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始まりの男


 オレの言葉に、目の前の小さな老人は振り向いた。小さく、落ち窪んだ眼窩の中に、醜悪な光があるのが見える。


 いつ見ても、いやな気分になる、濁った瞳だ。


 「なんだ……〈ドラゴン〉。珍しくわしをたずねてきたと思ったら……〈コカトリス〉についてだと?」


 〈マンティコア〉は、顔だけでなく、その小さな体全体をオレへと向けてきた。どんよりと渦巻く魔力が、やつの周りに流れている。


 オレ自身が、この『バビロン』という組織に入り、この邪悪な魔道士にあってからすでに3年以上経っているが、こいつ自身に対して抱く嫌悪感は、未だに拭い去ることはできていない。


 「ああ……お前以外、〈コカトリス〉と意思疎通をしたものはいないからな……」


 オレは内心吐き気を催しつつも、我慢して〈マンティコア〉に訊ねた。吐き気の正体は、やつの後ろ……手術台の上に乗せられ分解された肉塊にあった。すさまじい血の香りが部屋にみちみちている。


 「貴様……また、人体実験を……」


 オレの嫌悪感と、隠し切れない憎悪がついに顔に出てしまい、体内で生成された魔力があふれ出る。だが、並程度の魔術師であれば立っていられないほどのオレの怒りのこもった魔力も、この『バビロン』の創設時から幹部として君臨する狂った老人には何の意味も表さなかった。


 「意思疎通といえども、すべてあのお方の魔法生物を介してさ……正体などといわれてもな……」


 そういって、憎たらしい、気味の悪い笑みを浮かべる〈マンティコア〉。こいつ……どこまでも壊れてやがる……!


 「…だが、何かは知っているはずだ……」


 オレは、〈マンティコア〉の言った言葉を脳内で反復していた。こいつが言ったあの魔法生物、というのは、時折、現れるライオンのぬいぐるみの事だろう。あるいは、ハンナと契約したばかりのオレを『バビロン』へ勧誘した、あの大鎌と猛禽類の翼を持ったサルかも知れない。


 だが、この際どちらかなど関係が無かった。俺は改めて、未だに薄気味悪い笑みを浮かべる〈マンティコア〉をにらみつけた。


 「そう睨むな……まあ確かに、お前よりかは知っておろうよ、あのお方のことはな」


 おれは、まっすぐ、目の前の老人を睨んだ。こいつn頭脳は確かに優れている。だが、それだけにこいつは危険なのだった。


 誰にも理解されない魔術理論や、異端と称されても仕方の無いさまざまな学説……


 それらによって、教会から破門を宣告され、地下に逃げ延びたとは聞いたことがある。


 「……お前は、確か5年前この組織が生まれた時から所属しているといったな」


 そう、こいつこそが、いまや大陸全土にその規模を広げた最大の魔道組織『バビロン』の。〈コカトリス〉を除いた上で……“始まりの男”!


 オレは、変わらず〈マンティコア〉を睨み続け、言葉を続けた。


 「そして、俺たち〈四大幹部〉の長の役割をも持っている……教えろ、〈コカトリス〉とは、いったい何者なんだ……そして、やつは……いや、貴様は何をたくらんでいる!?」


 オレは、やつの後ろに横たわるもの言わぬ骸を強く指差して、怒号を上げた。


 『バビロン』の掲げる、最上にして、究極の目的である“永遠の生命”! こいつは、それらのプロジェクトの最高責任者であると同時に、〈コカトリス〉から命じられ、そのすべての運営を管理する監督でもある。


 そして、おそらく、その永遠の命に関する計画の一環である、人工精霊の創造……それらすべてが、この『バビロン』の影の帝王である〈コカトリス〉につながっているように思えてならなかった。


 そして、オレはそれを感じるたびに、肌で、全身で悪寒を感じ取っていた。なぜか、阻止しなければならないように感じていた。


 オレの、怒声を受けると、マンティコアは、さらに笑みを深くした。醜い、暗黒の微笑だ。


 そして……


 「っくっく……」


 「ッ!? 何がおかしい!」


 「はーっはっはっは! これが笑わずにいられるか!?〈ドラゴン〉! 貴様はワシが思った以上に無知で、愚か者のようだな!」


 やつの、耳障りな哄笑が響いた。


 「お前は、これが、何のために……何の実験のためにこのような姿になったか、わかるか?」


 〈マンティコア〉は、後ろの台の上に横たわる、凄惨たる実験体を指差した。


 その顔は、どこと無く恍惚として、己、自らの所業に陶酔しているようでさえあった。


 「これは『器』の実験に過ぎん……ワシが求めるのは不滅の存在。魂を永遠にこの世界の留め置くための存在よ……」


 〈マンティコア〉が、自身の言葉を再確認するかのように、拳を握り締めた。老いた薬指には、『バビロン』の大幹部のみが装着を許される指輪がはめられている。そこに刻印された紋章は紛れも無く邪悪な魔物〈マンティコア〉のもの。


 「〈ドラゴン〉貴様は、なぜ空が青いか知っているか? 草葉はなぜ茂るのか、命はなぜ新たに生まれ、朽ちるのか、魂とは、どこから現れるのか! ……なぜ、永遠ではないのか」


 オレは、自身の中に、紛れも無い恐怖を感じた。完全にやつの瞳は狂気に染まり、オレを圧倒してくる。


 「今作り上げているホムンクルスどもも、所詮はそれらのプロトタイプに過ぎん……」


 そういうと〈マンティコア〉は、頭上を見上げた。オレもつられて見上げてみると、そこには幾億物配線の中に、いくつか出っ張るカプセルが見える……


 やつが培養したホムンクルスか、そうでなければこの『バビロン』に誘致されたものたちの、成れの果てだろう。


 「……もと、大聖堂の司教とは思えない仕業だな」


 「所詮、教会組織なども、あいつら固有の知識を手に入れるための手段に過ぎない……ワシは、知りたいのだ……生命とは、何なのか、魂とはどこから来るのか……そして」


 やつは一瞬、言葉につまり、再び上を見上げた。かすかに脈打つコードに、拍動が繰り返されるだけの肉の塊たち。生命活動の兆しこそ見えるが、とても魂が入っているようには見えなかった。


 「『神』とはいったい、何者なのか! ……そして、見つけた……」


 「何だと!?」


 「落ち着け、正確にはその手がかりをだ……魂の始まりの場所、イスリア国とフツクエ王国の国境に横たわる山脈……そのうちにこそ、ワシの探し求める『生命の源』があるということをな!」


 『生命の源』だと……?


 「〈ドラゴン〉貴様も何か思惑があり『バビロン』に入ったことはわかっている……だが、断じて侮るなよ、貴様ごときの力ではあのお方の計画は崩しようが無い……だが」


 だが……?


 「貴様が、もしも、『生命の源』へとともに行きたいというのなら、取り計らってやろう……貴様にはわかるまいがこれはすべての始まりなのだ。いや、まだ、始まってすらいない……ワシらこそが、『神』を生み出す、始まりのものとなるのだ」


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