ、追われるように学院の中庭までやってきた俺たち。いやいやでもついてきた俺を褒めてほしい。


 「……なぁ、たしかケールって言ったけ? お前も平民で奨学金貰ってるんだったよな?」


 あぁ、中庭の初夏の万緑が美しい。風のせせらぎが世俗の煩わしさを忘れさせてくれるようだ。


 「お、おーい……? 聞いてる」


 「はぁ……その通りだ。まぁ、俺はウリムの『大聖堂』からであってキミと違って国からじゃないゾ」


 どうやら困っているのは本当のようだし、やれやれ仕方が無い。前世も含めて三十路のおじさんが相談に乗ってあげよう。


 「うん、それはいいんだ。ただケールもオレと同じ平民だろ……? 普段、生活費とかもろもろの出費……どうしてるんだ?」


 普段はきりっとした眉がなさけなく八の字を描いている。どうやら世に遍く貧困学生の例に漏れず彼も清貧の生活を送っているようだ。おそらく入学から一月の間で蓄えを消費してしまったんだろう。たしかに入用の時期だ。


 「うーん。俺はお兄ちゃんも『大聖堂』から奨学金を貰っていて、俺はふたりめだからなぁ、少し余分に出るんだよ。それに入試でトップだったから授業料が半分免除されてるし……それに……」


 それに、父さんの昔の蓄えもまだ残っている……


 「いや、なんでもない。まぁ、そんなわけだから……あんまりお金には困ってないかも……」


 それに、ほんとにいざとなれば『バビロン』という超巨大な後ろ盾がある。そうそう困ることにはなりそうにない。


 「そ……そっか……」


 すると、ローレルくんは濡れ羽色の髪ごとしょんぼりと肩を落としてしまった。うーん。たしかに、あほのように高いつぼを買わせて、これで精霊と交信してみましょうという授業もある。ご存知交霊術だ。


 だが交霊術の名誉のために言っておくと、決して霊感商法ではなくて、ちゃあんと精霊と交信は出来る。クーリングオフが効かないのが難点だな。


 いわれてみれば王室から『学院』への年間補助金も年々減っていると聞くし、奨学金も同じ道をたどらないとも限らない。そうなれば当然、ローレル君はこの学院に居られなくなってしまう。


 居なくなればなったで俺としては楽になるのだが、彼も何かを志して入学したに違いない。そんなのを『貴族派』だとか『学院』だとかの預かりしらぬ連中の都合であきらめざる得ないというのは傍から見ている俺の気分も悪くなる。


 「はぁ……どっかでバイトするしかないかなぁ……」


 ため息交じりに呟くローレル君を金髪リーフが慰めている。なんと、この世界にもバイトなんてあったのか。知らなかった。


 ……ん? バイト、というと……そういえば……

 

 「うーん……俺の知り合いの店でよければ、紹介はできるけど……」


 「ほ……! 本当か!?」


 ところで特待生として来ているやつがバイトなんかしていいんだろうか。それにあの店を紹介するというのもなぁ……


 しかし……


 俺は、ローレルくんをちらっと見ると、その顔は期待にきらきらと輝いている。まぶしいほどだ。


 ……うん。一回言ったことは護ろう。契約履行、社会人のテッソクだ。


 ローレルとともに喜ぶリーフの、ところでばいとってなに? という発言は、このとき俺の耳にはちっとも入ってこなかった。






 というわけで、あれから三日たった安息日。『学院』の授業がお休みの日だ。


 俺は、ローレルくんと金髪リーフ、それからぬいぐるみ2体を連れ立ってウリムの職人通りに来ていた。


 「……なあ、いつも気になってたんだけどさ」


 と、いつも『学院』で見るのとはまた違ったファッションの爽やかなローレルくんに訪ねられる。


 「そのぬいぐるみって一体どういう仕組みになってるんだ……?」


 「む。ぬいぐるみとは失礼な。我輩にはちゃんとレオンという名前があるのだぞ」


 「そうですよ。貴方だって、単に黒目黒髪と呼ばれたらイヤでしょう。あ、ちなみにわたしはリコルと申します。以後お見知りおきしなくても結構ですよ」


 このぬいぐるみたちがどうなっているか……?


 そんなこと俺が一番知りたい。


 「まあ、精霊とか使い魔に近い存在だよ」


 多分。


 そんなこんなで俺は歩きなれたウリムの職人通りをがんがん進んでいく。トロム広場から真っ直ぐに、プルシエ教会のある庶民のすむ区画の通り沿いにその店はある。


 というわけで、子供の頃から歩きなれた道を、時にどぶを飛び越え、時にアーチを潜り抜け、また時には水路にかかる細い渡しをわたった。リーフとリコルが落ちた。


 「うぅッ……ひッく!」


 「おい、泣くなよリーフ……」


 慰めるローレルくんの右手には水を吸ってぐしょぐしょになったリコルがつままれている。


 ……まあ、いろいろあったが五体満足でたどり着くことが出来たな!


