罷かる闇
俺が父さんの腕から、赤毛ちゃんの腕へ移されてから、すぐに師匠とスイカさん、そして〈マンティコア〉の戦いは始まった。真っ先に仕掛けたのは、以外にもスイカさんだった。
「〈マンティコア〉……あなたがケトケイ王国を滅ぼした、ガニアン司教だったのか……国際指名手配されたのにもかかわらず、この13年間見つからなかったのは『バビロン』が匿っていたからか」
スイカさんの詰問の声が耳を突く、その背中の向こうには、父とマルス君がなんと〈ドラゴン〉と戦っていた。甲高い鍔迫り合いの音が響いている。そんな、やかましい音が響く中、〈マンティコア〉は、薄く微笑んだ。
「ふん……イスリア王国の若き憲兵殿も、なかなか濁った目をしておられるようだな」
それは酷薄とした、人を馬鹿にしきったような笑みだった。皺だらけの指で薄い髪を書き上げると、なおも言葉を続けた。
「『バビロン』が結成されたのは僅か5年前だ……それまでは、カテン国に身を潜めていたのさ……アウトローな錬金術師としてね。時に国王のおつきの魔術師にも成ったよ」
〈マンティコア〉の冷笑はますます深まった。目にこれまで以上に冷酷な光が宿る、だが、その気仮は直接対峙するスイカさんにではなく、その後ろに居る師匠、クラウドに向けらていた。
え……? でも、確か、カテン国って……
「そう、兄上。わたしは祖国へ帰っていたんですよ。われらがガニアン司教区にね! 兄上が存じているはずが無いでしょうなあ。あの時すでにイスリアの宮廷魔道士として、王侯貴族に重用されていた兄上には!」
身を乗り出すほど揚々と語る〈マンティコア〉その瞳には今度は爛々と、狂気的なまでに輝いている。口からは口角泡をほとばしらせ、まるでスイカさんの存在など忘れたかのように、師匠だけを見つめている。
……そうか、カテン国は、師匠の母国だ。しかも、ケトケイが滅ぶ直前までずっと戦争や国境の小競り合いを繰り返していた国で、近隣諸国のはみ出し物。国際戦犯ともいえる〈マンティコア〉もかばうことができる、ってわけか……
なんて、俺が赤毛ちゃんの平たい胸に背中を持たれて考え込んだそのときだった。
俺の視界を真っ二つに割るように、一筋の閃光がまっすぐ〈マンティコア〉へと突き刺さった。
「ぐがっ! があああぁぁぁ!」
一瞬遅れて〈マンティコア〉の絶叫が響き渡った。驚いてそちらへ目を向けると、地面に打ち伏せてのたうちまわる〈マンティコア〉の姿があった。
「があぁぁ! クラウドっ! 貴様ァァァ!!」
横たわり、打ちまわる〈マンティコア〉よく見ると、右肩を押さえつけているが、そこはほの暗い洞窟の中でもはっきりとわかる赤に染まっている。そして、本来その右肩から下にあるべき部位がいつのまにか消えさっている。
傷口は鋭利な刃物で切り裂かれたように滑らかで、見事なまでに、美しく切り取られている。なんと、〈マンティコア〉の右腕は切り取られていた。その右腕はもがきまわる〈マンティコア〉の足元に落ちていた。血の気の引いていっている薬指にはめられた、マンティコアの印象の刻んである指輪が妙に生生しい。
そして、俺は、〈マンティコア〉の血走った目の、見つめる先で、漸くこの腕を切り落とした犯人がわかった。
「言いたいことはそれだけか? 愚弟」
それは、さっきの〈マンティコア〉にも劣らないほど感情のない目をした師匠だった。俺はその恐ろしい目を見た瞬間、思い出したように吐いた。胃液が喉を焦がす。幼い喉弁を無理やりこじ開けて苦いものが逆流してくる。
「……レイン。やはりお前はあの時に殺しておくべきだった……殺しておかなければ成らなかった!」
師匠の声さえ遠くに感じる。かろうじてわかるのは、師匠の手に魔力が集まっているということだった。
その感覚にさらなる嘔吐感がこみ上げる。
「ちょっと! 大丈夫?」
赤毛ちゃんがあわてたように俺の背中をさすってくれる。それと胃の中のものを吐ききってしまったからか、気分は大分よくなった。未だに唇からたれる粘液をぬぐい、顔を上げようとしたその瞬間。
今度は視界が紅蓮に染まった。まさに爆発だった。強烈な熱風が師匠の後ろから吹きつけ、とんでもない暑さになる。
思わず振り向くととんでもない光量に目が眩む。どうやら、熱と光……炎の中心に立っているのは〈ドラゴン〉のようだった。大方さっきの爆発は体内の魔力を収縮して一瞬で開放させたんだろう。あまりの温度に〈ドラゴン〉の足元の岩まで、アイスクリームのように溶けている。
しかも、その〈ドラゴン〉の引き起こした魔力震によって、場の魔力がかき回されてしまっている。大方、師匠がさっき集めた魔力も吹き飛ばされてしまっているだろう。
そして、俺は次に目に入った光景に目を見開いた。
「とうちゃ!!!」
なんと、父が……父さんが、全身に酷い火傷を負って、燃えカスのような服を剥ぎ取っていたのだ。至近距離で浴びたのだろう、爆発によって、父さんの肌は醜く焼きただれていた。しかし、なんとそれでもしっかりと立ち上がり、目の前でほくそ笑む〈ドラゴン〉を睨みつけていた。
だが、〈ドラゴン〉はそんな父さんを相手にするつもりは無いのか、ゆっくりとマルス君のほうへと歩を進めた。気がつくと俺はいつの間にかすっぽりと赤毛ちゃんに抱きしめられていた。密着したからっだから、小さな震えが伝わってくる。
そして、〈ドラゴン〉がマルス君の目の前に立ち、片手で持った細めの刀身を振り上げたそのとき――
父さんが走り、マルス君のおなかを思い切り蹴り飛ばした。父さんの重い蹴りで軽々と吹っ飛ばされるマルス君と、さっきまで彼が居た空を切り裂く〈ドラゴン〉。赤毛ちゃんの震えはそこで漸く止まった。
だが、〈ドラゴン〉はそれだけではあきらめなかったようで、再び、マルス君へと歩を進める。その悠然と歩くさまは、まるで獲物をいたぶるネコのようでさえあった。寒気のする微笑を浮かべた横顔を見て、俺も身震いを止められなかった。
だが、またしても、マルス君を救ったのは父さんだった。再び振り下ろされた剣に、今度は蹴り上げ逃がすのではなく、〈ドラゴン〉の剣を受け止めたのだ。あの、傷だらけの体で……
そして、父さんがマルス君に何かを言っているが、マルス君はまるで、蛇に睨まれたかえるのように、硬直して動けないようであった。
父さんの横顔に苦渋の色が浮かぶ。炎に焼ききられた肌から、赤黒い血がにじんでいる。今度は俺が震えだしそうになったとき、赤毛ちゃんの絶叫が響いた。
「っ! ばか! 速くしなさい!」
頭上に響いた大きな声に驚き思わずジャーキングを引き起こすからだ。思わず上を見つめると、今にも泣き出しそうな表情をしている。そんな彼女が再び目を見開いた。つられて視線を戻すと、そこには〈ドラゴン〉の足元に崩れ落ちた父さんの姿があった。
リ「うーむ……じょじょに〈マンティコア〉が何者かわかってきましたねえ」
レ「む、しかも次回は暴走思想な予感がするぞ」
リ「二つの戦いに決着がつきそうですねこうご期待」