Mars
大陸東南部に位置する古き伝統と信仰の王国、イスリア。同じ大陸の内にあって、南は海に面し、農業を中心に政経を支える王政国家。
そんな、王国にあって、第二の首都といわれる“学術都市・ウリム”から約2日ほど離れた場所に、そいつは居た。
国境の付近、とはいえ王都にも程近く、有事の際においては直ぐに駆けつけることが出来るように、その領地はあった。
このイスリア王国にあって、はいて捨てるほどある、領民と領主の仲が悪い伯爵家……
そんな、伯爵家にも、唯一、例外が居た……
「あ、あ、マルス様!マルス様はそんな事をなさらないでください」
あるのどかな、城下の農村に、声にまで皺の生えたような老人の悲鳴が上がった。
必死にひきとめているようでありながら、その実、声全体に喜色が浮かんでいることは隠せていなかった。
だが、だれもその人物の言葉に否定を投げかけはしなかった。それどころか一様にしわがれた援護射撃が行われたのだ。
「そうだ、領主様のご子息にこんな事はさせられません! さあ、マルス様、鍬をおいてください」
「そうです、村長のいうとおりですよ! それにマルス様は先日10歳の誕生日を迎えられたばかり! そのお体でその鍬はおおきすぎますわ」
村民たちの人だかりが出来ていた。みな一様に農民であり、田舎人であり、王都をしらぬ平民たちだった。
腰には小ぶりの鎌や小さな籠などを引っさげて、日々の暮らしのために汗をかく素朴で純真な農奴たちであった。
そんな日に焼かれ、やせ細り、小さな体の集団が、輪をつくって、一人の少年を見守っていた。
「うるさい! これくらい、ボクにも出来るさッ!」
子供特有の甲高い声が張られたかと思うと、軽快に土をえぐる音が聞こえた。
一定のリズムで繰り返されるその音は、普通、この村の民が畑を耕すために用いる、粗悪な青銅と木の枝でつくられた、決して軽いとはいえない代物。まして、子供が腰を入れて振り下ろすことなど考えられもしないものだった。
「……っし! これでこの一画はおわったよ」
先ほどまで鍬で畑を耕していた少年は、柔らかくなった土の上に刃をたて、額の汗をぬぐった。
爽やかな深い、ハナダ色の髪から、額、頬へと汗水が伝う。
この少年こそ、領主たちから不当な摂取をうける領民の癒しであり、希望であり、主だった。
少年の名はマルス。父たる領主の嫡出子であり、母家からの期待も厚い、約束された少年。
明るい空色の瞳を輝かせ、先ほど村長と呼ばれた壮年男性のもとへ掛けよった。
「さあ、約束だよ、村長! これだけ耕せば、今日こそ真剣で稽古つけてくれるんだろ?」
「む…う、確かに言ったはいったが……――まさか、本当にやりとげるとは」
日に焼けた赤銅色の肌を隆起させている村長は縮れたあごひげを撫でつけ、困惑の色をあらわにした。
この村長は一時期、軍属におり、幾多の国家防衛線を乗り越えてきた戦士であり、自らが単身、最前線に乗り込むなど勇猛果敢な野獣でもあった。
それだけの功績であれば本来であればそれなりの地位にあって然るべきであるが、彼はそれらをことごとく退け、現在は戦線を離れ、隠遁するようにこの地に収まったという。
そんな彼の元へここ数年間、足しげく通いつめているのが、マルスである。
彼は、その僅かな期間で、村長の教える剣技を吸収し、その天武の才を遺憾なく発揮させていた。
そんな折に村長がわずかな気の緩みから発した言葉によって、現在に至るわけである。
しかし村長が言った言葉としては、これだけの畑が耕せるようになったら真剣での稽古をつけるといった意味合いであって、耕すことが出来たら……と、言ったような挑戦的なニュアンスでは決して無い。
「しかし、マルス坊ちゃん、一体どうしてそんなに強くなろうとする? まだ10ッ歳だろう」
いかめしい眉を疑問の形にゆがめると、前々から胸に抱いていた質問をぶつけた。
この、青い瞳の少年は、あまりに強さを渇望しすぎているのだ。それも、此処最近はとくに。
「坊ちゃんはまだ若いんだぜ? そりゃあ、オレだてそンくらいのときには強さにあこがれたが、坊ちゃんほどじゃあねえ」
猪突猛進の英雄は生き急ぎすら感じさせる、未来の『英雄』に憂慮の色を示しながら聞いた。
「ねえ、村長……『バビロン』って、知ってる?」
こうして、一人の少年が舞台に上がることを決意した。その先に、彼を待ち受ける運命もしらず、世界の裏側で暗躍する神々の思惑もしらず……
いま、一人の『英雄』の運命が動き始めた。
リ「…おかしいですね、今回はご主人様の成長の記録の回であるはずなのに、なに主人公面して新キャラを登場させてるんでしょうかね、この作者は」
レ「どうやら元々『英雄』はたくさんだす予定だったからな、我輩としても不満は残るが次回こそはご主人が中心の話だろう」
リ「甘いですね、なんと次回は『バビロン』の話になるそうですよ。乞うご期待」