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とある路地裏での邂逅

 あの後、俺はリコルを抱え、一人帰路についた。ここは、〈トロム広場〉から数本外れた細い路地裏だ。このウリムの住人でも、知っているのは子供かネコかドロボウくらいの道である。


家まで送ろうと言ってくれた典型的人たぶらかしプレイボーイのマルス君の言葉はありがたかったが、俺はとにかく一人で歩かなければならんのだ。


と、いうのも……


 「どう思う、リコル」


 この、俺の胸に抱く、白馬プラスワンのぬいぐるみに話しかけられないからだ。相変わらず製作者の腕の問題か、どうにもニカッとしすぎている一角獣のぬいぐるみ――まあ、母さんのわけなのだが――が、縫い付けられただけの口から滑らかに声をつむぎ出した。


 毎度おもうのだが、いったいどうなっているんだ、こいつ等の体は……


 「ふうむ、確かに、やつらは予想を超えたところまで知っていますねぇ」


 どいやらしゃべるときは一応もごもごと口周りを動かすらしい、俺の忠実なぬいぐるみは、さらに、綿しか詰まっていないはずの体をちょっぴり揺らしている。


 ……プラナリアよりも不思議だ。


 「しかも、私は始めてあったのですが、あの、ご主人様の師匠とかいうじじい……どうにも、きな臭いですねえ」


 と、今度も思案気味にため息を吐くリコル。表情は相変わらずニカッとしているので、全然緊迫感がない。むしろ今にも踊りだしそうなくらいニカッとしている。


 ふうむ。とうなり声をあげて悩みだしてしまうリコル。その顎に添えられた綿詰まりの蹄だが、やはり、顔が顔なので、コミカル以外の何者でもない。


 「まあ、あのじじいの事はレオンに任せて起きましょう。『バビロン』の人事の一切を担っているのはレオンですからね。適当な駒を用意せいてくれるでしょう。……それよりも、あの女の子の、あの髪色……」


 どうやら思考に一端の区切りがついたのか、再び口を開……かなくてもしゃべりだすリコル。なるほど赤毛ちゃんか。確かに、あんな鮮やかな髪の毛、今まで見たこと……


 あった!?


 「まさか、〈ドラゴン〉か?」


 俺の脳裏に浮かんだのは、俺の組織『バビロン』屈指の魔術師の、あの青年だった。確かにあいつもまっかっかの燃えるような髪色だった。はじめてみた時頭皮い悪そうだとおもったからよく覚えている。


 「ええ……たしかに、あいつも唐辛子みたいな色だったはずです……しかも、少女は〈ドラゴン〉に執着している……と、なると、どうにも無関係とは思えませんよねえ」


 またまた再びうなり始めてしまったリコル。うーん。赤い髪、赤い髪……どっかで聞いたことあるような、無いような……


 と、俺も自分が気づかないうちにうなってしまっていたようで、それに気がついたのは唐突にリコルからのうなり声が聞こえなくなったときだった。


 ふと静かになる薄暗い路地裏。春だと言うのにひんやりとした空気が足元にはう。


 遠く……幾十の壁に隔てられた大広場から聞こえてくる〈マーケット〉の喧騒。日も大分高くなってきた今は、片付ける店と、これから開く店の、入れ替わり時だろう。


 物寂しく、森閑とした路地裏にたった一人の俺。しかも急に黙りこんでしまったリコル。


 お、おーい? リコル? どうしちゃったんだ、急に。


 急に怖さを感じたわが身の臆病さをごまかそうと、俺はリコルを正面まで掲げ、その顔を覗き込んだ。相も変わらず間抜けな面をしていやがる……が、今は逆にそんな不適な笑みが俺の恐怖をあおった。


 「お、お~い? りこる? きゅうにだまって、どうしたの」


 と俺が、ついに我慢しきれず、リコルに話しかけた、そのとき!


 「あ、あれ……? 君は、たしか、ケール…………くん?」


 僅かにつばなりの音がしたと思ったら、急に背後から声が聞こえてきた。


 俺は、自身に許される最高速度をもってして振り向いた。身体強化してないのにこの速さ! マルス君を超えたかもしれない!


 「あ、はは……ごめんね、びっくりしたかい?」


 俺が超速度で振り返ったのを驚きのためと捕らえたのだろう、声の主は今度は朗らかに笑った。事実その通りだけどな! て、いうか、くん? の前の微妙な間は何だ! まさかまた女の子と間違えられたか?!


