紅蓮の刃先
え……どういう、事だよ。
俺は、自分の目の前で起こっている光景が信じられなかった。
何で、父さんが倒れてるんだよ。父さんは最強の男のはずだ。『光の者』であるはずだ。そんな父さんが簡単に死ぬなんて……あるわけが、無い。
「生きた伝説〈火燐のオーク〉もこの程度か……たいしたことが無いということはわかったな」
低い声で呟く〈ドラゴン〉。そのなんの感慨も持たない声がやけに遠くから聞こえてくる。徹頭徹尾、冷酷な態度が俺の心臓をひねりつぶすのではないのかと思うほど重くのしかかった。
「あ……! ちょっ! ケール君!!!」
気がつくと、俺の体はかってに駆け出していた。後ろから赤毛ちゃんの焦ったような声が聞こえるが、それは全く俺の頭の中に入ってこなかった。一瞬、俺の着ている服のすそをつかまれるが、その拘束は俺がより力をこめて走るとあっさり解かれた。
小さな足で俺は必死にはしった。父さんの赤剥けた背中がやたら遠くに感じる。普段からあまり体を動かさないので、すぐにわき腹が痛くなる。
俺が、漸く、〈ドラゴン〉と父さんの間に割って入ったときには、とっくに青息吐息だった。
「はぁ……はぁ……父さん、に……手を、出すな……」
俺は自分にできる精一杯をもって、〈ドラゴン〉の前に両手を広げた。感情の感じられない、赤い瞳が俺を射抜く。それだけで、石にでもなりそうな恐怖を感じる。
だけど……!
「……ふん〈火燐〉のオークのがきか……どけ、殺されたくなければな」
〈ドラゴン〉が、変わらぬ冷徹な声で俺に告げる。それと同時に血糊のついた剣を構えなおした。その氷のような冷たさと鋭さに呼吸が止まりそうになる。
「……ここにたどりついた時点で満身創痍のくせに、父親のために、刃を前にしても引かないか……小僧、小さいくせに、立派な英雄だな」
え……? 見上げた〈ドラゴン〉の顔に、一瞬、寂しげな微笑のようなものが浮かんだ気がした。しかし、それは本当に一瞬で、再び、冷たい無表情の中に閉じ込められてしまった。
俺の正面に向けられた冷たく赤い切っ先が、振り上げられる。慣性についてこられたかった血の粒が俺の頬を汚す。そのすべてが俺の目にはスローモーションで捉えられた。
切っ先が頂点を向いた。明かりなど無いはずの洞窟内で、やけにその一点だけが冴え渡っている。父さんが、何か叫んで居るようだった。ああ、よかった。生きていたんだ。
俺がそれだけをやっと思い浮かべた、その瞬間。〈ドラゴン〉の刃は振り下ろされた。