弟とライオンと一角獣
生まれてから2週間くらいたちました
「ですから、よろしいですかご主人様。ここ『学術都市・ウリム』は王都からも程近く大聖堂も在しており、言わば、この国で最も発展した都市の1つでも在るのです! そして何よりその最大の特徴と言うのが……」
「リコル! 人が来た! 兄上君だ」
ほんのついさっきまで俺に講義を説いていた真っ白な馬にふにゃふにゃの角をつけた一角獣のぬいぐるみと、それに俺のお兄ちゃんがくると教えた柔らかい鬣をもったライオンのぬいぐるみが瞬間的に何事も無かったかのように俺の寝るベッドに横たわった。
……ああ、どっかで見たことあると思ったら、あれだウッディのやつだ。
と、俺が今や懐かしくも遠い前世の記憶に思いを馳せていると、誰かが俺の寝転んでいるベッドに近寄ってきた。
さっきの一角獣とライオンのぬいぐるみ……リコルとレオンの話からすると俺のお兄ちゃん……ラークだろう。
「けーる! おはよ!」
はあ……此処のところ毎日、って言うか、俺が生まれてから毎日来ているな……
俺が、この世界に新たな生命を得てから既に2週間ばかりが過ぎていた。
その中でも最も大きな事件と言うか、事故と言うかは前述したとおりのライオンと一角獣のぬいぐるみの事だろう。
あれは、まさに俺が生まれてから間もないような頃だった。
俺が目を覚ますとそこは清潔な病院のベッドなんかじゃあなくて明らかにきれいとは言いがたいような柵の着いたベビーベッドの上だった。シーツから変なにおいがした。
まあ、そこで俺をお出迎えしてくれたのがこの2体のぬいぐるみだったわけだ。と、言っても、この時は動きもしなければ喋りもしない、全く普通のぬいぐるみだった。
どうやらこの2体のぬいぐるみは俺が生まれるまでの間母親が作ってくれた物らしい。道理でちょくちょく作りが粗いわけだ。角とか。
まあそんな手作り感満載のぬいぐるみが今みたいになっちまったのは俺が生まれて3日目の事だった。
いつもの様に太陽が昇りきってから目を覚ます俺。うぅん! 前の人生では味わうことの出来なかったゆっくりスローライフだ。
俺がそんな祝福するべき穏やかな午前に欠伸を上げたその瞬間! 言葉に出来ないような痛みが胸に走った。
――ッッッ!?
俺はその呻き声をあげることさえも許さない激痛に死すら覚悟した。
生まれてから直ぐ死ぬってどんなんだよ、こら責任者出て来い!
しかし、俺の心の叫びは誰にも届かず、俺の小さな手足がひきつけを起こしたように小刻みに痙攣を始め、ついに俺の胸の痛みが臨界点を突破しかけたその時、俺は本能的に、或いは助けを求めるように手を伸ばした。
そこには2体の作りの粗いぬいぐるみ。多分この時はそんな事も目に入っては居なかっただろうと思う。
そして、俺は手が伸びるまま、指が掴むまま、そいつらを握り締めた。この幼児の手でよく二匹っをまともにつかめたと思うよ。
その時、俺は自分の体の中から何かが抜けていく感覚を憶えた。
今思えば、多分あれは行き場を無くした力のうねりなのだと考えられる。てか、リコルもそうやって言ってたし。
まあその時からだ、俺が一人っきりになったときにレオンとリコルという2匹のぬいぐるみが動き始めたのは。
そして、今に至る……
「けーる! けーる! けーる!」
そして、さっきからケルケル言っているのは勿論蛙だとかではなく俺の兄であるラーク、2歳だ。舌足らずに俺の名前を連呼する様子が非常に可愛らしい。
――そう、俺の名前……俺の名前なのである!
俺は、いい加減名前を呼ばれ続けるのもうんざりしてきたのでお兄ちゃんたるラーク君に目を向けた。瞬間鳶色のきらきらした瞳とかち合った。同色系統だがやや色の濃い幼児特有の柔らかい髪の毛はそれでも活発そうに跳ね回っている。
そして、どうやら俺と目が合ったことがよっぽど嬉しかったのか、輝く目に余計に火花を散らせて顔中、一杯に満面の笑みを浮かべた。
「けーるおはよお!」
と、それだけ言ってしまうとまた来た時の様に走り去っていってしまった。
ふう……たぶん、初めて出来た弟が可愛くて堪らないんだろうな……
俺もその気持ちは分かるよ!
といっても俺には前世でも弟は居なかったし今世なんて言わずもがなだ。
まあ、つまるところ俺が可愛くて可愛くて堪らないと思うのは……
「ご主人様、兄弟愛は結構ですけど気持ち悪いですよ?」
ああ~!! 早く成長してラーク君と遊びてえなあ!
次はパパン&ママンです(多分)