決闘
マルス君とスイカさんが戦います。必殺技も出てきますよ!!!
ぼくが、勝負をしようと言った瞬間、みんなは、石になってしまったように固まった。師匠までも、目をむいて僕を見つめている。
ただ、スイカさんだけが、くさいものを嗅いだみたいに顔をしかめている。
最初に立ち直ったのは、さすがと言うべきか、彼女だった。それでも、相当、切羽詰まったように、大きな反論が返ってきた。
「な……!? あ、あんたなに考えてんのよ! 相手は、このウリムの治安を守る兵士なのよ! あんたが、いままで相手にしてきた『バビロン』のもやしっこたちや、盗賊崩れのごろつきとは、違うのよ!? わかってんの!?」
彼女は怒ったように僕に詰め寄った。きっ、と、ぼくをにらめつけると、また言葉をぶつけてくる。
「だいたいっ……――!」
「良いでしょう……」
しかし、彼女の詰問の言葉を、澄んだ声貫いた。
「その勝負、受けて立とう」
今度は、僕が固まる番だった。
「スイカさんまで!」
「そうじゃ! 何を考えておる!」
彼女が、悲鳴に近い声を上げ、ようやく立ち直った師匠も、再び硬直しそうな勢いでまくし立てた。
が、詰問を浴びせられたスイカさんはいたって冷静そうに、二人に返答した。
「いえ……先生が『鬼斬りのプラム』とさえ並べたこの少年の力をたしかめたくなっただけですよ」
そういって、冷めた目で僕を見下ろすスイカさん。
確かに、彼女の言うとおり、僕がこれまで剣を交えた者たちとは違う、洗練された体つきをしている。しかも、大人と子供だ……真剣でなくともただではすまないだろう。
だけど……
「あんた、やめるなら今なのよ」
また、傍らから、彼女の声が聞こえる。だけど、僕の目にはいまだ冷めた目で見下ろしてくるスイカさんしか見えていなかった。
「血が疼くんだ。やめられないよ」
そんな僕たちを、見つめる、妖しい鳶色の瞳があったことを、僕たちは気がつかなかった。
あれから、あの部屋を移動した僕たちがスイカさんの案内でたどりついたのは、まさに訓練場というという言葉がぴったりな大きな空間だった。
隅や壁には打たれ人形や、数多くの武器が置かれている。この『学術都市・ウリム』を守る兵士たちを育成する、兵舎の心臓部ともいえる場所だ。
今は誰もいないようで、森閑としている。その厳粛とした静けさが否応なく、僕の緊張感を高めてくれる。
「見ての通り、兵士の訓練場です。正式のものではありませんが決闘場もあります」
そこまでを、師匠に説明すると、スイカさんは不意に僕に視線を落としてきた。
「……まあ、力量を視るための打ち合いなら、それで十分でしょう」
っく――!?
その目は明らかに、僕にうんざりしている目だった。あくまでも師匠の顔を立てるために、僕の申し出を受け入れただけに違いないという目だった。
くそ……!
そんな折に、また彼女の声が強く響いた。
「あんた、あそこまで言ったんだから、絶対に勝つんでしょうね」
僕は、はじかれたよう彼女を見上げてしまった。不意にかち合った彼女の真紅の眼は、何かを確信しているかのように輝いていた。
そう、彼女は僕が勝つと、信じているようなのだった。
瞬間、僕は力が湧いてくるのを感じた。胸の内側から全身に、血流に乗って彼女の心が僕の体中にまで行き渡ってくる。
瞬間、僕も確信に似た決意を持つことができた。
負けない! 絶対に!
いま、僕とスイカさんはお互い10メートルほど離れて、向かい合っていた。このイスリア国で定められている決闘のルールに則っているのだ。
ぼくの正面には相変わらず冷めた表情で僕を見るスイカさんがいる。師匠に見せたときの顔とは大違いだ。でも……
「絶対、負けない!」
「ではルールを確認するぞ」
審判役を買って出てくれた師匠が大きな声で叫ぶ。
「まず、武器は互いに木刀だ! それと今回の勝敗の決め方は、相手が参ったと言うまで、場外負けはなしとする。あくまで非公式な決闘だから、どちらかが重症を負った時点で、中止だ! 最後に、お互い、魔力に恵まれた者同士だが、今回は、魔法による攻撃はなしだ! 良いな。そこまでわかったなら……はじめッ!!」
最初に動いたのはマルス君だった。え? いきなり現れた俺は何だって? 俺だよ! ケールだよ!
そんなことよりも、初歩をとった青い髪の毛のマルス君だが、10メートルはあったろう距離をほぼ一瞬で詰め寄り、スイカに肉薄した!
