決着
ガイン……と、大よそ、木刀同士の競り合いからおきた音とは思えないほど硬質な音が響いた。
そして、その一瞬後、カラン、とか、コロン、とか、木刀が地面に着地する乾いた音が聞こえてきた。
俺は、一瞬何がおきたのかちんぷんかんぷんだった。
え、さっきから擬音だらけの実況者は誰だって? 俺だよ! ケールだよ!
とにかく、俺には、わからなかったのだ。確かに今、マルス君の木刀がスイカによって跳ね飛ばされた。だがしかし、俺の知る限り、それが起こるのはスイカのほうだったはずだ。
あの時……スイカがマルス君に肉薄し、木刀をマルス君めがけて振りかぶった、あの瞬間。
俺は、確かにもう一度マルス君が身体強化をするのを感じた。しかも、一回目の時とは比にならない膨大な魔力を使用していたのだ。
俺は使ったことが無いので良くわからなかったが、たぶん凄いのだろう。マルス君の動きは確かに極僅かの間ではあったと思うが、スイカの動きを上回っていた。
だからこそ俺は、マルス君があの突きを決めて勝つんだろうくらいに考えていた。が、しかし、実際のところはどうだろう。
はじき飛ばされたのはマルス君の木刀のほうではないか。俺は、不安な気持ちで俺の腕の中でスリーパーホールドを食らっている一角獣のぬいぐるみを見つめたが、俺の細っこい腕に握りつぶされている綿詰めの顔はゆがんだまま、黙して語らない
が、俺の疑念を解決してくれたのは赤毛ちゃんであった。
「まさか、スイカさんも、あんな土壇場で身体強化をやってくるなんて……反応速度が尋常じゃないわね」
なぬ? あんなタイミングで身体強化だと?
俺が、意識をスイカのほうに向けると、なるほど、あいつの体の回りを覆うように、魔力の膜が見える。マルス君のものよりもずっと効果的な魔力の練り方なのだろう。全身をくまなく覆っている。
おれ自身、錬金術の修行を始めて、はや1年半、魔力の感知能力に関しては自信があったが、スイカは、それを超える速度で、あれだけの魔力を練ったと言うことか……
侮れんな、ウリム兵士。
「ふうむ、スイカは辺境伯の子でな、身体強化はそれこそ生まれたときから培ってきた力の一端だ。わしが魔力の練り方を教えるようになってからより精度があがったがな。しかし……あのマルスの動きは、いったい……」
師匠が顎に手を添え悩みだした視線の先に目を向けると、自分の木刀がはじかれたのが信じられないのか、驚きに目を見開くマルス君の姿が見える。
そして、そんな無防備なマルス君の脳天に、スイカの非情な一撃が下され――
ッ――危ない!
俺は、悲惨にも頭をぶったたかれるマルス君の姿を見ないようにと、硬く目を閉じてしまった。
が、しかし、いつまでたっても、マルス君のおつむが木刀の餌食になるような、乾いた音は聞こえなかった。
俺が、おそるおそる目を開けるのと、マルス君がおそるおそる目を開くのは殆ど同時だった。
真っ先に目に入ったのは、千分の一ミリの精度で、マルス君に当たる寸前に止められていたスイカの木刀だった。
そして、なぜか驚いたような表情のスイカ……
俺がいったい何が起こったのかを分析しようと頭を回らせ始めた次の瞬間。
スイカがおもむろに両手を挙げ、いつの間にか開かれた毛の平から木刀がマルス君の足元に落っこちる。
そして、スイカの両手が完全に、頭上まで登ると、突然……
「降参します」
スイカの敗北宣言が聞こえてきた。
て、えええぇぇぇ!?
「しょ、勝者! マルス!」
その瞬間、本人も驚いているのだろうが、高らかな勝利宣言が師匠の口から聞こえた。
「しかし、なぜじゃ? あのままやっていたらお前が勝っていたろうに」
と、師匠の至極もっともな疑問が聞こえた。
ふうむ。本当にそれだ。あの降参の言葉はマルス君のものだったはずだ。それなのに、よくもまあ、スイカが口の出したものだ。
俺が、内心の疑問を速く解決したく思っていると、ついにスイカが口を開いた。
「この子が、初めてだったからですよ……」
と、その瞳に今までにない優しい光をたたえて、スイカがマルス君を見下ろした。うん? いったい何が?
