光臨前章
さあて、『光の者』と神様と『キューブ』の主が関わってきますよ、ケール君に出番をお返しするのはもう暫く後ですかね
「……ここは?」
全てが銀色で包まれた壮麗な宮殿。そんなものがいくつも建てられた広場にオレは何時の間にか立っていた。
広場は円形にひろがり、そこから放射状にいくつかの道が伸びていって、その先には見たことも無いような豪奢な建物が軒を並べている。
「なんだよ……ここ」
まさか、リゾート地じゃないだろうし……
だからといって、まともな場所だとは思えない。
そう、それこそ、こんな浮世離れした景色なんて、まさか――
頭をもたげかけた疑問を振り払おうとしたその瞬間。
「そう、此処は、神々の国。運命の護り手の世界。そして、運命を破綻させようと目論む者を世界から隔離するための監獄……ようこそ、名と命を失った者、運命の輪から零れ落ちたもの」
オレは唐突に聞こえたその声に天空を振り仰いだ。
そこには、弓なりに広がる、エメラルドよりも碧い空。そこに浮かぶガラス状の立方体。そして、それらを背後に宙に浮かんでいる、どこか艶かしい雰囲気を持った美女がいた。
「あんたは……」
オレは、あまりのことに頭が着いてこないで、口をついて出た言葉はそんなアホくさい一言だけだった。
案の定、腰まで下ろした長すぎる真っ黒な髪の毛を掻き揚げて、女性は鬱陶しそうに言った。
「だから、言っただろう? わたしは神だ。女神だ。運命の守護者だ」
と、そういいながらも女……女神は、オレと同じ高さまで降りてきてくれた。
身長はオレよりも低いくらいで体も細い。だがそこにはか弱さは同居していないで、どこまでも生命力に溢れている。
豊満に張っているところは張っていて、しかもソレが、透けて見えそうなほど薄い布一枚だけが覆っている状態だ。
随分情操教育に悪そうだ。
「君、もしかして、頭悪いほうかい」
不躾に何を聞きやがる。そりゃあ、まちがっても天才だとか秀才に数えられるような成績ではなかった。だが、それなりに努力もしてきたし、悪すぎるほど悪いって程でも無いと思ってるさ。
オレが、心のうちで反論を試みて居たことが表に出ていたのだろうか。その女神とやらは不振そうに片眉を吊り上げると、今度はあきれたようにため息をついた。
ちくしょう、なんだかむかつくな。
「ま、いいや。君みたいな子のほうが案外飲み込みは早いかも知れないからね」
そういってからも、どこか迷うように、ほんの僅か一瞬だけ瞳を揺らした女神は、何かを諦めたのか、また再びため息を吐いた。
おいおい、何か、言うことがあるなら早く言ってくれよ。
オレにだって、聞きたい事は山ほどあるんっだ。此処は、あんたは。何で、オレは此処に居るのか……
まさか、オレは――
「そうさ」
刹那、まるで女神はオレの考えを読み取ったかの様なタイミングで、オレの思考を中断させた。
そうさ? ……おいおい、勘弁してくれよ。
「残念だけど、君も 薄々気がついていたんだろう……」
あの時……
「そう、あの時、君は死んでしまったんだ。あの車に撥ね飛ばされてね」
そう、オレに宣言したときの女神の顔は、死神や閻魔だとかでは無く、酷く、苦しそうな顔をしていた。
「あの、君とわたしの頭の上に浮かぶ、『キューブ』の中の存在によってね――」
『キューブ』? おいおい、いきなり性質の冗談を言うのはよせよな。
「……冗談ではないさ。そもそも君も気がついているんだろう?」
女神はどことなく物憂げな様子だが、今のオレにそんな事は関係なかった。
たしかに、オレが、男の子を助けようとしたあの瞬間から、オレの記憶は全く無い。
意思の力をはるかに超越した自我が、オレの体を突き動かして、そして……
今、オレは此処に居る。
だから、初めて此処を見たときには思ったさ! まさか此処は、あの世……なんじゃないかって。
「でもっ――」
「確かに……確かに、此処は君にとってのあの世だという感覚で差し支えないよ。ただ、さっきも言った通り、神々の住まう世界でもあるんだよ。運命を護る、という役割を与えられた者たちの世界だということさ」
そういいながら上を振り仰ぐ女神。長い髪の毛が肩から零れ落ちて、ゆっくりと紗を描く。在るはずもない風に揺られた繊細な髪が、持ち上げられた顔に釣り上げられた。
「そして、あの『キューブ』の主を監視して、いずれは消滅させるためのね」
その視線と言葉に釣られて、オレも不思議に澄んだ空を見上げた。
そこには紺碧の天弓に不釣合いな、立方体が浮かんでいた。
材質は硝子のようであったが、まるで加工された様子が見受けられない、美しい表面をしている。
地上からかなり離れたところに浮かんでいるが、どうやらかなり巨大なようで、人一人程度だったなら簡単に放り込めてしまうだろう。
あの中に、人が……?
「一体、どういうことなんだよ」
オレの声は自分でも驚くほど怒気が篭っていた。正直、何もかもが受け止め切れやしないというのが現実だ。だけど……
直接の死の実感こそ無かったが、俺は死んでしまったのだ、と、頭では理解している自分がいた。
しかも、女神の話からすると、殺されたのだ。あの、『キューブ』とか言うガラス箱の中の奴によって。
女神は、さっきからオレの心を読んでいたのだから、当然このオレの聞きたかったことも理解したんだろう。諦めとも哀れみともつかぬ微笑だけを唇に貼り付けて、言った。
「……昔、ありとあらゆる世界の調和は完璧に保たれていた。この世界でも運命を守る為に働く神なんていうのもほとんど居なかった」
――しかし、その運命……調和を乱す存在が現れた――
「それは、かつての運命の紡ぎ手の女神によるほんの些細な失敗だった。この世界の主宰神だって、気にも留めないような小さな小さな、ね……だけど、その小さなミスが大きな凶荒を生むことになってしまったのさ」
再び、女神の視線ははるか上空に浮かぶ立法体へと注がれていた。吸いこまれるような青さを持ったガラスの立法体は、そ知らぬ顔でゆっくりと回っている。
「ソレが、あれの中身さ。今でこそ自分が作り上げた『キューブ』とか言う箱の中に閉じこもっているけど、いつまた復活するか分からない。だいぶ神々が力を尽くして、あいつの能力を封じたりもしたけど、また、運命の乱れが大きくなるとあいつは力を取り戻す」
お、おいちょっと待ってくれよ!
「そもそも、運命って、何なんだよ」
「書いて字の如くさ、命の……世界の運営。その調和。この世界の正しい、始まりから規定されているあるべき姿さ」
その運命を狂わせた奴が、オレを殺す? もうわけわかんねぇよ!
「わけ、か……それは、君が『光の者』だからじゃないかな」
リ「まったく、ご主人様を脅かす存在第一号ですね!」
レ「そんなことよりも作者が続きに困っておるぞ。多分ご主人様は再登場で5歳くらいになっているな」
リ「ふうむ、なんとも計画性の無い奴ですね。我々を見習ってほしいです。さて次は『光の者』と女神の談判の後編、これにてご主人様にはむかう奴が生まれ変わってきます。乞うご期待」