子を思う闇
オレはプラムの言葉に被りを振った。確かに、今までプラムの言った言葉の中で真実出なかったものは少ない……いや、それどころか、こいつの勘や、言葉のおかげで命拾いしたことも、一度や二度ではない。
だが、どうしても、受け入れられなかった……!
確かに、ケールは頭がよくって優秀だ。将来は、いつかこの町の顔とも言える〈学院〉に入ってしまうかも知れないと、メイプルと語り合ったこともあった。
確かに、あいつは、賢い子で、誰に教えられずに文字を読むようになった。言葉をしゃべりだすのも早かったし、夜泣きも少ないとメイプルも言っていた。体力が無いのは残念だけど、それでも……!
「いい加減、わかった筈だ! ……ケール君は、あの子は、『バビロン』に狙われている! 何かが起きてからじゃ遅いと、13年前にもわかった筈だろう……?」
っ……!
13年前……その瞬間、オレの脳裏に突然やってきたのは、戦乱の記憶、あの時、メイプルと出会い、プラムと出会い……そして。
「……僕は、あの時、あなたに助けられた。そして、たくさんのことに気がつかされた。あなたとは、言葉を交わすよりも、剣を交えるほうが多かった……だからこそ、今度は、僕があなたを気がつかせてやりたいんだ」
プラムの、まっすぐした、美しい翠眼に貫かれる。だけど、オレはっ!
「確かに、普通の文字程度なら、今通っているという錬金術師のところでも教えられるかもしれないだろう。だが、この魔術書は同時に古文書なんだ! そんな高度なもの……普通は教えられないし、教えない……」
それこそ、学院へ通って初めて何とか成るものだろうと続けるプラム。このときすでにオレの頭はこれ以上の理解を拒否していた。これ以上を認めるということは、ケールに危険が迫っていることを認めることと同じだからだ。
「それに、さっきも言ったとおり、僕が路地裏で聞いた、あのなぞの声……あの声は、もしかしたら――」
「『バビロン』のやつだって言うのかよ……?」
プラムが、力強く頷く。こうあったときに、プラムが間違っていたことは数えるほども無かった。
「そう、かよ……!」
オレが、内心の苦悩をも噛み砕いて、すべて納得したその瞬間。
「オーク……教会から、使者の方が見えたわよ……」
現れたのはメイプルだった。そういいながら差し出されたのは、言うとおり、紛れも泣く教会の印象のとど越された上等な紙だった。これまでの人生、何度となくもらってきて、その度にいやな気持ちにさせられる紙だった。なぜならそれは……
「わかった、そこにおいておいてくれ」
元々青かった、メイプルの顔が余計に、悲しみに染まり、最後は今にも泣き出しそうにゆがんでいた。
なぜならそれは、オレに暗殺の日程が正式に決まったことを告げる手紙であるからだった。
「オーク……」
「ああ……〈ドラゴン〉の、暗殺指令だよ」
オレは、プラムのほうを見ないよう、手紙に目を落としたまま、答えた。
「どうやら、やつら、北へ移動し始めたらしい」
手紙にはもっと詳しくさまざまなことが書かれていたが、俺はあえてそれらを省略した。各国の思惑もあるのだろうが、オレは教会専属の殺し屋だからだ。本来、かかわりの無いプラムにこれ以上は教えるべきではなかった。
「……北? 国境の山脈か?!」
それに、こいつは、大体そんなだけの言葉でも、オレの言いたいことを察してしまうから、わざわざ言う必要が無い。
「……今回は、ケールもつれていく」
オレの言葉に、プラムが息を呑む音が聞こえた。
「っな……! 正気か!?」
やっぱりな、こういわれると思ったよ。
「ああ、この上なく頭は冴えてる」
「じゃあ何で!?」
相変わらず言い募るやつだ。オレがこうまで頑なに成ったら、折れることは絶対に無いと知っているはずなのにな。
いや、それを知っているからこそ、それ以上は言わないんだろう。とすれば、次くる言葉は……
「じゃあ、僕も――」
「だめだ」
オレは、予想していた答えにあらかじめ用意していた応えを返した。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするプラム。
「な、なんで……」
まさに呆然と言ったところだ。確かに、ラークや、グレイプがいなければ、喜んでその手をとっていたかも知れない。だが。
「お前には、メイプルとラーク……それにグレイプを守ってやってほしい」
瞬間、針で突かれたような顔をするプラム。まさかグレイプの名前が出るとは思っていなかったのだろう。だが。
「……あいつは、お前と同じ、天然の魔術師だろ? ……ケールが狙われている以上に、目をつけられる可能性が高いはずだ」
オレに指摘されると思っていなかったのだろう。苦しそうな顔を浮かべるプラムに、オレはふと、面白さを感じてしまった。
お互い、子を持つゆえの闇を抱えたって事だよな。