落とされた火蓋
もっと少年漫画っぽく描きたかったorz
はぁ!? 俺の故郷が、ケトケイ? 一体どういうことだ。
俺は混乱したまま、さらに続く2人のやり取りを眺めた。
「確かに、わたしは当時、ガニアン司教としての力を用いて、ケトケイを滅ぼす遠因を作ったかもしれませんが、それでもあの国は滅ぶべくして、滅んだのですよ。兄上」
〈マンティコア〉の放った声はあまりに冷たく、直接言われたわけでもない俺の心までも凍らせた。
小心者とはいえ、離れた俺が、こんなに震えなくてはならないなんて、あれを直接言われた師匠は一体どうなってしまうのだろう。
「……レイン、確かにわしはお前の言う通り、ガニアン司教の座を投げ出し、お前に押し付けた」
未だ寝転んだままの俺の目に、師匠ががくりと肩を落とすのが見えた。
ああ! やっぱり、師匠でもあの声の重圧に耐えきれなかったか! と、俺が思った、その瞬間。
「だが! 貴様の行ったことは決して許されることではない! お前のせいで一体、何人もの無辜の民が死んだと思っている! ケールも、もし国さえ滅んでいなければ……!」
再び、師匠の怒号が響いた。
え? えええ? ちょっと待って、また俺の名前でたけど?! 一体どういうこと!?
と、俺が内心大慌てしていた、その時。
ぽすん、と、心慣れた硬い手のひらが俺の頭に置かれた。一瞬だけびっくりしたが、次に聞こえた声で俺は安心のどん底に転がり落ちた。
「さっきから、うるさい爺さんどもだぜ……ぐっすり眠ってたのに起こされちまった」
ゆっくりと、俺を胸に抱きかかえ身を起こしたのは、俺の父さん……
大陸屈指の腕を持つ傭兵……〈火燐のオーク〉。
最強の男だ。
父さんは未だに俺は意識がないと思っているのだろう。まるで、割れ物を扱うかのように、俺を胸に抱えた。
「オレ自身、最初から話を聞いていたわけじゃねぇが……〈マンティコア〉! テメェがケトケイを滅ぼしやがった張本人だって、ことはよ〜くわかったぜ」
これまでに聞いたことがないほど、怒気を孕んだ父の声に、俺の胃袋がきりりとしまった。
胸に抱かれる俺は、その父さんの体内から、熱いナニが溢れ出てくるのを感じた。
師匠の元へ通い出すようになって、わかった物。本来なら遺伝するのだが、なぜか、俺にはほとんどないと言ってもいいような物……
俺が、思考の海に沈みかけたその時、俺と父さんの後ろから、これまた、岩室全体に反響するような大きな声が聞こえてきた。
「〈マンティコア〉! 並びに〈ドラゴン〉! お前達には国王陛下より勅命を賜り、逮捕状が出ている! おとなしく、お縄につくことだな」
そして、父の胸越しに聞こえる、鍔鳴りの音。今度のは木刀なんかでない、重たい真剣の音だ。
スイカさんだろう。おそらく俺のように起きていたがタイミングを見計らっていたに違いない。父さんが目を覚ました時点で動き出したんだな。
「……ふん。〈火燐〉に、国王の兵か。老人相手にイスリアもえげつない真似をする……」
しわがれた、不機嫌そうな〈マンティコア〉の声だ。
後ろでスイカさんが剣を構える音がして、さらに、かなりの量の魔力も感じる。
父さんもスイカさんも、本気だ。本気で〈マンティコア〉を殺そうとしている。
「なあ、赤毛のお嬢ちゃん。起きてるんだろ? ケールを頼まれてくんねーか?」
と、今や敵前を睨みつけているだろう父さんの声が、頭上に上がった。と、今度は足元から誰かが起き上がるような衣擦れの音。
……あれ? 狸寝入りした赤毛ちゃんが起きていることに気がついているなら、もしかして、俺のことも気がついてる?
「……わかったわ。ところで、オークさん。いつからわたしが起きてるって、気がついていたの?」
赤毛ちゃんのやや不機嫌そうな声と同時に、俺のわきに手が差し込まれ、父さんから赤毛ちゃんへ、パスされる。
女の子に抱っこされるなんて、なんとなく面映ゆいな。
「んーまぁ、オレが目を覚ました時だな。それに……」
しかし、父さんはそれ以上言葉を続けなかった。
「――あら、〈マンティコア〉。この程度の人数に戸惑ってるの?」
不意に割り込む、怪しい声。どこか音律の狂った楽器を思わせる不安定な音色。それは、この世にある物の中で、最も儚く、最も強い存在の証。
突如、膨大な熱量とともに、膨れ上がる岩室の中の魔力。
って、熱ッ! まるでオーブンの中だ!
俺の内心の訴えも届かず、炎のような魔力の塊はなおもその熱量を高め続けた。
なんだよこの暑さは! こんな魔力に熱……って――
まさか!?
「呆けたな、〈マンティコア〉……」
想像したよりも、若く、力強い声が熱の中心から発せられる。
その、渦巻く魔力の生産者は間違いない……
〈ドラゴン〉!
「っち……オレ達をここへ連れてきた張本人か」
父さんの焦ったような声が聞こえる。確かに、父さんも魔力を持っていて、剣の腕も大陸五指に入るのは有名だ。
だがしかし、〈ドラゴン〉の魔力量はそれをはるかに超えている。それこそ、その気になればこの空間を一瞬にして消し炭にできるほどだろう。
「……〈ドラゴン〉、貴様なら何秒でこいつらを殺せる?」
父の声とは対照的な、〈マンティコア〉の愉悦に染まった声が聞こえる。まずい展開だ……
そんな、諦めに近い心を俺はいつの間にか抱いていた。組織の長だというのに笑ってしまう。
だが、そんな、瞬間……!
「お前が……お前が! 〈ドラゴン〉!」
聞こえてきた声は、力強く、空間にあまねく膨大な魔力にすらひるんでいる様子はなかった。
それ以上に、その声を聞いただけで、俺の折れかけていた心は、再び力を取り戻し、混乱した頭はクリアーになっていった。
その声の主は、マルスくん。
「〈ドラゴン〉……僕と、――僕と勝負しろ!」
声を聞かせただけで勇気を沸かせる力。なるほど。
これが、『光の者』か……
リ「ふむ、いよいよ戦いですね」
レ「ご主人は無事だろうか。心配だぞ」
リ「なんの、こういう時のために奥の手は用意してあるのですよ。ご主人様の隠された能力とか。乞うご期待!」