迷子と悲鳴
ちょこっとホラーっぽくしてみました。(ぽいかな?)
無事に買い物を終えた俺は、一人人混みのなかを歩いていた。お祭り騒ぎの中をぎゅうぎゅうに埋め尽くす人波を森林を書き分けるような心地で進んでいく。5歳のなかでもさらに小柄な俺の体躯では四方八方から迫り来るひざたちはそれだけで恐怖の対象だ。
なぜこんなことに……――話は数分前に巻き戻る。
「よし、じゃあ目的の杖も買ったことだしひとまず大聖堂に戻るか!」
杖屋さんをでた直後、父さんはそう明るい声を出して俺の頭をかきなでた。ぐしゃぐしゃとなでられた頭は髪の毛が乱れたが優しさが感じられるだけ決して不愉快になんか成らないものだった。
「うん!」
俺は頷きながら先ほど父さんが買ってくれた己の新しい杖を改めて見つめてみた。玉虫色に輝く表面が美しく、特に狼の頭をした頭頂部は繊細な衣装が施されている。耳の内側にッ走る微細な血管までも再現され、芸術の域に達するものだった。特に眼にあしらわれた薄緑の宝玉などはずっと見つめていると飲み込まれそうなほど深く昏い光を持っている。むき出しの刃のような、そんな危うさが感じられる。
と、おれがそんな風にぼうと新しい杖、ヴァナルガンドを見つめている間に父さんはいくらか先に歩いてしまっていた。
「おーい、ケール! どおした?」
そんな声にはっとわれに返ると、すでに裏路地を十数メートル進んだところから、父さんが俺を不思議そうに見ているところだった。いけない。
「いまいくー!」
俺が駆け出そうとしてヴァナルガンドを持ち直したとき、光の反射だろうか。狼の薄緑の昏い宝石が妖しく光ったような気がした。
そして、いざ父さんが居たはずの……決して俺をおいていくことがないであろうはずの父さんが待っているはずの場所へたどり着くと、そこには誰もいなかった。
ただただひたすらに明るいだけの大通りに続いているだけだった。
そんなこんなで俺は今一人でこの大通りを歩いている。幸い俺と父さんが目指していたはずの大聖堂の方角はわかっている。ただこの膨大な数の人の波を遡らなければ成らないだけだ。時折聞こえる露天所の声がむなしく聞こえる。さっきまで、父さんが居たときまであんなに楽しく聞いていたものがたった一人減っただけで項もむなしく聞こえるものなんかと思う。
一生懸命、それこそ魚の鯉のように人の流れを逆流していく俺を、人々は訝しげに見つめていく。だがそんな降り注いでくる視線のなかにも時には同情的なものも混ざっており、さっきは気のよさそうな老婦人が声をかけようとさへしてくれた。
……結局お連れの息子さんであろうか、若い男性に制されて後ろ髪を引くよう、といった感じに俺の背中に消えていった。
どうも気になっていたがさっきから俺を見る街の人たちの視線がどうにもきつい気がする。少なくともこんなに愛らしい5歳児にかける視線ではないだろうと思うのだが、と考えてようやく得心がいった。今の俺の格好はまぎれもなく旅の魔術師だ。確かにここカリファは魔術の発展した王国の大都市ではあるが、やはりよそ者……しかも魔術師というのは歓迎されないのかもしれない。
……なんていうことを考えていたからだろうか。不意に背中から誰かに突き飛ばされ、俺は再びどことも知らぬカビかぐわしい薄暗の小道へ弾き飛ばされてしまった。
さっきの杖屋のあった道よりも尚薄汚く、まさに建物と建物の隙間でしかない。そんな街の中に不本意に生まれた間隙だろう。脇には汚物が寄せられ、カビくささといい感じにハーモニーを生み出している。
まさかこんな所をたどっても大聖堂にはたどり着くまい。
俺がすぐにまた雑踏へもぐりこもうとすると、幽かな悲鳴のような音が聞こえた。何だ?
すぐに振り返ってみるが小道の奥は闇に閉ざされている。まさかこんな所に人が、まして悲鳴なんか聞こえることなんかない。ネコの声とでも聞き間違えたんだろうと向き直ろうとしたその時。
「たすけて……!」
それは耳元で聞こえたような気がした。おそらく壁を伝った残響の仕業だろう。だがこれではっきりした。どうやらこの道の奥にはどうやら誰かが助けを求めているようだ。
……それも、幼い少女が。