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跪く者達

 静謐の支配する岩室のなかに幽かな光照らしている。『生命の源』と呼ばれるこの空間そのものが発する光だ。前世のLEDとも、この世界でみた魔術で灯す灯りでもない。柔らかい天然の光だ。

 テアナウ洞窟のように神秘的な光が照らす中、レオンとリコルは俺に跪いている。二匹とも頭を垂れ、さも王族に傅くが如く深く礼をとっている。レオンは鬣の一本一本に神経が通いつめたように硬くなり、リコルも角から背筋までが一つの柱のようだ。


今までの5年間、一度も見た事がないほど硬くなった2体のぬいぐるみの姿がそこにはあった。


 「〈コカトリス〉……だと」


 そんな2体のぬいぐるみを従わせている俺をみて〈マンティコア〉が呟いた。まさに思わずぽろりと、といった感じだ。そうだろうね。もしも逆の立場だったら間違いなく俺もそう言っていると思う。


 そんな右肩からウナギみたいな触手をうねうね動かす老人。その目は完全にイッちゃっている。ぽかんと口だけを開いているくせに妙に眼光が鋭い。


 うえぇ、いやだなぁ、あの目。すげぇ気持ち悪い。レオンとリコルもそうだ。いままでに無いほど慇懃に接してくる。今でもちっとも頭を上げようとしない。しかも周りにはマルスくんを始めいろんな人が気を失っている状態だ。特に父さんの傷は深刻だから早く治療してあげたい。


 なんてことを思っていたら、ついに〈マンティコア〉が動き出した。真っ先に動き出したのはやはりというべきか四本の触手だった。いきなりブルリと震えたかと思うと、その振動が〈マンティコア〉本体にまで届いたかのように老人があるきだした。


 ひょええ! 第二ラウンド再開?! 〈ドラゴン〉のように膨大な力は持っていないにしろその倍は生きている老練された錬金術師だ。俺じゃとても相手にならないだろう。しかもぬいぐるみたちは今でも床に頭突きをかましている。お手上げだ。


 パニックに陥りかけたそのときだった。


 「貴方が〈コカトリス〉……われらが、王」


 信じられないことに〈マンティコア〉もぬいぐるみたちに並んで俺に跪いてきた。弟だというのに、師匠より老けて見える初老の白い頭が俺に突きつけられる。


 え、どういうこと?


 「……これほどまでの『魔法生物』を作った〈コカトリス〉という存在が今までどんなものか気になっていましたが、まさかこのような幼子だったとは……」


 まさに感服、といった風に頭を下げる〈マンティコア〉に俺はなんだかもうし分けなくなってきた。違うんですぅ、これは偶然出てきただけの連中なんですぅ! だから止めて!


 「か――」


 ……おをあげてください、と続けようと思ったその時。


 「ご主人。滅多なことは言わぬ方が良い。この老人に食い殺されたくなかったらな……」


 と、俺にだけ聞き取れるくらいの音量でレオンが呟いた。いや、背筋が凍ったね。多分変な汗がドっと吹き出た。なんたって〈マンティコア〉ならやりかねないからだ。本当に頭の先からむしゃむしゃやられそうだ。


 そんな怖気を振り払うまもなく〈マンティコア〉は更に言葉を続けた。


 「ぜひわが半生で培った錬金術の技をお教えしたく……」


 うわぁ~。すげぇ嫌だ。絶対裏がある。しかもなんかやらかしたら即バッドエンドとかもはやクソゲーの域を超えている。是非お断りしたい。


 なんて思っていたのがいけないんだろうか。どうやって当たり障り無く断ろうかな、なんて考えていたせいで時間をとられてしまったのだろうか。気がつくと、二匹のぬいぐるみはすでに屹立し、未だに頭を垂れる〈マンティコア〉を(ほんの少しだけ)見下ろしていた。


 「……よろしい、お前の技、我等が王〈コカトリス〉が受け取ります」


 と、いつの間にかリコルが宣言していた。っておいいぃぃ! なに勝手に宣言してるんだよぉぉぉ! ああ、今立った! 完全に死亡フラグが立った!


 しかもいつの間にか〈マンティコア〉まで立ち上げって居て、勝手に話を進めている。俺の意思は無視なのか! と俺の内心の恐慌が最大に達しようとしたその瞬間だった。


 「ケールくん……! 君が……きみが! 〈コカトリス〉!」


 ある意味で最も聞きたくない声が岩室中に響き渡った。


 そこには顔だけを上げて、息も絶え絶えといった様子のマルスくんがいた。顔を大きくしかめ、失望に彩られている。まさに信じていたものにうらぎられたといった表情だ。


 なんで……! さっきまで気絶していたはずなのに! 