は? ちょっとまて、微弱だが魔力の流れを感じたぞ! まさか開始0.1秒でルール無視か!?
そう思ったのは俺だけではないらしく、今俺を抱きかかえてくれている赤髪の女の子、通称赤毛ちゃんが絶叫する。
「ちょっと! あいつ、いきなり魔法使ってるじゃない!」
だが、そんな、俺たちの疑問に答えてくれたのは腐っても元魔術師の師匠クラウドさんだった。
「確かに、今マルスは、魔力を使ったが、あれは、魔法として働きかけるものではなく、全身の筋力を活性化させる、純粋な魔力としての運用だ。武術の一種だよ」
ほお、なるほどね。体内の魔力を用いての活性化ね。さすが、『光の者』出し惜しみしないな。
が、しかし、マルス君が見せた魔力による俊足は、惜しくも、紙一重でかわされてしまった。
マルス君の握る木刀の切っ先が空を切り、その僅か数センチの余裕を持って左に避けたスイカは、上体をひねり、がら空きになったマルス君の背中に、木刀を振り下ろした!
「卑怯よ!」
彼女の大きな声が聞こえるのと、僕が間一髪スイカさんの一撃を交わしたのは、ほぼ同時だった、極刹那遅れて、スイカさんの木刀が振り下ろされる。
木から放たれているとは思えない風斬り音が、前髪のすぐ横をかすめる、数本の髪の毛が切り裂かれ、風圧に巻き込まれ宙に舞う。僅か数ミリの差で額からそらされた唐竹切りは、文字通り、竹を真っ二つにするほどの、威力と、何より速さがあった。
「っく……!」
僕は更なる追撃を避けるため、地面を蹴って後ろに退いた。だが、読まれていたのか、それより早く、スイカさんの刺突が繰り出された。
あれを受けたら、やばい!
僕は、警笛を鳴らす本能のまま、スイカさんの風を切る突きを、逆袈裟切りではじき返した、木刀同士打ち合う軽快な音が鳴り響いた。
一瞬、握る刀に、大きな負荷かかる。
僕は、返す刀で、追撃をかけようと、全身の精神と筋力、それに魔力を動因して、木刀を開かれたスイカさんのわき腹に横なぎに振るった!
「う、おおおぉぉぉッッッ!!!」
一瞬、頭上のスイカさんが眼を見開いたかと思うと、僕の攻撃が決まるよりも一瞬速く、後ろに飛びのかれてしまった。
「ッく……」
渾身の一撃をかわされた僕だが、ひとつ、確信できたものが、あった。
この人……身体強化していないはずなのに、僕よりも……速い!
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫かい、ずいぶん息が切れてるじゃないかじゃないか」
一瞬の、瞬発力によって、僕から5メートルほども離れたところに退いたスイカさんが、余裕の素振りで、声をかけてきた。
確かに、息ひとつ切らしていないスイカさんと僕とでは大きな差があるだろう。だけど……勝機は、見えた!
よう、またまた鳶色の瞳の美幼児ことケールだ。なに!? マルス君に戻せだと? せっかく久しぶりの出番なんだぞ!
そんなことよりも、マルス君だ。かわいそうに、さっきから、2回、同じように、スイカの死角や隙を突いた鋭い剣撃を繰り出したのだが、それを悉く紙一重でかわされてしまっている。
赤毛ちゃんも、何か思いつめたように、マルス君を見つめている。この子も、憎まれ口をたたきながらも彼のことが心配なのだろう。
……いや、ひょっとしたら、この子の目的に必要な情報を心配しているのかも知れないな。今のところこの赤毛ちゃんにとってマルス君は〈ドラゴン〉への唯一の手がかりと、手段なわけだからな……
と、俺が一瞬くらい志向に陥ったとき、そればすでに動いていた。
「ん!? マルスのやつ、いったいどうしたんだ? 急にスイカから距離をとり始めたぞ?」
師匠の言葉に顔を上げると、なるほど確かに。マルス君は、スイカから距離をとっている最中だった。
魔力によって身体強化のなされたゆえの俊足は、肩で息する今でも健在で、逸機に、20メートル近くもの距離を生み出すマルス君。
うーん。確かに、いったい何を考えているんだろう。
しかもどうやらマルス君は、体内からの魔力供給を打ち切ったらしい。それはつまり身体強化をやめたと言うことだ。
スイカも訝しげな顔でマルス君を見ている。
「近距離戦じゃあ分が悪いと思って距離をとったんじゃないの? でも、あいつ、魔力供給も止めたみたいだし……持久戦に持ち込むとか?」
頭上から悩ましげな赤毛ちゃんの声がする。画、おそらくそれは違う。なぜなら……