師匠もマルス君も疑問だったのだろう。二人して首をかしげている。ショタっ子のマルス君はまだかわいいとして、師匠、あんたは絵面的にやばい。
「この僕に、身体強化をつかわせたのは」
曰く、この兵士の宿舎に来て以来、実践形式の訓練でも、身体強化を使ったことは無いらしい。なるほどなあ、生来の敏捷性に加えてあの剣速じゃあ、たいていは先手を打つことができるだろう。
火力は無いがそれを補ってあまりある速さだというわけだ。
「これを使ったのは、故郷の姉以来ですよ……まあ、今は王都の騎士団に配属になっているはずですけど」
そういってマルス君の頭に手を載せるスイカ。ちなみにお姉さんはスイカよりもはるかに強いそうな……
「ところでマルス君。さっきはすまなかった」
と、なぜか突然、マルス君にわびるスイカ。マルス君もいったい何が起こったのかわかっていないようであわてている。
「そ、そんな! やめてください! それに負けたのは僕のほうなんですよ!」
「いや、これは、一人の男、一武人としての侘びだ。君の力量を見誤った上、君に無礼な態度をとってしまった……それに、さっきも言ったとおり、これは力量を見極めるための試合……君は十分すぎるくらいだ」
なるほど。スイカ青年は、思ったよりも情に厚い、実直な人間だと言うことか、その言葉を受けてようやくマルス君も落ち着きを取り戻したようだ。
「……僕のほうこそ、驕りがありました。スイカさんに戦ってもらって身の程を知りました。ありがとうございます」
そういって、手を差し出すマルス君。これは握手、と言うことなのだろう。顔を上げたスイカは、その剣だこまみれの小さな手を見て微笑んだ。
握手と言うには、手の大きさが違いすぎるが、両者はしっかりと手を握りあった。
うんうん、良いね、こういうの! 少年漫画っぽくて! 思わず俺も胸が熱くなっちゃう!
「ふう……」
と、マルス君たちから少し離れたところにいる俺たち。その頭上からため息が聞こえてきた。言わずもがな、赤毛ちゃんのため息である。
んん、これは、嘆息、と言うよりも、安堵のため息と言うやつだろうか。
その安堵は、マルス君の勝利や無事に対するものか、あるいは、勝利によってもたらされる、情報に対してのものか……
この赤毛ちゃん、よっぽど〈ドラゴン〉に執着していると見えるな。
とそこにタイミングよく現れる師匠クラウド。
「……そんなに、マルスのことが心配だったか?」
その顔は慈深く微笑んでいる。師匠として弟子を思う笑みであり、そんな弟子のためにため息をつく少女をうれしく思う笑みなんだろう。
「べ、べつに、そんなんじゃないわよ!」
と、頭の上でびっくりするような声が上がった。見上げると、心なしか頬を赤らめた赤毛ちゃんがそっぽを向いたところだった。
ん、んん……? もしかして、さっきのは俺の考えすぎで、まさか、ただ単純に……?
だが、そっぽを向いていた横顔は不意に寂しそうにうつむき、地面をみつめてしまった。
「ただ……」
と、きっと本人も誰かに聞かせる目的でいったのではないだろう、小さく、か細い声がきこえた。それこそ、俺にしか聞こえないくらい、小さな声が……
「では、お話しましょう。ぼくが、国王の勅命を預かって調査した『バビロン』の実態を」
再びさっきの部屋に戻った俺たちは、ついに、『バビロン』の驚きの真実を聞かされることになるのであった。
り「ううむ、この男、いったいどの程度知っていると言うのでしょう」
れ「そんなことよりもそろそろ我輩読者様に忘れられていそうでこわい」
り「残念でしたね、おそらく次のエピソードはご主人様のご家族ですよ」