ぬいぐるみと禁書庫
よう、『学院』で今年の新入生のなかから数人選ばれる風紀委員にえらばれちまったケールだ。風紀委員の判定基準は成績優秀であることが第一だが、俺はさらにそこに元宮廷魔道士のクラウド師匠の推薦状つきで満場一致で風紀委員に成ったらしい。
入学して最初の委員の会合では尊敬のまなざしを貰っちゃったよ。宮廷魔道士の名は伊達じゃないね。最悪だ。
ところでこの風紀委員という役職、結構な権限が与えられている。一般学生が立ち入れない区画に入ったり、平時、寮内での魔術の施行など、学生自治が原則の『学院』においては治安維持機構といえる。なんという憎まれ役だろうね。
で、俺は3年くらい前から急に人前でも動き出したレオンとリコルをマスコットとしつつ無事とは言いがたい入学後の1月を過ごした。
そんな俺が、今何をやっているかというと……
「まてぇぇぇぇぇぇえええ!! 王室からの奨学金をもらってるからって、もう今日という今日は許さん!!」
廊下を、走っていた。
増改築を繰り返した結果、ウリムの街とはやや不調和な学院の校舎は前学院長の嗜好によって結構きらびやかな装飾が施されている。
そんな金の窓枠や赤絹のタペストリーなんかを目の端に残して俺はこのやたらでかい建物の廊下を全力で疾走していた。
何でかって? それは1月前から始まる因縁の物語があるのだが、とりあえず5分前に遡る。
この学術都市ウリムの顔とも言えるわれらが最高学府『学院』にはいくつかの立ち入り禁止の部屋や区域といくつかの校則がある。これらは普通に生活していれば使わないし、守ることもたやすいはずの規則なのだが、まぁなかには肝試し感覚だとかでそれを破るやつが出てくる。そういうやつを取り締まるのも、我ら風紀委員の務めなのだ! ああ、面倒くさい。
と、言ってもそんな立ち入り禁止系の禁じられた部屋に入ろうなんてやつは半年に一回現れれば多いほうだと、寮の先輩や、風紀委員の先輩は言っていた。言っていたのだが……
なぜ! 週に1回のペースで現れるんだ! それも、毎回毎回俺の担当で! しかも毎回毎回逃げおおせられるし!
そんなことが度重っていたのだが、俺はついにこの前その不届きものが現れたとき我が闇の技の師匠とも言える〈マンティコア〉から教わった道徳的には吐き気を催すような魔術を使って、そいつ等の正体をつかんでやった。
「……で、どうするのだご主人。そいつらのことは」
「いわゆる禁術で正体をしったとはいえないから、次やったら現行犯でとっ捕まえてやる」
と、入学後1月してもお友達の出来ない俺は談話室でレオンとおしゃべりしていたその時だった。
「……む、ご主人。禁書庫に誰か入ったと、リコルが」
どこからか電波を受信したようにレオンが話し出した。このテレパシーを使えるぬいぐるみどもは今や俺の目であり耳だ。と、いう事で……
俺は机の上に乗っていたレオンをむんずとつかむとリコルの気配のする禁書庫へ向かって駆け出した。
「む? ご主人もう向かうのか? 今日はご主人の担当でもないしそいつ等とも限らないんじゃないのか?」
と、俺の肩に乗ったレオンが何かとほざくがそんなことに気を払うつもりは無い。あのリコルがいうのだから何が何であろうとあいつらなのだろう。もはや風紀委員とか関係なしに散々煮え湯を飲まされた恨み! ここで晴らしてやる!
と、いう理由で廊下を爆走しているのであった。みよ、窓から流れる目くるめくウリムの町並みを! 石造りの美しいヨーロッパ的風景の俺の故郷よ!
「はぁ……はぁ……」
「ご主人……普段から鍛えておかないからだぞ……」
やかま……しい、だが、走ったおかげで何とか連中が侵入した禁書庫までたどり着くことが出来た。
「リコル、ここでまちがいないんだよな?」
「はい。あの連中かはわかりませんが、少なくともここに入った不届き物がいることは間違いありません」
まったく! 何だって一学生ごときが禁書庫やなんかになんどもはいるんだ!
「よし。スーパー捕縛タイムだぞ」
俺の両脇をぬいぐるみが固めるのを確認したのと同時に、俺は禁書庫の扉に手をかけた、その瞬間……
よう! オレはローレル! あれから10年、リーフとの約束を果たすべくとにかく勉強や剣術に明け暮れていて、ついに王室の奨学金を手に入れることが出来た。
そして入学式の日、オレはリーフと再開することが出来た。当時から思ってたけどリーフは繊細なやつで、今もほっそりして華奢な印象を受ける。でも魔力の扱いに関しては郡を抜いていて、さすが王子様って感じだ。
そんなリーフとの再開後最初の会話はやはりというべきか、『バビロン』のことについてだった。
曰く、今の学院長に変わってからそれまで最大の出資者の『ギルド連盟』からは手を切って他の団体からの金銭の受け取りが行われているらしい。
そもそも学院の維持には莫大な金がかかる。数千人の学生を包括し、その他職員の面倒も見なければならない。王室からも金は出るが、それまで『ギルド連盟』から割かれているものに比べればはるかに小額だという。
「まさか……癒着!?」
「うん……ぼくもそう思う。信じたくは無いけどね……」
と、そんなこんなでオレたちはこの1月間、調査を行っているのだった。大体は学院長がこのんで使う一般学生には立ち入り禁止の区画や禁書庫だ。オレだって何か隠すかやましいことをするなら人目につかないところを選ぶ。
が……あまり結果は芳しいものではなかった。と、言うのも、もう少しで何か証拠かもしれないものを見つけかけると、決まって……
「――ッ! まずい! ローレル、すごい速さで小さな魔力が近づいてくる!」
オレは誰かから送られてきたのだろう手紙を机の中から見つけるのと同時に天井を仰いだ。
「おいおい、またアイツかよ!」
「うん……たぶん。しかも、今回はかなり早く気がつかれたし、今すぐでないと間に合わないかも……!」
くぅ~~!! いつもいつもいいところで邪魔しにくるあの風紀委員! なんて規則に忠実なんだ!
オレはひとまず手紙をポケットに突っ込むとリーフとともに禁書庫を飛び出した。