 今のは子供の声ではない! ましてやネコはしゃべらない! つまり残る選択肢は……ドロボー!?


おれが内心のあらぶりを抑えながらもふり向いたその先には。


 「……ぐれいぷ君の、おとおさん?」


 身長も体格も、スイカとそんなに変わらない細身の肉体。だが、身にまとうオーラと言うべきものが違う。海千山千の苦難を乗り越え、そしてその度に培ってきたのだろう、力を感じる。マルス君の時にも感じた万人に対する求心力がある。


 きらきらと輝いているわけではない。むしろ、冴え冴えとした、真冬の月のような、控えめな、けれど無視できない存在感がある。

 

 間違いない、こいつは、『光の者』だ。


 「うん。よく覚えていてくれたね。確かに、オークのいうとおり賢い子だ……うちのグレイプにも見習わせたいよ」


 と、そのグレイプくんのパパ、即ちプラムさん、即ちお隣さんは、俺の言葉に目を細めた。柔らかい、翡翠色の瞳に、優しい光が灯る。


 そのまま、ぼんやりとしていた俺の頭に手を置いて、ゆっくりとなでてくれた。優男然とした顔に似合わないごっつごつの手だ。だが俺はごっつごつの手でいい。なぜなら父の手のひらもごっつごつだからだ。


 硬い手のひらが、対照的に柔らかいおれの頭を統べるようになでていく。トリートメントが無いから毛先がごわつかないように気をつけているのだ。


 「ところで、ケール……くんは、こんなところに一人でいて大丈夫なのかい?」


 これまた微妙な間を置いて話しかけてくるプラムさん。いつの間にか、手は所定位置の帯剣の柄の上だ。


 なるほど、父もプラムさんも、ごっつごつな手の秘密はあれか。


 おれがどうでも思考に時間を割いていると、心配したようなプラムさんに目を覗き込まれた。


 甘いマスクが俺の顔を見つめてくる。そんなにみつめちゃいやん。


 「ぼくは、さっき、ここから話し声が聞こえたからここに着たんだけど、もしかして迷子なら、一緒に帰るかい?」


 と、本気で心配されてしまっているようだ。曰く、もともと、『マーケット』に来ていたところ、毎月のように現れる引ったくりをとりおさえ、これから帰えろうと言¥いうときに、路地裏から話し声が聞こえてきたそうだ。どうも片方は子供の声らしいと、心配になり見にきたら俺がいたということだ。


 ……つまり、この人は〈トロム広場〉からここまでの声を聞いたことになる。何者なんでしょう。


 まあ、おれは深く考えても答えの出ないことに蓋をしてありがたくプラムさんの申し出を受け入れるのであった。


 だって怖かったからね!





 「ところで、ケール……くんは、ずっとあそこに一人でいたのかい?」


 と、俺は現在プラムさんの背中に揺られながら通りを歩いていた。もう2つばかり角を曲がれば俺たちの家に着く。


 「…………リコルがいたよ?」


 ……うそじゃないもん。話してた相手だって、このぬいぐるみだし。盗み聞きするほうがわるいし。


 「ははっ! そっか、そういえば、ぼくが行ったときも、リコルにはなしてたね」


 と、また朗らかそうに笑うプラムさん。俺はその言葉に、顔中の熱が集まるのを感じた。みられていた、だと!


 どうしようも無くなってとりあえずプラムさんの背中に向かってうなづくと、肩甲骨に頭がぶつかった。痛かった。と、思った矢先。


 「とうちゃんだ! ケールも居る!」


 「え!? ケール!!」


 やってきたのは活発そうな2人の少年だった。一人は見知った鳶色の髪と虹彩をもったやんちゃそうな子でわが兄ラークくん。もう一人は金髪碧眼のワンコ系男子のグレイプくんだった。


 しかしここで二人は満面の笑みを浮かべていきなりの爆弾を落としてきた。


 「ケール! とおさん帰ってきたよ!」


リ「なんと、見られていたとは『光の者』め中々やりますね」

レ「我輩……出番ない……次回は父上と兄弟だし……我輩……」

リ「次回〈ドラゴン〉討伐に動いた父の突然の帰宅とは! 乞うご期待」

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