 「紹介しよう! ここが、俺の知り合いの経営する魔術工房兼、喫茶店〈カフェ・フローロ〉だ!」


 俺の指し示す方向を見れば、そこにはこぢんまりとしているが瀟洒なカフェーがあった。暖色系を基調にしてウリムの石畳に調和するテラス席も設けられて実にお上品だ。


 「え……ぼく、この格好で行くの……?」


 濡れそぼった金髪に橙色の瞳をさらに潤ませるリーフ君。やったじゃん。水の滴るいい男……というのはさすがにうそだ。


 「とりあえず中で拭こう……リコルは……ここで絞ればいいか」


 と俺が提案するが早いが我が忠僕を雑巾のように絞るローレルくん。リコルにめちゃくちゃ怒られていた。






 「……すみません、お店の前で騒いじゃって……」


 「別にいいわよ。それぐらい。そんなことよりも久しぶりねケールくん……」


 「最後にあったのは『学院』に入る前でしたから1月ぶりくらいですね……ご無沙汰してしまって……


 あれから、お店の前でぎゃあすかと騒いでいた俺たちはそれを見かねたこのカフェ・フローロの女主人に中に入れてもらったのだ。


 そして、その女主人というのが……


 「で、短期雇用してほしいっていうのが……」


 「あ、ローレル……って、いいます」


 彼女はカウンター席に豊満なおっぱ――胸を乗せ、この国では珍しい、纏めず、背中まで流した真っ赤な髪をかきあげた。


 そう、この燃えるように真っ赤な髪をもち、10年経っても扇情的なこの女性こそ、あの赤毛ちゃん、ことハンナさんなのだ。


 「うーん、ウチはもう一人雇ってるのよね。それも、あなたと全く一緒の境遇の子を」


 と、いうのはさっきびしょ濡れになったリーフを店に連れて行ってくれた女の子のことだろうか。たしかに見ない顔だと思ったが、まさかすでにバイトを雇っていたとは。


 ちなみにリコルは外に干してある。風が吹く度に窓からあの上がりすぎた口角がみえるのは何とかならないだろうか。


 「あ、噂をすればね。オリーブちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」


 赤毛ちゃんことハンナさんの言うとおり、店の奥からは一風呂ひとっぷろあびて着替えたのだろう。さっぱりしたリーフと一緒に、栗毛色の髪をサイドテールに結った、少女が現れた。


 さっきも思ったがどことなく気の強そうな子だ。


 「オリーブちゃんも、王室からの奨学金で『学院』に通ってるんだったけ?」


 その言葉にアーモンド形の愛らしい目を俺たちに向けるサイドテール少女オリーブちゃん。ちょっと童顔なのが通だ。


 「あー……という、ことは、この人たちも……?」


 「そうよ、とくにこのケールくんと……レオンだっけ? とはかれこれ10年以上の付き合いなんだから」


 一瞬、窓の外から恨めしそうな視線を感じたがまあ気のせいだろう。


 「10年……て、じゃああの常連さんたちとも?」


 「クラウドさんはケールくんの師匠だし、スイカさんも兄弟子よね」


 そう。あの10年前の生命の源での出来事以来、ハンナさんは師匠の家に居候して、ウリムに腰を下ろしていたのだ。それから独立してこのカフェを開いた今でも、俺も師匠もここフローロによく来ていた、ということだ。


 「まぁ、そういうわけだから……こっちの黒髪のハンサムな男の子が今日からここカフェ・フローロの新しい従業員になりまーす」


 ほおほお、それは良かった……って――


 「や、雇ってくれるんですか?!」


 驚きに黒い目を見開くハンサムな、ハ・ン・サ・ムな、男の子、ローレル。いったいなにがそういうわけだといんだろう。


 「うん、おかげさまで最近は人気も出てきたしね。それに……」


 ふと、ハンナさんのルビーのような瞳に陰がさした。ああ……また、あの顔だ。


 赤毛ちゃんは、あの10年前の日以来、時々こういう顔をするようになっていた。


 「あいつのこと、思い出しちゃってね……」


 それはきっとあのマルスくんのことだろう。それを思う度に、俺は罪悪感を覚えてしまう。自分が生きるためとはいえ、マルスくんを消したのは俺に責任がある。


 そうでなくとも、美人の憂い顔とは心臓に悪いものだ。


 どうやら何かあると察したんだろう。ローレルもリーフもなにも言わなかった。ただ、サイドテールの少女……オリーブちゃんだけが、なぜか俺にすごい目を送ってきていた。






 「んーっま、ローレルの収入源が見つかって一件落着だね」


 と、帰り道、もう絶対にあの水路の上は通りたくないという貴族の坊ちゃんの要望で遠回りながらも還っている俺たち一行。


 「ああ、まあな。雰囲気もいい感じだったし、何とかなりそうだ」


 と、仲良し二人は朗らかに歩いているが、俺はあの時のオリーブちゃんの視線が気になってしまっていた。まさか……恋!?


 「あれ? ところでケールくん」


 と、俺がお互いの手が触れ合ってどぎまぎするという妄想をリーフによって打ち破られてしまった。


 いったいなんだ。


 「リコルは……」


 ……俺の右肩には……


 「我輩しか……おらんな?」


 忘れてきたぁぁぁぁ!!!!


 その後ダッシュで取りにいったもののリコルにくどくどといわれることになってしまった。


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