10年後の約束
オレとリーフが本当の意味で友達になることができた日からもう1年が過ぎた。新年の訪れを告げる収穫祭がおわり、季節はこれから徐々に冬へ向かっていくことだろう。
「リーフは疲れて寝ちゃったかな」
「殿下はローレルくんみたいに体力ばかじゃあないですからね」
あれから1年の間でリーフの体はすっかり丈夫になった。だからだろうか、つい最近国王陛下からの勅吏がきて、あと1月後には王都へ帰還するようにという命令が下ったという。
オレたち3人は毎日のように、あの森の広場で遊んでいた。何度も魔物が現れたこともあったけど、俺たちはその度にそれを乗り越え、レベルアップを実感していた。あと1月後の別れ……そんなことは考えないように、寂しくならないように……
さっきまではリーフと一緒にかけっこやなんかを一緒にやっていたが、そのリーフはいまやカトレアのひざの上で丸くなっている。
太陽のうららかな光が、これからやってくるだろう冬への最後の抵抗のように正午の空から降り注いでいた。
まあ、これならリーフも風を引くことは無いだろうな。
「そいうえば、昨日の収穫祭はわたくしどもも参加して良かったの?」
領主様のお屋敷で使用人としての教育を受けていると言っていたカトレアは、最近どうにもちぐはぐな言葉遣いをするようになった。オレは、オレたちの前ならもっと砕けてもいいとおもうんだけどな。
「ああ、長老さまも言ってただろ。収穫祭は来年の豊穣をおいのりする場でもあるんだし、人がたくさん居れば居るだけ良いんだって、どんな理屈かは知らないけどさ」
「それにしても、黒目黒髪はローレルくんだけだったのね。こっちの地方の人はみんな真っ黒の人なのかと思っていたわ」
「ああ、まぁな……でも、金髪でオレンジ色の瞳もリーフだけだっただろ? 王都じゃみんな金髪なのか?」
と、オレたちが話しているとリーフが身じろぎ始めて、どうやら起こしちゃったらしい。
まだ眠そうな目をこすりつつ、ゆっくりとカトレアの膝から頭を起こした。子供の成長って言うのは早いもんで、あんなに赤ちゃんみたいだったリーフも今やちょこっと小学生に近づいたみたいだった。まぁオレもそんなに変わらないんだけどね。
「ローレル、話があるの」
と、リーフはどこと無く不安にオレを見据えると、今度はカトレアのほうをチラとみた。
カトレアはそれで得心が行ったように頷くと、森の奥のほうへ引っ込んでいってしまった。リーフはオレと二人っきりで話したいということだろうか。
「あのね、ぼくやりたいこと……ううん。やらなくちゃいけないことがあるの。それを、ローレルに手伝ってもらいたいの」
それからのリーフの話は日が傾き、風がやや肌寒くなる時間まで続いた。
要点は『バビロン』という魔道結社のこと、そしてそいつらが学術都市と呼ばれるウリムという街を本拠地にしているため、自分も将来、そこにある〈学院〉に入学して『バビロン』の打倒を図るというものだった。
リーフの話を聞いた俺は内心でふつふつと沸く怒りと同時に、一つの確信があった。それは、『バビロン』の悪行に対してだった。
この、調和の取れているものに対して刺さった、小さなとげのような違和感。やつらが、運命を乱す『キューブ』の主の駒……!
さらに、優秀な魔術師をさらってはむごい実験に書けるという、その理不尽さが、オレの怒りを生み出していた。
「てつだって……くれる?」
どこと無く不安そうに言ってくるリーフに、オレは一年前のリーフ自身の言葉を思い出していた。
――ローレルといっしょならなんでもできるもん!――
ああ、そうだよな……リーフ、お前となら、なんでも……!
「だけど、オレはどうすればいいんだ? そんな王族が行くようなところに平民のオレじゃ……」
と、オレが最後まで言おうとするのをさえぎってリーフは首を振った。
「〈学院〉はね、ちゃんと入学金と授業料さへ払った15歳以上のものなら、身分や性別に関係なくはいれるの!」
でも、オレの両親は当然、多分村中の金目のものを集めたって足りないだろう。
「それでね、〈学院〉の入試試験の成績が特に優秀だったものには王室からの奨学金がでるの! だから……!」
なーるほどな。じゃあ、オレが乗り越えるべき障害はたった一つ。
「奨学金がもらえるように、しっかり勉強するしかないな!」
さいわい、簡単な読み書きならこの1年間でカトレアから教えてもらうことが出来たし、まあ、頭はあんまいいほうじゃなかったけど、前世でも赤店は取ったことは無かったからな! いまから勉強すれば……
「10年後、また一緒に会おう!」
……「はい、……ええ、そうです。殿下……いえ、リーフは〈学院〉への入学を決められました。……――でもッ! ……いえ、わかっています……〈ウンディーネ〉お姉さま」