過ぐる者たち3
少年が最奥部へとたどり着いたとき、ようやく輝きはやんだ。煩いほどの寂光は蝋燭が吹き消されるように唐突に消えうせ、焔の如くおぼめいていた輪郭のない輝ける人どもは、その身を、漆黒の重荘な鎧のカテン兵へと変貌させ、手にもつ刃で殺戮を生み出していた。
少年が真っ先に探そうとしたものこそ、彼らの作り上げた血溜りに沈む少女の姿であった。雪原に落ちた碧玉に例えられた、あのクリアブルーの虹彩をもつ少女の、亡骸を……
「ッメープル!」
血煙の舞うなか、少女は見つかった。ただし、かの碧玉を恐れに見開き、真珠とも雪原とも例えられた白皙は血の気を失い蒼白に変じていた。が、少女は生きていた。
メープルは広間の最も壁際に背を向け、へたり込んでいた。唯でさえ、幼く、小さな体躯は、縮こまり、余計にもろく見させていた。そんな彼女をその背に庇うように立つ二人の男こそ、王の信頼も厚い伯爵家当主である父と、その跡取りたる兄であった。今や、そのたった二人の防壁は崩されつつあった。無尽蔵に現れるカテン兵に対し、二人の体力はつきかけていた。
だが、少年の叫びに最も呼応したものこそ、彼らであった。
「……メープルの周りをうろついていた傭兵小童か……」
壮年の男は、口ひげの中だけで呟いた。彼こそはメープルの父であり、現在ケトケイにあって最も権勢を誇る一族の長であった。そして、今は、唯一人の、愛娘のために、衰えた腕を振るう老兵でもあった。伯爵は、己に肩を預け、共にメープルを守るその兄たる青年を一瞬盗み見た。
青年は、その眼差しにこめられた意味を全て理解した上で、カテン兵の剣を交わしながら、父伯爵へいった。
「父上……わたしももう覚悟は出来ています。もう、メープルを救うことが出来るのはあの傭兵だけでしょう……彼に、託しましょう」
青年が言い終わらぬうちに、侯爵ののどは滑らかに怒号を発した。彼ら親子の命を刈らんとする漆黒の兵士たちすら、ひるむような、血に沈みつつある、この国を象徴する部屋が震えるような、そんな、魂の叫びを――
「コワッパ! 先日申し付けた二度とメープルに近づくなという命を、たったいまこの場で破棄するッ! 貴様の全生命をもって、我が娘を守護せよ!」
「お父様! なにを?!」
その言葉の、その覚悟が受け入れられなかったのは、ただ一人、その当事者たるメープルのみであった。のどから搾り出すような悲壮な声が、父の背を貫いた。しかし、伯爵は振り返らない。大陸にその名の轟くカテンの統一軍を前に、一瞬とて余所見は許されなかった。
ゆえに――……
「今日これより、お前に家名は無い。しかし、我が一族に流るる血こそ、王にも連なる血である。生き残れ! して、必ず……! 必ず我が一族の名を再興させよ!」
少年がメープルを攫うように走り出したのはその時であった。黒塗りのカテンの鎧をかいくぐり、父兄が守る、その背の中うちに血の汗を流しながら、滑り込んだ。
その背を追うように振り下ろされた幾多の刃は、全て二人の男がかわした。すでにいつ斃れてもおかしくない男たちを支えるものこそ、メープルへの思いであった。
そして、たった一瞬、少年は伯爵と視線を買わずと、メープルの腰をその肩に抱き上げた。
「やめてッ! どこへ行くつもりなの!? おろしなさい! おろしなさいよ! オーク!!!」
だが、少年……オークは返さない。いつの間にか血の流れすぎた肉体に、以前は軽々と抱けた少女の体は重たかった。だからこそ、オークの足には力がこめられた。生き残り、この少女を生かすため……
その瞬間の、膨大な魔力の膨れ上がりを、その後にもオークは感じたことは無かった。肉体は途方もない熱を放ち、あらゆる力がオークの中に猛った。
魔力の開眼であった。
焔をあげる体に未だわめくメープルを担ぎ、大広間の最奥部から、再び出口へと駆け出した。多くのカテンの刃がオークを襲ったが、彼はその全てを、雄たけびすら燃え尽きるほどの熱で裁いた。
彼が広間を脱したのは、かの寂光が再び放たれる寸前であった。