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王子


 あれから1月ほどたっていつしかカトレアはオレにとってこの人生での初めての友達になっていた。というのも、オレの住んでる村、年の近いやつがいないんだよな。俺が死ぬ前……たぶん、高校生くらいの年のやつとかは居るんだけどそういうやつらはもう大人の仲間入りを果たして男衆たちと一緒に働きにでているし、まだ11歳のカトレアとオレが仲良くなることも、必然といえば必然のことだったのかもな。


 「あれ、ローレルくん、もう来てたんだ。今日はわたしの負けだね」


 と、草を踏み分ける音と同時に現れたのはその名の通り、花もほころぶような微笑を浮かべたカトレアだった。


 どうやらカトレアはオレと初めて会った日いらい、毎日お昼ごろにこの森の開けたところに来ているようで、それをしったオレもなんとなく毎日此処へ来るようになっていて、気がつけばもう2週間くらいは軽くたっただろう。


 「あれ、ローレルくん、今日は木刀もってきてないの?」


 とカトレアは野に咲くあやめの花のような薄紫色の瞳を軽く見開いて首をかしげた。同時にウェーブのかかった栗色の髪の毛も揺れる。


 普段は11歳ということでオレよりもお姉さんぶりたいんだろうカトレアだが、不意にこうしてみせる幼い顔には精神では年上のオレはほほえましく思えてくる。


 「ああ、木刀は週に一回だけって決めてるんだ。ただ、それよりも、カトレアはいつも昼ごろここにいるけど大丈夫なのか? 貴族様とかに仕えてるんだろ?」


 そう。カトレアは出会ったはじめてのときから会うときは必ず地味な、所謂使用人が切るような服を着ていた。で、前の人生の社会科の時間にやったけど、お昼休みとかは無いはずだ。もしも勝手に向けだしてきていると成ると……!


 だが、カトレアはまるでオレの考えていることを見抜いているかのようにその紫色の目を細めた。


 「ローレルくん心配してくれるんだ!」


 その笑顔と声色は心配してくれてうれしい、というよりはどこと無くオレをからかっているようで……


 「ばっか! ちげーよ!」


 「えへへ、ありがとうね。でも大丈夫よ。わたしがお仕えしているのはとても優しい方なの。だからこうして毎日此処にこられるのよ」


 オレはそれを聞いてなんとなく胸をなでおろした。オレたちはどちらとも無く朽ちた倒木をベンチ代わりに座った。季節は段々寒くなってきているが、お昼の只中の今だと軽く汗ばむくらいの暖かさだ。


 二人してぼんやりと流れる雲をながめていると、今度もカトレアが口火を切り出した。


 「こっちのほうの秋は寒いのね、王都ならまだあったかいくらいの時期なのにね」


 そういってオレのほうをみて微笑むカトレアだがオレはオウトとかいうところに言ったことがないのでなんとも応えようが無かった。


 「ローレルくんは王都へ行ったことがある?」


 「いや、オートどころかこの村を出たことも無いよ」


 「あら、わたしも似たようなものだったわよ。王都をでたのはつい最近なんだもん」


 「オートってどんな街なんだ?」


 オレがそう聞くと、カトレアは興奮したようにオートの話をいろいろしてくれた。曰く、たくさんの高い塔が何百も並んでいたり、人が何百人もいたり、いろいろなものが何百も並んでいるのだという。


 おかげでオレは何百という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしてしまった。


 「でもね……」


 しかし、急に声を暗くしたカトレアにオレは思わず顔をあげた。その顔は声どうよう眉が曇ってしまっている。


 「まものがね、まものが何百もでるの」


 「魔物……?」


 魔物って言うのはよく前世のゲームとかで出てきたようなモンスターとか妖怪とかのあの魔物のことだろうか。


 「最近現れるようになったんだって。ウリムからあらわれたのが何百も王都へ向かってきたの。その時は兵士さんたちが守ってくれたけど、危ないからって、わたしとご主人様はこの地方へひっこしてきたのよ」


 そういい終わるとカトレアはまるで萎む寸前の花のような儚い微笑みを浮かべてオレのことを見下ろした。

 ――と、思ったらまた急に燦然とした笑顔でオレに元気いっぱいに話し始めた。


 「それでね、ご主人様にローレル君の話をしたら是非会いたい! っていわれたの!」


 「はぁ!? オレは平民だぞ!」


 「気さくな方だし大丈夫よ」


 「相手は貴族さまだろ!」


 「ちょっとちがうけど大丈夫よ。とにかく、明日是非お会いしたいって……たのしみに去れてるから、明日もちゃんと来てね! 約束だよ!」


 それだけをまくし立てるとカトレアはうっすらと埃のまうスカートを翻して走り去っていってしまった。いつの間にか昼時から午後へと時間は変わりつつあるようだった。






 で、いよいよその翌日。朝おきたときから腹がきりきり痛んだが、行かなければ俺は当然、この村の人たちにまで迷惑がかかる。なんたって相手は特権階級の貴族かそうじゃなくてもおーとで幅を利かす豪商かなんかだろう。そういうやつは時代劇ではたいてい悪者だったし、そういうやつほど自分の思い通りに行かないと他人に怒りをぶつけたりするんだ……!  


 オレ自身が、理不尽に対する怒りを胸にして、いつものカトレアと待ち合わせしたあの山の中の開けたところへ行くと、そこにはもう、一輪の花のような、しっかりと大地に根を下ろし凛としたカトレアの姿があった。


 「すまない! 遅くなった! ……まさか、もうカトレアのお使えしている人も……?」


 そう、広場の中に居たのはカトレアだけでどうやら他の人影は無いようだった。


 「ええ、もういらっしゃいますよ」


 そうにっこりと微笑むと、カトレアはゆっくりと木々の生うる草の茂みを振り返った。オレもつられてそっちを向く。すると、そこには……


 「王位継承権第一位! リーフ王子殿下! 御成り」


 カトレアが似使わないような大きな声を出すと同時に草むらから姿を現したのは、オレと余り歳の変わらないような――歳の変わらないような小さな子供だった。


 「――ガキじゃないか!!」


 オレは、今まででっぷりと肥った悪代官みたいなやつらを創造していただけに、こんなかわいい人形みたいな男の子が出てくるとは夢にも思っていなかった。


 だから……気がついたときにはもう遅かった。最初に目が合ったのはやっちゃったといわんばかりの顔をしたカトレアだった。


 そして……


 「りーふがきじゃないもん!!!」


 目にちょこっと涙をためて、顔をまっかにした例の王子殿下だった。


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