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男の見せ所

最近少年漫画的な話にしたかったです…(過去形

僕らが目指していた兵士の宿舎は、トロム広場から南に広がる、〈貴族通り〉とよばれる区域にあった。その名の通り、一見して師匠の暮らす〈職人通り〉とは、違うとわかるこの街の実力者の暮らす地区だ。


 そして、それは〈貴族通り〉の入り口にすえられていた。


 先王がすべての主要都市に設置した、中央集権の要ともなった官憲の役所だ。


 建物は二階建て、周りの邸に比べると見劣りはするがそれでも立派なつくりの重厚な兵舎でもある。


 万が一の場合、すぐさまこの〈貴族通り〉の住民の警護に当たれるよう、扉が三つもついている。壁にかけられている時計は一切の装飾性が省かれていて、無骨でストイックな印象を与えられる。


 事実、この街〈学術都市ウリム〉の治安は王都をしのいでこの国でもっとも良いといわれている。


 それだけに、『バビロン』という魔道組織がこの町から生まれ、数々の罪を国や大陸に撒き散らすことが僕には許せなかった。


 「これが……」


 僕の背中から、幼い声が聞こえてきた。


 ここまで僕が背負ってきたケール君の上げた、感嘆のため息だった。


 確かに、道中聞いた話によると、ケール君の家は中産階級だろう。それならば、同じ街の中と雖もいえど、この通りに足を踏み入れたのはこれがはじめてだろうし、これほどの大きさと言えば、〈学院〉や〈大聖堂〉のほか無いだろう。


 僕はそんなケール君の純粋さを好ましく思った。


 僕は伯爵家という家柄もあり、王都の社交界に参加することも少なくなかった。こういった建物はもう見慣れてしまっている。


 ふと、隣を見てみると、天蓋の頂点に差し掛かった陽光を、その身に浴びて髪の毛を真紅に輝かせる少女が、僕以上に、あききった顔で宿舎を見上げていた。


 僕は、彼女のことを、まるで知らない。名前も、出身も……


 いや、それどころか、なぜ、人を探しているのか、その明確な目的も聞かされてはいない。


 でも、彼女が、何のために、その人を探すのか……僕は、その寂しそうな瞳を見てわかった気がした。


 なあ、何がいったい君にそんな寂しい表情かおをさせるんだ。その、孤独は、僕では……癒せないのか……?


 僕が思考のぬかるみに足を取られた一瞬後、不意に背中を引っ張られる感覚で、われに返った。


 「おにいちゃん、ふたりともいっちゃうよ」


 次いで、ケール君の不思議そうな声に、前を向くと、さっきまで僕の隣に立っていた彼女が、不機嫌そうに、僕に振りかえったところだった。


 「何やってんのよ、ちゃっちゃと歩きなさいよ」


 「あ、ああ。すぐ行くよ」


 僕の返事が終わらないうちにまた彼女は歩を進めてしまっていた。


 まったく、少しは待ってくれても良いじゃないか。


 僕は、背中のケール君を気遣いながらも、少し早足になって師匠と彼女の後と急いだ。


 そのとき、ケール君が、どんな顔で先行する少女の後ろ姿を見ていたかも知らないで。





 ようやく追いついた師匠が立ち止まっていたのは、宿舎の、奥のほう、それもかなりこぢんまりとした一角にある部屋の手前だった。


 正午にもかかわらず、ほの暗さがあるけれど、決して邪悪でなく、それどころか、どこか神聖な雰囲気さえもある場所だった。


 「なんか、不思議な感じ……懐かしいと言うか、ううん、もっと清涼で穏やかな空気……魔力の流れを感じる」


 どうやら彼女も僕と同じことを思ったらしかった。いや、それどころか、僕よりももっと鋭敏に空間の魔力を読んでいる……いったい、この子は。


 「ほう、するどいな。確かに、ここには、わしがじきじきに結界を施してある。まあ、簡易ではあるがな」


 師匠も感心したように、目を細めた。それも、かなり得意げに。


 そうだ、この目、僕もよくやられたな。師匠が、教えるのが楽しくて仕方が無いって言うときの目だ。


 「どんな魔術を施したかわかるかね? 赤毛ちゃん」


 「赤毛って……まあいいわ。そうね……この清浄な空気、まず、呪術の類ではないわね……かといって、体力矢なんかを回復させてくれるわけでもない……敵意の無い魔法……? いや、結界か……」


 ぶつぶつと自分の世界に引っ込んでいってしまった彼女を、なお面白そうに見つめる師匠。なるほど、彼女はいい線をいっている。


 かくいう僕はもうすでにこの魔術の正体を看破していた。そう、これは師匠の十八番にして、魔術師クラウドの最初のオリジナル魔法……


 「しんい、かいたい」


 そのとき、なぜか僕は時が止まるほどの驚きを覚えた。まるで背中から聞こえた幼い、舌足らずの声が、冷水となって、僕に染み込むようだった。


 よく見れば師匠も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。だが僕が感じたのはもっと、底冷えのするような……恐怖。


 「け、ケールお前、いつの間にそんな……」


 そう、本来、瞋恚拐帯しんいかいたいとは、僕と師匠しか知らないはずの名称なのだ。それなのにこの子は……?


