白亜の岩室
ケールくんにオークさんのことなんて呼ばせようか悩みに悩んだ末、そのときのケール君の気分に任せることにしました。次回からはテンポアップをはかりたいと思います。
よう、ついに巨大な岩壁の前に立つケールだ。目の前には断崖絶壁に近い岩肌が見えている。その高さたるや、電波塔をかるく凌駕している。つまりとっても大きい。
「とうちゃ……ここ?」
生まれて初めてウリムの外に出られた俺だが、その目的地を聞いていなかった。そして二日の日程をかけてたどり着いたのは今朝、太陽の光を浴びる白亜の絶壁である。
天まで突き刺すような霊峰なのだろうか。岩肌の向こうにはさらに剣の切っ先のような山頂が見える。空気が薄そうだ。
「おう、そうだ! ここがフツクエ王国との国境の、国境の山脈だ。この山を越えればもう外国だぜ」
そういう父さんの目は、俺と同じに山頂を見つめ、細められている。霊峰を見つめる、ハンサム顔の父の横顔……うん、俺が女なら惚れてるね。
そんなくだらないことを考えていたら、父は何かを探すように、きょろきょろと首を動かして……
「――見つけ、ちまったな……」
急に、怖い顔をした。おおう……一体、何を見つけたって言うんだ、父よ。
俺が内心、震えながら父の動向を探っていると、すたこらと長い足で歩き出して、そして 、地面にうずくまった。
おなかでも痛くなったんだろうか? いや、どうやらそうじゃないらしい。
父さんは、相変わらず難しい顔をして、今度は地面を見つめていたのだ。
んん~? 俺もあわてて駆け寄ってみると。
「馬の、蹄のあと?」
うーん、どうやらそう見える。しかも……
「ああ、まだ新しいな。ここに、到着してまだ2時間って、ところか……」
眉根を寄せたまま立ち上がり、その馬がやってきたのだろう方角をっきと見据える父。その方角は奇しくも、俺たちがやってきたほうと同じ……つまり、南『学術都市・ウリム』と同じ方向からだった。
うううむ。偶然だろうか。いやしかし……
俺が、内心ビビッて、そして戦いていると……
「っ――!?」
またも、父の表情に緊張が走っていた。今度ばかりは空気ばかりだが驚きの声が喉からもれ出ている。
ほぼ駆け足で、見つけたそれに近づく父とあわてて追いかける俺。そこには……
「馬の……蹄の跡……?」
先ほどのものとは明らかに違う馬の蹄の跡がある。なんせこっちは蹄鉄の跡なのだ。この国は何回も言うように、鞍や鐙なんていう馬具は発展していない。だから当然蹄鉄も無いと思っていたのだが……
「とううちゃ……」
「て、てい……てつ、だとぉ?」
父の顔に驚きが目いっぱい広がる。父が知っているということは、珍しいものではないらしい。結構名前は知られているんだろう。
よし、ここで鎌かけてみるのもいいかも知れないな。
「とうちゃ、これなに?」
俺はコテン、と首をかしげて、かわいく、くわいぃーく、聞いた。なんたって俺は5歳児だ。かわいい盛りの幼児だ。さらに俺の容姿! まだ幼いとはいえ、まるで女の子のように繊細ではないか! さあ、父よ、おちろ!
「ん、ああ……これは蹄鉄といって、フツクエよりもっと北にあるケトケイというもう滅んじまった国の技術なんだ……製法を知ってるやつなんかは殆ど居ないはずだし……」
そういって、また黙りこくって悩んでしまう父さん。
ふうん、なるほどね。稀少な珍品ということか。ん? ということは、これってめちゃくちゃ高いんじゃ……?
