少女の啖呵
一方、そのころ、『学術都市・ウリム』の南の外壁沿いの立ち並ぶ、仄暗い一角にある〈職人通り〉、その最奥、魔術師クラウドのアトリエでは、4人の人影があった。
その中心に居たのは、はなだ色の髪をもつ少年、マルスであった。
「……スイカさん、その話は、本当なんですか?」
彼らは、一つの小さなテーブルを囲うように並び、その机の、最近漸く他のものをおくことができるようになった表面には、国家機密である、この国と周辺諸国の地形の縮小図がおかれていた、彼らの視線が、凡庸な顔立ちながら、正義感はマルスにも劣らず、人一倍努力家であるスイカへと向けられる。
彼は引き結んだ唇をかすかにふるわせて、頷いた。
「ああ、確かだ……『バビロン』の……それも、〈四大幹部〉の二人が、北、国境の山脈に向かっているらしい」
彼らの視線は再び地図上に落とされる国境の国境といえば、同盟国のフツクエとの間にまたがる自然の要害である。現に、この国が見舞われた最後の戦争である〈ラルカーン野の戦役〉において、重要な役割を果たしていた。
それは、自身が生まれる前の出来事であるマルスにとっても、十分に理解していることであった。
「……しかし、やつらは本当に山脈に向かっているのか? フツクエ国にある基地へ向かっているだけなのでは?」
途中、口を挟んだのは、老いても尚、輝く瞳を失わない、マルスの師匠、クラウドだった。深く皺の刻まれた目尻が険しく細くなる。
彼が、生きた時間は他三人よりも圧倒的に長く、北の山脈にかける思いも深いのだろう。彼がそれを否定したく思う気持ちをだれも無碍にすることはできなかった。
「……わかりません、ただ、あの山脈は古来から神聖、不可思議な場所とされてきましたから……『バビロン』が目をつけるには十分すぎる理由があるかと……」
申し訳なさそうに言うスイカに、そうか、とただ呟くクラウド。その顔は、どこか悔しそうに引き結ばれていた。
「神聖な場所、ね……そんなことよりも、スイカさん、いったい幹部はだれがいくの? まさか――」
と、思い出したように、会話に入ってきたのは、あくまでもつまらなさそうな顔をした赤毛の少女であった。
彼女は始めてあったときと変わらず、泰然自若を絵に描いたような落ち着きようであった。その態度はいわば、彼女の言葉は疑念でなく確信に基づかれえているということだろう。
話を振られたスイカは、そんな彼女に向かって頷いた。
「そう、そのまさかさ。その中にはあの〈ドラゴン〉が居る。それと、これは噂なんだけど、どうやら〈ドラゴン〉は、あの〈コカトリス〉から別命を受けているらしいんだ。それが本当なら……」
「総統〈コカトリス〉の正体か、その手がかりをつかむことができる……そういうことですね!」
はっとしたように、気がついたマルスの言葉に、スイカは再度頷きを見せた。
「ああ。これはチャンスなんだ。うまくいけば『バビロン』を一掃できるかもしれない、この5年、最大のね!」
スイカは、不適に、あるいは挑戦的に笑みを浮かべ三人を見渡す。それに、顔を輝かせたマルスが追随する。
「じゃあ、王様も軍隊を動かしてくれるんですか?!」
しかし、そんなマルスの希望はクラウドのつらそうな言葉にかき消されてしまった。
「いや……それは無いだろうな……」
「な! どうして!?」
「場所が、場所ですからね……」
次にマルスに応えたのは悲痛そうな表情を浮かべたスイカのほうだった。
「フツクエ王国は同盟国といえども13年前わが国に不信感を抱いていると聞いています。そんなところに、国の軍が国境へ向かえば、関係は余計に穏やかではいられなくなるでしょう……」
「そんな……!」
漸くつかんだ機会なのに……! と、悔しさを隠し切れないマルス。
「じゃあ、軍じゃあなきゃいいんでしょ?」
しかし、そんな彼の心に光をともしたのは、自身に満ち溢れた、赤毛の少女だった。
彼女は、自分の胸に手をあてがい、男たちに語り始めた。
「いってやろうじゃないの! あたしたちだけで。〈ドラゴン〉が居るって言うなら、あたしは一人でだっていくわ!」
こうして、さまざまな思惑が渦巻くなか、三組の旅人たちが、北、国境の山脈へと、行進を始めた。