見つけては成らぬ扉
「正直……きみは予想していたんだ。師匠ももしかしたらって――」
「ええ。でも、まさかケール君と、そのお父上まで現れるとは……」
俺の前で、少しあきれたような目をしているのはなぜか、俺たちよりも先のこの国境の山脈の洞窟に来ていたマルス君とスイカさんだった。
そして……
「ふぅん! で、アタシがここに来ることを察知した末にここまでお出迎えしてくれたって言うの!? いい根性してるじゃないの!!」
と、俺たちに見せていたおおらかな態度もどこへやら、マルス君の胸倉をつかんで揺さぶっている赤毛ちゃんと、それを見てどうしたらいいのかわからず固まっている師匠の四人がなかなか愉快な混沌を繰り広げている。
どうにもスイカさんは赤毛ちゃんのことは眼中に無いようで……
「それよりもまさか、ケール君のお父様が、あのオークさんだったとは……ここへは一体何をしにいらしたのですか……? まさか、〈ドラゴン〉を……」
俺はもしかしたらスイカさんの評価を誤っていたのかもしれない。確かに、特筆するような外見的特長があるわけでないスイカさんだが、おそらくその強みは洞察力の高さとかにあるんだろう。今思えば、スイカさんは、この国の王様から直接命令を賜るようなポジションに居るのだ。きっとコネがあっても能力がなければたどり着けないような位置に違いない。
だからこそ、俺はそのときのスイカさんの表情を見て驚くことしかできなかった。彼は、確かに平々凡々名顔立ちなのだが、それが、目の中に輝く光を余計に際立てていた。そして何より、この人は……
知っている、父の正体を……!
そして何より、父が、この国ではなく、教会とのつながりの方が強いことも……
俺は、そんな様子のスイカさんから、はらはらどきどきしながら、父さんを見やった。
だが、父さんは俺の危機感とは裏腹に泰然自若と、岩床に絵を描いていた。って、父よなにをやっている!?
俺の心配をよそに、ゆっくりと体を起こし、スイカさんを見つめる父。その堂々とした姿勢は、この中に居る誰よりも身長が高く、さっきまで言い争っていたマルス君と赤毛ちゃんまで息を飲んで父さんのことを見つめていた。なんか気持ちがいいな。自分の父親が注目されてるのって。
「いや、今回は完全なプライベート……フツクエまでの旅行だ。まあ、ケールの為の買い物が目当てだな! それよりもまさか、あの伯爵の坊ちゃんがこんなところに居るとはなぁ」
と、なぜか、マルス君に向かって呆れたような声を出す父。その視線にどこか恥ずかしげにうつむくマルス君。これではさっきとまるで逆だな。
だが、父の言葉はそれだけで葉終わらなかった。
「……で、クラウドさん。アンタが息子のセンセーとはね……」
その言葉はどこか冷たく、小さなとげがあった。俺が、その小さなとげの真意を読み取ろうとするよりも早く、顔を上げたのは鞭で打たれたような顔をした師匠だった。
「ッ! わかっている……最初、この子がきたときは確かに追い返そうとも考えた……だが、わたしとしても、罪滅ぼしがしたかったのかも知れない……」
ん?! え? 展開についていけないんだが、この二人、元々知り合いなの? 言われてみれば俺は、両親のどちらともに、俺が誰に師事しているのかを言っていなかった。それどころか、この師匠でさえ、レオンとリコルの紹介の元たどりついただけの人物なのだ。
一体全体、父と師匠の間にどういう因縁が?
「いや、オレも言葉が過ぎました。アンタを恨むのは、お門違いだ」
一瞬の間、両者の間に膠着状態が続いたが、先にそれをといたのは父さんのほうだった。空気だけのため息を吐くとすぐ、師匠に背を向けて、奥へと進みだしてしまった。よく見るとマルス君や赤毛ちゃんも何のことかわからないらしく、口をぽかんと開けている。というよりも、事態についていけていないようだ。
それに対し、師匠とスイカさんはどうやらよくわかっているのか、顔を俯けてしまっている。どうにも気まずいことこの上ないではないか。
と、俺が内心の煩悶していると、パチンと、手をたたき合わせる音が聞こえた。見てみると、その音を発したのは赤毛ちゃんらしい。
彼女は、まさにいいことを思いついた、といった表情で両手を打ち鳴らしたようだった。
「そうだわ! オークさんについていけばいいのよ! 話を聞く限り腕っ節もたつなら、きっと〈ドラゴン〉と偶然あっちゃったときだって、アタシたちの助けをしてくれるかも知れないし。それに……」
彼女は言葉を切ると、意味深に師匠を見つめた。どうやらこの子も、師匠や、父さんにかかわることを知っているようだ。じゃあさっきの表情は何だ? ただ単に驚いただけか?!
「アタシが知りたいことも、何かわかるかもしれないし……ね」
なんて、思ったその矢先……
突然、赤毛ちゃんの顔がオレの目の前に来ていた。後ほんの3センチも近づけば鼻がくっつくような、そんな至近距離だ。
普段は気にしないような、きめ細かい肌が間近に迫る。なんということだ、毛穴が無いぞ。
「ね? いいでしょう?」
オレはその言葉に頷くしかなかった。
「それにしても……本当に、〈ドラゴン〉はこんなところに居るのかしら?」
こうおっしゃるのは先頭を歩く赤毛ちゃんの談である。どうやら彼女はこんな。北と南……イスリアとフツクエを結ぶ自然の洞窟に『バビロン』の幹部が居るなんて信じられていないようだ。
確かに、組織の長〈コカトリス〉たる俺も俄かには信じられない話だ。全く持って眉唾物だからな。まあ実際俺が『バビロン』のことで把握していることなんて全くないも同然なんだけどね。
なんて、思った、その瞬間。
「ッ……止まれ!」
父が、息も止まるんじゃないかというような、叫びを上げた。だが、俺はその言葉に反応することができなかった。
だが、どうやら、それはオレだけじゃなかったようだ。
「え……なに、これ?」
「なんと……!?」
「ッこれは?!」
「なんでこんなところに、扉が……」
そう、俺たちの目の前には、巨大な扉が、その口を開いていた。