悩み始めた俺は心配したのか、突然、肩に手を置かれた。
「ま、別に貴族がどこに行ってもなにも不思議は無いさ。オレたちも速くフツクエに行くか」
何かを押し隠すように朗らかに笑って歩き出す父さん。その先にあるのは、綺麗な岩壁に走った一筋の亀裂だった。
俺どころか父さんの背丈の数倍はあろう巨大な裂け目だった。父の言い分ではどうやらこの先が隣国フツクエにつながっているんだろう。
胸に抱いたレオンを寄り強く持ち直して、俺は父さんに従った。
「フツクエ王国へ行って何をするの?」
当然の疑問だ。いまやより近づき、その巨大さを目の当たりにする裂け目をくぐり、ひんやりとした空気を浴びながら俺は聞いた。
突然の旅行に喜んで着いてきたはいいが、なぜいきなり、外国へ、しかも二人きりで行かなければ成らないのだろう。
俺は物理的に首をかしげていた。
「んー……ほら、ケールはあれだ、魔法使いになりたいんだろ?」
まあ、魔力がこれっぽちもないから、その入り口どころか鍵を開けるようなもんの錬金術でも難儀してるんだけどね!
だがそんなことは、前衛職の父には説明しても要領を得ないだろうから、とにかく頷いておいた。
「ま、ほらフツクエって言うのはイスリア国よりも魔法が盛んだからな、勉強にもなるかもしれないし、杖とかみたいな魔道具も打ってるかも知れないだろ」
だからだ、と結ぶ父。なんとも今思いついたような理由だ。だが、なんとも魅力的なことではないだろうか!
魔法の杖! 振るだけで、ぼろ衣をドレスにしたり、かぼちゃを馬車にしたりやせ犬を御者にしたりするメルヘンの申し子!
俺が今やっている、第一物質だとか、大いなる作業だとか四大元素とかなんかとは大違いだ!
んんん! 夢が広がる!
と、俺が成長して、フツクエ国でであった、最強の杖で敵――どこのどいつだよとは聞くな――を、華麗に倒しているところを妄想していると……
「ッ――止まれ」
頭上から、息を呑む声が聞こえたと思ったら、押し殺した父からの指令が飛んだ。
急激に高まる緊張感に、俺のチキンリトルなハートは猛然な一拍を打った。
おそるおそる、父を見上げる。
入ったばかりだとは言え、入り口の光はすでに遠のき、ほのかに見えるだけだ。しかし、そんな幽かな灯りの中であって尚、硬く引き締まった表情を父さんはしている。
額の横を掠めるように煌いたのは、まさか冷や汗だろうか。
歴戦の勇士に間違いない父さんにここまでの緊張を強いるものとは一体何者なのだろう。
俺も、呼吸を止めて耳を澄ましてみる。生まれてから五年しか経っていない無垢な聴覚は、この上なく鋭敏に先の音を捉えていた。
話し声が聞こえる。洞窟内の反響がその距離の近さを物語っている。相手はどうやら二人組み……しかも、片方は確実にもう片方よりも若い声だ。
俺はここまで聞いていて、そして、愕然とした。なんということだ。俺はこの声の正体を知っている。なぜあいつらがここに居るんだ……!
俺があまりの衝撃に戦いていると、どうやらその話し声の持ち主は近づいてきているようだ。徐々に、声量は大きく、クリアになってくる。光源も持っているようっで、俺たちが恃みにする薄ぼんやりとした灯りでなく、確固たる輝きが岩肌を濡らしているようだ。
まさか、馬の蹄や蹄鉄の跡があるからして、旅行者でも多いのかと思ったらどうやら違うらしい。
俺は声の主がわかったのでちょこっと安心したが、父はそうは行かないのだろう。未だに眼光鋭く声のするほうを見据えている。
仕方が無い。ここは俺が一肌脱ぐか、とおもったその瞬間。
後ろからも、声が聞こえてきた。
り「あれ、最近わたし空気?」
れ「はっはっは。フツクエまではどうやら我輩のほうが活躍しそうだな!」
リ「……次回は、挟み撃ちにあったご主人様と、なぞの声の正体です。乞うご期待」