少年・青年前線
時は少し遡り、早朝のウリム。東の空が白くなり、これから少しずつ雲も紫色になり始めるだろう、そんな時間帯だ。
そんな、職人たちがおきだすような朝早くに、旅装束に身を包んだ二人の若者の姿があった。一人は高くも低くも無い背丈の青年で腰に剣を帯びている。もう一人は、身の丈は青年の胸ほどしかないが、瞳には強い意思と正義感が光っている、はなだ色の髪の少年だ。
彼はこの数日間世話になった師匠、クラウドの家の前に立っていたのだ。周囲に人影はない。あの赤毛の少女も、当のクラウドの姿も無かった。
少年、マルスはまっすぐ、これから日の昇る、東の空を見つめていた。もう一人の青年、スイカにはその背しか見えず、マルスの表情はうかがい知れないようだった。困惑したように、いいのか、と声をかけるスイカ。
「……いいんですよ」
振り返るマルスだが、その表情にかげりは見えず、むしろ生き生きと輝いてすら居る。
「彼女は、〈ドラゴン〉にかなり執心だったようだからね……」
スイカの言葉に、ほんの一瞬、うつむくマルス、きっと彼が考えている以上にその表情は暗くなる。
スイカはその表情に表情を緩めた。ああ、やはり彼自身も彼女と離れたくないのだろうと考えたからだ。しかし、次にマルスの言った言葉にスイカは余計に驚かされた。
「もしも、戦闘が発生したとき、僕は彼女を守りきる自身が無いんです。へたしたら、僕自身の命の保障もできない。……そんなところへ、つれてはいけませんよ」
スイカは息を呑んだ。なぜ幼い弟弟子がこのような考え方をするのか理解できなかったからだ。いや、理解はできる。確かに、自分も同じように考えただろうからだ。しかし、マルスの言葉は僅か10歳にして達観しすぎていた。
(これが、貴族の子弟……青き血の定めを持つものの考え方か……)
スイカはかすかに戦慄した。平民上がりの彼から見て、貴族というものは搾取する存在であった。だからこそ、彼は初対面のとき、その身なりから察して、マルスへと無意識、有意識ともに反発を持ってしまっていた。
それがすべて無くなったわけではないが、しかし、スイカは、マルスに触れ、僅かに貴族への意識が変わっていった。
「君は、変わっているな」
スイカは、思わずそう呟くが、マルスはきょとんと首をかしげるだけだった。本当にわかっていないらしい。スイカの顔に、思わずといったような苦笑が広がった。
「なんというか、ぼくの知っている貴族とは違うからね」
その苦笑いをうかべられたまま言われた言葉に恥ずかしそうにうつむくマルス。頬には僅かに朱がさしている。
「父の領地に居たときにも、同じことを言われたことがあります」
スイカは、うつむいたままは恥ずかしそうに呟くマルスに嘆息した。なるほど。これは彼の生まれ持ってのものということか、納得したのだろう。
頭を2、3回振って、話題の転換に努めた。
「仕方が無い、な。外に馬を待たせてある……兵舎の馬だから訓練されているし、スタミナもある」
マルスは、先ほどの情けない表情はもうなくなって、引き締まった表情で力強く頷いた。
「はい!」
学術都市ウリムは、小高い丘の上に立てられた城塞であり、他国が攻め入ったとき、王都を守護する役割がある。
その北に広がる荒野は駿馬であれば3日かからず隣国との境である、山脈にたどり着く。実際、幾度かの戦争に巻き込まれて尚、このイスリア国が大陸内で力ある国として存続しているのはこの要害あってのことだった。
そんなイスリアから見て神聖ともいえる山々に向けて荒野を駆ける2頭の栗毛があった。激しく土煙を上げ、朝日が昇りつつあるある荒れ野を北に向かっている。
「大丈夫かマルス君!」
僅かに先行し走っている馬に乗った青年が、マントをはためかせながら怒号を上げた。その手綱を握る姿には慣れと余裕があった。
一方、声をかけられた少年の乗る馬は、遅れを取るまいを必死にかじりついているが、マルスは今にも振り落とされそうであった。小さな手には余る手綱を決して放すまいとするその姿がどこかいじらしい。
鞍も鐙も無い状態に全速で駆ける馬に足の力だけで己を支えるなど、10歳の少年には実質不可能なことであろう。しかし、彼がそれを可能にしているのは、その魔力による身体強化と、生まれ持ったバランス感覚だった。
彼は全身で馬に噛みついていたのだ。
「――ッ問題、ありませんッ!」
尚、力をこめて、強く手綱をるマルスに、一瞬だけスイカは微笑むと、再び前を見据えた。
徐々に巨大に写る山脈に、己の目指すもおたちが居る。『バビロン』の〈四大幹部〉のうち、二人までも居るのだ。もしかしたら。〈コカトリス〉も……
目的を同じくする二人は、ともに行きたかったであろう、師と少女を置いて、たった二人で敵地へと向かっていく。
彼らの予想はあっていた。確かに、彼らの目指す〈コカトリス〉もまた、彼らとはまた別のルートで、国境の山脈に向かっているには違いなかったのだ。ただ……
最強のお父さんをつれてきているが……