 マルス君の空色の瞳を直視することができない。あの糾弾するような、責めるような瞳が俺には恐ろしかった。


 「君は……お父さんを、〈火燐のオーク〉を裏切ったのか!」


 父さんを裏切る。その言葉が深く心に突き刺さった。ああ、そうさ。今回のこの事件を引き起こした組織のトップはこの俺、〈コカトリス〉だ。父さんに傷を負わせたのも、師匠が倒れているのもその遠因となったのは間違いなくこの俺だ!


 今まで蓋をしておいた罪悪感が、マルス君の瞳によって暴かれてあふれ出した。止め処と無くあふれ出す自分を責める言葉に周りの景色がぼやけて見える。だからだろうか。その次に起こったことが一瞬何かわからなかった。


 気がついたとき、マルス君の体は宙に浮かんでいた。いや、4本の触手によって持ち上げられていた。


 「ぐ……かあッ!」


 マルス君の苦悶の声にたいして〈マンティコア〉はいやらしい笑顔で応えていた。方や『光の者』、方やその『光の者』を狩り出すために作り上げた組織の幹部。この後何が起きるかなんてわからないが、俺は彼らを再起不能にしなければ成らないんだ。


 わかっている……俺はここで動いてはいけない。


 「〈マンティコア〉。その少年を一体どうするつもりですか?」


 今や頭全体をコールタール色の触手に埋め尽くされたマルス君。触手の合間から見えるハナダ色の髪の毛が尚恐ろしい。時々細かく痙攣する小さな体に、俺は〈マンティコア〉に制止をかけなかったことを後悔した。


 「『嘆きの風シャルバン・リリトゥ』の力は完璧のはずでした。なのに、起きて言葉を発するものが居る……すばらしいことではないですか」


 触手にくるまれた少年を恍惚と見つめる老人。


 「コレ、いただいていきますよ?」


 まるで祝杯を挙げるようにマルス君を掲げるマンティコア。爛々と輝く瞳に俺は鳥肌が立つのを禁じえなかった。


 何でこいつはこんなにも平気で人の事をもてあそべるんだ! 憤りとも恐怖ともつかない感情が心の中をあれ来るって居るうちに、気がつけば話はさらに進んでいた。


 「わかった。その少年のことは貴様に一任しよう。その代わり、この空間に居るすべての者の傷を癒し、この度の記憶を消しておけ」


 「性根は腐っていても、元司教……その程度のことは簡単でしょう?」


 俺の両脇を支えるように、レオンとリコルが続ける。


 怪我はともかく、記憶は……なんでだ?


 「理由をお聞きしても?」


 〈マンティコア〉も同じように思ったんだろう。やや怪訝な顔をして俺たち三人のおチビさんを見下ろす。


 「簡単なことですよ。もし此処の存在が他のものに知りわたれば我等『バビロン』にとって不利益。ただそれだけのことです」


 こともなげに言うリコルに、〈マンティコア〉は今度こそ頷いた。いかにも得心が行ったという表情だ。生まれてはじめてみるようなおぞましいしたり顔だった。


 「なるほど、私としても『生命の源』を無粋にあらされるのは望まぬところ」


 そう言った瞬間、〈マンティコア〉から翼が生えるように膨れ上がり、奴が作りだした『|人工精霊〈シャルバン・リリトゥ〉』が降臨した。


 そして〈マンティコア〉が何事かを呟いたかと思った瞬間、岩室は再び漆黒に包まれた。






 2時間程たち、誰も居なくなった『生命の源』の間。相変わらず岩壁からにじみ出るように仄かな光が照らしている。そんな岩室の中、激戦の跡が生生しい中央に、一つの鮮烈な光が宿った。


 はじめは吹けば消えるほど頼りないプラズマでしかなかったソレは、次第に光量を増し、最終的には岩壁からの光すらかき消すほど鮮烈に輝いていた。


 そして徐々に人型を取り出したかと思うと、放たれる輝きも落ち着いていった。儚い光が現れてからものの30秒程で、そこには光の体を持つ少女が浮かんでいた。この地において精霊と呼ばれるものたちだ。


 彼女は凄烈な美貌を持つ顔に笑みを浮かべていた。動かない仮面が無理やり笑ったような、そんな笑顔だ。


 そして。


 「ふぅん。あのおチビさんが〈コカトリス〉だったんだ……〈ドラゴン〉に教えてあげなくちゃね……」


 その呟きの余韻が消えうせぬうちに彼女は居なくなっていた。現れたときよりもずっとすばやく、彼女は姿を消していた。


リ「久々に私たちの登場回でしたね」

レ「うむ。しかしご主人には幸せになってもらいたいものだ」

リ「そのための私たちですよ。次回は何事も無かったかのように父上とのショッピングです」

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