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動きだす、謀略

 まだ日の光が雲にまぎれて現れない頃、齢五つの俺は父に抱き起これた。


 一瞬、暖かい布団から引き離され、朝の冷気に身を硬くするが、直ぐにまた、父の腕と胸の中に納まる。


 布団よりも硬く、眠るのには適していないが、心地のよさは此方のほうが上だ。


 耳を澄ませば、胸の向こうに拍動が聞こえる。


 「おはよう、ケール」


 耳たぶに、唇が触れるほどの距離で、囁き声が聞こえる。


 俺は返事の代わりに、より強く、頭を胸に押し付けた。


 毎朝の子煩悩な父と低血圧な俺の一幕だ。俺の一日はこうして始まる。


 「ほれ、ケール、あーん!」


 「あーん……」


 語尾にハートでもつきそうな程、幸せそうに父が俺の口にシチューを運ぶ。現在地は父のひざの上だ。


 と、そんな、父と子の家族団欒を壊す奴が、現れた。


 誰だ、俺の御食事を邪魔するのは。


 「お食事中失礼します。オーク様、至急大聖堂までご同行願えますか」


 玄関に立っていたのは、一目で教会関係者とわかる、若い男だ。


 剃髪した頭に、鋭い目つき。貧相な法衣の上からもわかる鍛えられた体つきから察するに、僧兵の類かもしれない。


 ……いままで、父にこんな形での来客など無かった。だが、今思えば、これまで父宛に届いた手紙で一番多かったのは教会からのものだ。


 父はそういう手紙は読んで直ぐに焼き捨ててしまうので、内容を確認したことは無いが、薄々は感ずいていた。


 「ぱぱ……おしごと?」


 俺の精一杯の子供らしい言葉に、父が、鞭打たれたように、振り返る。こわいわ!


 「ぱぱは、悪いどらごんさんをやっつけるんでしょう?」


 そう、これが、俺とラークくんの聞かされてきた、父の職業だ。


 いくらなんでも荒唐無稽もいいところだが、しかしそういう事なのだ。


 父を仕事へ促すような真似をする俺は残酷かも知れない。


 だがそれでも、父は、殺し続けていかなくては、成らない。


 父が『光の者』として、使命を持つ以上は……


 「あ、ああ。そうだな」


 ふと、何かをおもいだしたのか、俺を膝からおろす父。


 「父ちゃんはわるぅいドラゴンを退治しにに行かなくちゃな」


 俺を、抱きかかえ、いすに座らせる父。その視線は既に若い僧兵へと向いていた。


 「案内を、頼もうか」


 そうして、父は仕事へ出かけていった。『光の者』、英雄としての使命を果たす為に。







 ぼくが、あの街を出発してから既に2日が経った。けれど、都はおろかウリムさえ、望むことの出来ない山間の山道の中をぼくは進んでいた。


 本来であれば、街道を歩くほうが危険も少なくすむし、はやく到着するのだけれど、ぼくには、どうしてもこの山道を選ばなくてはならない理由があった。


 それは……


 「『バビロン』からのお尋ね者ね。あんたも随分笑えない身の上ね」


 まるで、ぼくの心をすかし見た様なタイミングで、ぼくに同伴する少女の声が聞こえてきた。


 「それは、君にもいえることじゃないか。それに、そろそろ名前や目的くらい教えてくれてもいいだろう」


 砂利と枯葉、木の枝を分け入っていたぼくは我慢できずに、振り返った。


 眩しいくらいに目に付く真っ赤な髪の毛が、目に入る。ジプシーや踊り子のように、扇情的で、派手な格好だ。全く山歩きをするすがたじゃあない。


 初めて会ったときから高飛車で大人びた子だと思っていたけど、まさか同い年だとは思っていなかった。


 「いったでしょう。目的は人探し。その人が都にいるって聞いたの。だからはるばるあんたについてってんのよ」


 ふん。と、鼻を鳴らすと彼女はそっぽを向いた。


 形のいい鼻が、空を向く。このポーズはこれまで何度も見てきた。


 もう何も話さないという態度だ。


 初めて会ったときに、年齢を聞きだすことも苦労した。どうやら、名前はどうしても教えてくれないらしい。


 「ふう……まあ、ぼくも、王都に行くに変わらないし、君をこのままほうっておいて、あの時見たいになるのも、嫌だしね」


 彼女の頑なさには、ぼくはもうほとんど降参していた。


 と、いっても、ぼくと彼女であったのはほんの、昨日のことだった。


 「うんうん、期待してるわよ。またあの時みたいにワタシをまもってね」


 そう、あの時は、人から剣を向けられても、彼女のその強情は曲がらなかった。


 ぼくが始めて彼女を見つけたのは『バビロン』を避けて、この山道の中に入ったときだ。


 山賊たちに、彼女が囲まれていた。


 そこでぼくは、そいつらを追っ払って、、彼女を助けたのだけれど今度はぼくに付いて行くといって譲ろうとしなくなってしまった。


 結局、ぼくが折れるしかなくて、今は彼女を連れて、ウリムへの道を急いでいた。


 「それにしても、ワタシは良いわよ。追われてるわけじゃないんだもん。でもあんたは、『バビロン』に目をつけられているんでしょう?」


 彼女の言いたいことはわかる。


 この国を中心として、大陸中にその手を伸ばす『バビロン』の本拠地は、かの『学術都市・ウリム』であるといわれているからだ。〈四大幹部〉は勿論。もしかしたら、そいつらを統べる最凶の魔道士もいるといわれている。


 ……でも。


 「心配要らないよ。あてがあるんだ」


 「あて?」


 「うん。昔、お世話になった……魔術を教えてくれた、師匠がいるんだ」


 そして、師匠も『バビロン』のことを憎んでいる。


 「ふうん。なるほどね。あんたって、本当に顔がひろいのね」


 「そんなことより、いい加減ぼくのことをあんたって、呼ぶのをやめろよ。ぼくにだってマルスって、名前があるんだ」


 「あんたなんてあんたで十分よ」


 そういいながらも、ぼくは彼女の言葉に慰められてきた。彼女の飄々とした態度に心を救われている。


 「さ、ひとまずウリム目指して急ぐわよ!」


 「はあ……そうだね」


 でも、ぼくは、すっぽりとあることを考え忘れていた。それは……


 ――彼女は、いったい誰を探しているんだ?








 薄暗い、研究室。目の前には、全裸の少女がカプセルの中に浮いている。


 この少女は、人間ではない。それどころか生き物という言葉さえ適当ではない。


 「見れば見るほど、わたしにそっくりね」


 「ハンナ、きていたのか」


 振り向くと、そこにはオレが眺めていたものと瓜二つの少女が立っていた。否、浮かんでいた。


 「〈マンティコア〉主体の人工精霊製造計画。よく、たった2年で此処まで成果を挙げたものね」


 幼い顔立ちに不釣合いな艶然とした笑みを浮かべるハンナ。その幽かに光る指には一通の手紙が握られていた。


 「それは?」


 「ふふ、〈コカトリス〉から〈ドラゴン〉へのラブレター、といったところかしらね」


 っ心臓が、跳ね上がった。


 封筒を受け取ると、そこには確かに〈コカトリス〉の印象が、封蝋として施されている。


 「〈コカトリス〉から初めての直々のお達し……やっぱり、あの坊やのことかしらね……」

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