過ぐる者たち2
少年は自らの足元に亡羊と光をなげかける幾何学の線をみた。薄く光りを放つ巨大な円状の模様は、ほとんど大広間を覆いつくさんばかりに広がった。誰の顔にも不安があった。この青白い、死の気配をもった光に照らされ、平気な顔をしていたのは欄入社であるカテンの兵士ただ一人であった。月影の如く寒々しい明かりを放つ魔法円は、すなわち膨大な魔力がこめられたものである。寂光はますます強くなり、少年の未成熟な顎をてらした。
その時少年は人が倒れるのをみた。硬い鎧に身をつつんだケトケイの騎士であるはずだ。騎士は音もなく崩れ落ちた。いや、少年の耳に崩れ落ちる音は届かなかった。音は、その光量をました魔法円によって妨げられた。目と同じく、突如として沸き起こった鋭い歓声によって、封じられてしまったからだ。少年は彼らを如実に見た。青白い、濃厚な死の気配を放つ光が徐々に膨れ上がり、人間の形を持ってせりあがるのをつぶさに見続けた。あたかも鏡面から人間のかたちをとって現れる悪魔の如くあらわれ続けた。その光景は少年が幼い頃聞いた神による造化の御業を思わせた。
その時、彼がその背後から振り下ろされた刃をよけたのはほとんど偶然であった。光は未だ収まらず、幾つ物輝ける人がその魔法円よおり生み出されている中、少年がその音なき襲撃者を避けることが出来たのは、物心がつくより以前から受けた師による鍛錬と、その遺言に違わず、磨きつぐけた肉体のためであった。紙一重に射し、その背の向こうに見たものこそ、地と床より湧き現れる輝ける人の群れであった。そして、それ自らが発行する肉体はだんだんと輪郭を持ち始め、頭は兜に胴体は鎧に、全身をカテンの統一軍が誇る、強固なプレートアーマーへと変貌させた。風を切った刃は完全に光を収め、その刀身を鈍く、黒く、輝かせた。漆黒の血でぬった如く、その剣は少年の目に映った。彼の日に灼けた顔に、ふと焦りの色が浮かんだ。秀でた眉に焦燥が奔り、再びその背を翻した。相変わらず寂光はやまず、カテン兵であろう輝ける人どももまた、魔法円のうちより湧きいで続けていた。しかし、少年は、先ほど彼を襲わんとした影をも省みず、その身と剣だけを頼りに大広間を駆け出した。すなわち、彼が今までたっていたところと対極に位置するおの大広間の最奥部。この国の、王族や、権勢をほこる大貴族たちの席へと……