 「ああ! なるほどね! 敵意を奪う結界かぁ。通りで、ちょっとすがすがしくなるってもんよね」


 しかし、僕の感じた驚愕も、恐ろしさも、彼女の放ったあけすけな大声でかき消されてしまった。


 かつて師匠が宮廷魔術師として王宮に仕えていたときに、国家鎮護のために開発したと言うこの魔術。知っている人間は極少数のはずなのに。


 「ふぅむ。ま、いい。その通りだ赤毛ちゃん。この結界の中に入ったものは、あらゆる敵意を剥奪される。それは、恐れや、不安、怒りといったような呪術的な感情も含めてな……つまり、それだけ、守りたいものがこの部屋にあると言うことさ」


 師匠の顔には先ほどまでの疑問の表情はなかった。僕自身でさえ、この結界の中だからか、ケール君に対するすべての感情がリセットされ、元の弟弟子に対する思い遣りが戻ってくる。


 何も気がつかなかった彼女だけが変わらず、いや、いつもより自分を偽らずに、己をさらけ出していた。


 「じゃあ、さっさと、この陰気くさい部屋の中に入りましょうよ。あるんでしょう? あの、〈ドラゴン〉の情報が!」


 その結界の中で見せた彼女の表情は、これまで見せてきたどんな表情かおよりも素直で、何よりも必死だった。






 彼女の必死さに押されたまま、師匠が扉を開けると、その瞬間結界の効力が失われたのか、なぜか体が重くなったかのような錯覚を覚えた。同時に、さっきのケール君への疑いの気持ちが再びわいた、が、それ以上に心を奪われるものがあった。


 「なるほどね……あの結界、内側の魔力は一定量しか入れられないのね。狭ければ簡易式でも効力を持つけれど、広域にわたるほど、効果は薄まる、ということね……」


 それは、深く思考する彼女の姿。これまで隠し続けてきた本音を垣間見せた故の素直さもあるのかもしれない。それらがより彼女を、美しく見せていた。


 「ふむ。その通り。君はずいぶん感覚が鋭いな……まさか……」


 「クラウド先生ですか! お待ちしていました!」


 師匠が、何か思い当たるように、言葉をかけようとしたその瞬間。待ちきれないといわんばかりに、はじける声が部屋の中央から聞こえてきた。


 思わず全員がそちらを振り向く。真っ先に目に入ったのは部屋の真ん中に置かれた大きな机に、山積みに置かれた膨大な書類。その中に埋もれるように、凡庸な顔立ちの青年が、輝かんばかりの表情で師匠に手を振っていた。


 「おお、スイカか。待たせたな。例のものは」


 「もちろん完成しています。ですが、やはり資料不足でして……〈コカトリス〉と呼ばれる存在については、名前だけで……実在するのかも、わかりません」


 書類の向こう側から立ち上がって僕らのほうへ向かってくるスイカさんの背は、師匠よりも高いものの、荒くれものも多いこの兵舎のなかでは比較的小さく細いほうだろう。


 しかし、治安維持を第一とするこの街の官憲らしく、制服の上からでもわかる引き締まった体つきが見て取れる。





 だけど、その人……スイカさんは、僕たちに気がついていなかったのか、僕と目が合った瞬間、怪訝そうに片方の眉毛を吊り上げた。


 「先生、この子たちは……?」


 「なに、わしの弟子の一人だ。この小ささでも、腕はたつ。将来は〈鬼斬りのプラム〉以上の逸材だと思っておるよ」


 僕は、いまだ生ける伝説として名を残す英雄と並べられて、面映いと同時に誇らしくもなった。けれど、スイカさんと……彼女はそう思ってはくれなかったらしい。


 「ええぇぇぇぇ!? こいつがぁぁぁ」


 彼女は盛大な声を上げたかと思ったら今度は大きな声で笑い出してしまった。


 「あっはははははは!! ないない! さすがに無いわよ、絶対! 」


 そんな彼女の笑い声に顔をしかめながらも、スイカさんも、同意見のようだった。


 「先生……これまで先生の言うとおりにはしてきましたが、さすがに……」


 そこまでいって僕を一瞥するスイカさん。その目には明らかに侮りの色があった。


 彼女の笑い声を聞いたときこそ情けなくなってしまった僕だったけれど、この、スイカさんの目を見たときに、まったく別に言い様のない感情を感じた。


 だが、僕が言葉を発する前に、動いたのは師匠だった。


 「いや、わしは本気だよ。この子は、やってくれる……必ず」


 尚も食い下がろうと、スイカさんがもう一度僕を見ながら声を大きくした。


 やっぱり、その目にあったのは、侮り。


 「しかしですね、先生っ――」


 「良いですよ、スイカさん!」


 このとき、不思議なほど僕の声はよく響いた。


 一瞬だけ静まった部屋に、スイカさんの怪訝そうな声が静かに聞こえた。


 「いい、って……どういうことだい?」


 「僕の実力が不安だっていうなら……」


 僕は、背負っていたケール君をゆっくりとおろし、顔を上げながらよどみなく言葉をつむぎつづけた。


 「僕と、勝負しませんか?」


レ「最近、出番の少ない我輩だが、次の次くらいではおおいに活躍する予定である。そのときまで、乞うご期待」

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