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大司教

 荘重な造りの窓から光が差し込む。ステンドグラスを通して、七色の光が、長く静かな廊下に、重厚さをより増している。


 静謐さに満ち満ちている空間、大理石の床を踏み鳴らす甲高いかかとの音が響いた。


 大陸内に広いネットワークを持つ教会組織。国境を問わないその強力な情報網は王族や権威ある魔道組織、果ては『バビロン』などのアウトローにさえも利用されうる。


 オレは、その教会組織の国家の要とも言える大聖堂へと召喚されたのだ。


 若い僧兵の足が止まる。今まで響いていた足音も同時に大理石の壁に吸い込まれ、瞬間静寂が訪れた。


 深い静謐の中、硬い空気を割るように、僧兵が視線の先を声で示した。


 「ココだ」


 人1人がただ通るだけでは巨大すぎる扉が観音開きに開け放たれている。まるで、白い空間に穿たれた暗闇。ぽっかりと口を広げている、ヒトならざるものの通り道……


 「この先に、大司教様が、いらっしゃる。ワタシはこの先へ行く権限を持っていないゆえ、オーク氏1人で行ってもらうことになる」


 感情を排斥した声色にオレはうなづいた。


 扉の先、暗闇を見やる。


 茫洋とした闇の中に、幾つかの灯火が頼りなくゆらめいている。


 たしか、通路から、大司教座までは、複雑な迷路になっていると聞く。


 大方、あの灯火が道標になるのだろう。


 オレは、より深閑とした世界へと、足を踏み入れた。








 「……遠いところ、よく来てくれたな。マルス」


 「いえ……ぼくも、突然押しかけてしまってすみませんでした」


 まだ、朝霧を暁光が切り裂かないくらいの時間。ぼく達は、ようやく師匠の家へとたどり着くことが出来た。


 「……ところで、マルスよ。こちらのお嬢さんは、一体?」


 叩き起こされて眠たそうな師匠の顔に、困惑の色が広がった。


 それはそうだ、3年前まで教えていた弟子が、突然訪ねてきてら、しかもそこには、全く見知らぬ少女がいるのだから。


 そんな状況を素直に受け入れられる方がおかしいというものだ。


 「ああ、えっと……彼女は――」


 とは言ったものの、ぼくも彼女を説明できる言葉を持たない。


 僕自身、困ってしまって、興味なさそうにそっぽを向いている彼女の横顔を見つめた。


 燃えるような真っ赤な髪の毛と、対照的な涼やかな瞳。わかっているのは、誰かを探して都を目指しているということだけ。


 全く、謎だらけの少女だ。


 と、そんな彼女が、ぼくの視線に気がついたのか、アカンベーをしてきた。


 妙に愛嬌のある仕草だったけど、さすがのぼくもカチンとくる。


 「いきなりなんだよ」


 「ヒトの顔ジロジロ見てんじゃないわよ」


 ぼくの言葉に、間髪入れずに答えを返してくる。


 そして、もう話は終わったとばかりにフンと鼻を鳴らした。


 そんな、ぼく達の様子を見ていた師匠は、困ったように笑いながら、ぼくと彼女を家の中に招き入れてくれた。


 「大したもてなしもできないし、狭いところだが、まあ、適当にしておくといい」


 そう言って、通してくれたのは、言葉の通り、狭い、錬金術士の工房だった。


 さすがの彼女も、あっけにとられているらしかった。


 「……れんきん、じゅつし……」


 どうやら、彼女は、思うところがあるらしく、顎に手を添えてなにやら考え出してしまった。


 ……もしかしたら、その探している人に関係のあることなのかもしれない。が、きっと、今聞いても教えてはくれないだろう。


 それよりも、ぼくはぼくで気になったことがあった。


 「師匠、いつから錬金術に転向されたんですか?」


 3年前、ぼくに魔術を教えてくれた師匠は純粋な魔術師だったはずだ。


 それなのに、一体どうして工房まで構えるに至ったかが疑問なのだ。


 すると、師匠は、急に顔色を怒らせた。


 「『バビロン』を、潰すためだ……!」







 「久しいな」


 揺らめく、幽玄の灯火の中、だだっ広い司教座。


 光ささない迷路の中とは打って変わり、柔らかな光がステンドグラスを通して、降り注いでくる。


 霞みがかった礼拝堂。


 その、オレの立つ大理石の床よりも高段にある壇上に、大司教とはいた。


 60歳程だろうか。もっと老いた可能性もあるが、背筋がのびて、声も太く、力強いため、まだ若々しく思える。


 「はい、猊下」


 もしも、初めてこの老翁に初めて対峙したのなら、オレはもっとこの雰囲気に飲まれてしまっていたことだろう。


 だが、オレは知っている。


 オレを見下ろす、あのジジイの瞳の中に、柔和な光が隠されていることを。


 教会組織のために、骨身を砕いて、心を殺してきたが、本当は誰よりも慈悲深く、またこの国を憂いていることも。


 「お前と会うのは、ケール坊が生まれる前だったな……」


 途端、大司教の顔が、苦悩で歪む。


 「すまない……! あの時の言葉を、取り消させてくれ」


 あの時の、言葉、ね……。


 「これで、暗殺の仕事を、終わりとする……ってやつですかね」


 オレの言葉に、老翁が悲しそうにうなづいた。


 ああ……


 戦役なら、どれだけ良かっただろう。


 たとえ、この手を血に濡らしても、まだ、ケールを抱くことができたのに。


 だが……


 「対象は……?」


 ステンドグラスから差し込む光が、わずかにかげる。


 大司教の顔に闇が降る。


 眼だけが、灯火の光を受けて、炯々と輝いている。


 「『バビロン』の幹部、〈ドラゴン〉の、討伐だ……」

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