〈ドラゴン〉
マルス君が、ついに『バビロン』の深奥に触れていく契機となる話のつもりです
マルス少年が旅立ちを決意した理由は言わずもがな妹のためにであるが、ソレとは別に、唯単純に彼の正義がこれ以上『バビロン』の所業を許しては置けないと訴えたためでもあった。
彼は領民や両親、はては使用人や当の妹にさえ泣きつかれ引き止められ、正直後ろ髪の引かれる思いで館を飛び出したのであった。
全国行脚は領地の中から始まった。
領主たる父、伯爵は苛税を敷き領民を苦しめて居るが、領内の政治は比較的穏やかであり、また、強力で安定していた。
そのため、『バビロン』の影、また、重税に苦しむ民を、絶やすため、彼は剣を振るい続けた。
数年前、偏屈でつむじ曲がりだが根はまっすぐな老魔術師から師事した魔術も多いに役立った。
時として『バビロン』には宮廷魔術師になってもおかしく無い程高位の魔術師が居たが、常にかれは勇気と機転で乗り越えてきた。
そして、いつか、或いはいつも、耳にする言葉、〈4大幹部〉。
彼が最後にその言葉を耳にしたのは、まさに今此処であった。
「づッ……やはり、貴様が、あのお方達を煩わせるがきか……」
荒い息を吐き、憎悪の視線を送る研究員。
「あの方々……まさか、〈四大幹部〉のことか」
マルスは無意識に鋭い詰問の声をあげていた。夢中で研究員の胸倉を掴み上げていた。
しかし、研究員は顔こそ青ざめていたが、少しも恐れる様子は見せなかった。彼にとって〈四大幹部〉とはそれほどまでに揺るぎの無いものなのである。
「そう、そのとおりそれ以外、誰がいるというのだ。もう、この国のもので我ら『バビロン』を止められるものなど、誰もいない。特にわが研究機関を直下に置かれる〈ドラゴン〉様はなぁ」
「ド……ドラゴンだと」
マルスはその名前に聞き覚えがあった。先日、この街に到着するまでに、聞いた噂の中に聞いていた若い男の話であった。
曰く、最近『バビロン』では、元々の〈三大幹部〉に加え、更に精霊とも契約するほどの強力な魔力を有している男を幹部に叙任したという話だった。
最も若くして、今や大陸全土にあまねく魔道組織『バビロン』の最高幹部に列せられた男の話は、街で道で、どこででも耳に入った。それだけでもマルスにとって危機感を煽ったのだが、しかも、〈ドラゴン〉は精霊と契約しているという。元来精霊とは強い正義の心の持ち主で無い限り契約したりなどしないのだ。それだけにマルスは許せずにいた。
それだけの心をもっていながら、『バビロン』の非道の数々にも加担していたことが、許せなかったのだ。
「そいつは、今どこにいるんだ!」
マルスの心に、怒りと正義が現れた。
「いって、どうする」
研究員のせせら笑う声にも、隠されもしない嘲笑の顔も、まるで目に入らないように、かれはより首もとの拘束を強めた。
微かな苦悶の声があがり、またかすかに、都だときこえた。
王都はこの街からさほど離れてはいない。途中、ウリムにとまっても、3日としない距離にある。かれは、外法の研究員たちをしばりあげ、あとを自警団にたくし、唯一人、王都へ歩を進めることを決意した。
リ「ふうむ、しめあげられただけで白状するとは貧弱な奴ですね」
レ「全くだな、我輩たちなら絶対に喋らんぞ」
リ「まあ、わたし達、呼吸しているわけではないですからね。次回もマルス君の旅路となります。乞うご期待」