「いや、それは無いだろう……マルスは中距離以上の戦いよりも近距離が得意な子だ。解決の糸口を見つけるにしても、やはり、剣を交えてだろうし。それに、大人と子供だ。持久戦こそ分が悪くなることはマルスもわかっていよう。なにか隠し玉でもあればべつなんだが……」
うん。前半の、マルス君の得意分野はわからないが、持久戦うんぬんに関しては俺も師匠と同意見だ。
う~む。お互いの魔力量だけで見るのなら、マルス君のほうが若干上だが、スイカはいまだに身体強化も使っていないと言う、生まれもっての速さがある。
スタミナ的にも、技術的にも、軍配はスイカに上がるだろう。
だが……
俺は、マルス君の瞳を見つめる。遠目にも見える、美しい青色の瞳には、あきらめたものには宿らないだろう、強い光が、燃えていた。
僕がスイカさんから距離をとって数十秒。どちらも動かない、膠着状態が続いていた。スイカさんは、何かを押し図るように僕のことを見つめていて、ついに、口を開いた。
「マルス君……君は、どうしてそうまでして、『バビロン』を追うんだい? 君のような伯爵家の嫡男が、領地からはるばる旅をしてするようなことじゃあないどろう」
僕は、一瞬なぜそんなこと聞くのど労と思ってしまった。なぜそんな当たり前のことを……と。しかし、僕は、すぐには答えられなかった。
真っ先に浮かんだのは、いつも僕の隣でわらって、励ましてくれる、名前もわからない赤い髪の少女だった。その次に、領地の農村で剣を教えてくれた村長や、これまでの旅でかかわったたくさんの人の顔。その中には当然、弟弟子のケール君の存在もあった。
そして、最後に、僕の心に浮かんだ思いは、最初に僕が領地を飛び出すきっかけになった気持ちであり、今も変わらない僕の原動力だった。
「……最初は、妹を守りたいと、思ったからなんです」
まぶたを閉じれば、今でも僕の大切な妹、メリクの顔が浮かぶ。そう、最初、僕は、ただメリクを守りたかった。だからこそ、メリクを狙うという『バビロン』を憎んだ。そして、旅にでた。
「でも、今は、それだけじゃありません」
旅で『バビロン』の話を聞くたび、許せないと言う気持ちが募って、ついに、僕自身が『バビロン』をやっつけてやろう、とさえ思った。それも。
「今は、ケール君や師匠、それに……!」
僕が、一瞬だけ、首を傾けると、唐突に、彼女と目があった。彼女は不機嫌そうに眼を背けるけど、それだけで僕は力が湧いてくる。
「この旅で出会った人、これから出会う人、すべてを『バビロン』から守りたいと考えているからです!」
瞬間、水を打ったように静まり返る訓練場。スイカさんが、いったい何を考えているのかは、この位置じゃ読み取ることはできなかった。
「なるほど……それが、君の、理由か……」
スイカさんの声が、聞こえたと思った、その瞬間!
僕が見ていたスイカさんの像は瞬く間に消えうせて、気がついたときには、瞬間的に僕へと迫っていた。
振り下ろされようとする木刀。あれをまともに食らえば、骨折は免れないだろう。
だけどっ!
――僕はっこのときをっ待っていた!!!
僕は一度絶っていた全身への魔力供給をもういちど行った。温存されていた魔力が爆発的に肉体に入り込んでくる。
目もくらむような激流のなか、僕は、その一瞬だけ、スイカさんの動きがスローモーションに見えていた。
視覚時間の中でゆっくりと振り下ろされる木刀。
これならッ――いける!!
僕は、残り0.01秒も残されていない超高速の体感を、最大限に利用して、スイカさんよりもコンマ一秒早く、柄を握りなおした。
師匠も知らない、一度に爆発的な魔力を供給することによって刹那的に生み出される神速の体感。これが、僕の|超身体強化(必殺技)だ!
突き出される僕の竹刀に、身体強化を行っていないスイカさんの体が一瞬だけ止まる。僅かに切っ先がスイカさんに触れる。
くッ……このまま! 逃がすかぁぁぁ!!!
僕の体感はすでに一般のそれとなっていたが、スイカさんよりもいって速く動くことができた。
スイカさんが、後ろへ飛ぶより速く、僕の木刀が突き出される。勝っ――!
だけど、次の瞬間、舞っていたのは
僕の持っていた木刀だった。
り「ふうむ。必殺技ですか。危険ですね」
れ「うむ。しかも、名前が正式に決まっておらんようだからな」
り「そんなことよりも、次回は決着と、われわれの活躍ですよ。乞うご期待!」
作者「超・身体強化は自分でもないわー。と思ったのですが、何かいい横文字ないですかね」