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鳶色の英雄

 

 2日前……


 ローレル、リーフ、オリーブ、そして彼らの兄貴分たるラークとグレイプが、昨夜の回禄の災いによって焼失したフローロの前で呆然とする中、ただ一人、ラークだけはこの炎が単なる怪火でないことに気がついていた。


 鳶色の虹彩からもれ出る光が鋭くなるほど、目を細め、そして考え込んでいるラークの姿はもはや手馴れた傭兵の姿であった。その実、彼は学生である以上のアイデンティティを傭兵の自分に感じていた。


 それだからこそ、彼はつわものの思考によって、この岩をも溶かし尽くした炎がん愛物によって起こったか、冷静に分析し、そしてほとんどの結論がでたなかで、現れた国家の憲兵たるスイカの姿によって、それは確信へと至った。


 「……この火事をおこしたのは『バビロン』、それも〈ドラゴン〉ということですね……」


 ラークが静かに発した言葉に誰もが驚きの表情を浮かべる。そのなかでも特にスイカの表情は厳しく、尋問するごとく眉を吊り上げた。


 「何故……分かったんだ?」


 普段こそケールという縁のある二人であるが、その立場は互いに仕えるものを違える、消して交わることのないものたちである。スイカの顔に浮かぶには、警戒。


 「……昨日、みんなもあの真っ赤になった空を見たと思う。天すら焦がすような空だったはずだ。なのに、この焼け跡はフローロしか焼けてないんだ」


 いいながらラークはフローロの焼け跡を視線で示す。たしかに地面の一部はガラス化するほどの高熱で熱せられたようであるが、隣接する建物にはその類は及んでいないようである。それどころか、煤一つついていない。


 「でも、それなら結界を張れる魔術師だったら誰でも当てはまるんじゃないですか? それに、それだったら『バビロン』だけじゃないかも……」


 純粋に疑問であるという声を発したのはローレルであった。この国においては珍しい、黒い瞳に困惑を疑念が浮かんでいる。その姿は補修常連である彼の飾らない姿であった。


 そんな弟の、初めての友人の姿に噴出しそうになりながらもラークは頬を引き締めた。それこそ、この火事の犯人が〈ドラゴン〉であるということを証明することになるからである。


 「……王子殿下はこれだけの……土がガラスになるほどの温度を魔術で発することが出来ますか?」


 ローレルからリーフに向き直ったラークは、言葉静かに投げかけた。しかし、その言葉は返ってくる返答を確信したものでもあった。


 ラークの言わんとすることを察したのだろう。リーフはふるふると頭を振った。金色の毛髪が、太陽にたれされ金波をつくる。艶やかにすら見えるその金色の光の下の、しかしリーフの顔は浮かないものであった。


 「いえ……ぼくどころか、元宮廷魔道師のクラウド師でも不可能でしょう……それこそ、精霊と契約したものでないと……」


 その言葉に頷くラーク……その姿からは、かれもまた万年赤点をとるポンコツ補修常連者の姿は見られなかった。


 「それに、それだけあっちぃ炎を閉じ込める結界を維持する膨大な魔力の持ち主……とくれば、もう〈ドラゴン〉しか居ないってことか……」


 ラークを代弁して結んだのはその親友であり、また共に傭兵として背インチを駆け巡ることになるだろうグレイプであった。


 「ああ……それに、スイカさんが現れたことで確信しました。スイカさんは、『バビロン』の調査員のはずですからね」


 「なるほど……『大聖堂』のつながりで知ったのでないということが分かって安心したよ」


 〈火燐のオーク〉の息子と、なにより弟弟子の兄と事をかまえたくないからね。とおどけたように言うスイカに一同の間に張り詰めていた緊張の糸がようやく緩んだ。


 「あ……あの!」


 そんな和んだ空気に和って入るように、オリーブは声を上げた。声はあせり瞳は揺れていた。なにより、これまで彼女がなにも発言しなかったのは実にその機会をうかがっていたからであろう。


 オリーブが聞かんとすること、それを誰より早く察したのはグレイプであった。


 「オリーブ……今その質問は……」


 普段は聞かれない、グレイプの迷ったような声で察したのだろう。ラークもまた、ゆれるオリーブの瞳を覗き込んだ。


 「いや――……話そう……」


 「ッな!? ラーク!」


 ラークの声はいかにも自然なものであった。それゆえにグレイプは驚きの声を上げたのだ。オリーブの質問に答えるためではない。オリーブの質問を認めるところにである。

 なぜなら、その質問をされること自体、彼らが、彼らと、なによりその弟ケールのために封殺してきたものであるからだ。


 「……先輩は……先輩たちやケールは、一体、どういう立場の人間なんですか?」


 この質問こそ、ラークとグレイプが最も恐れ、秘匿し続けていたものだった。暗示はしてきた、匂わせもしてきた。だが、常に明確にはしてこなかった。


 「今まで、察してくれって感じだったからな……はっきり言って、甘えてた。」


 儚い微笑であった。うつむいたラークの鳶色の瞳には、同色の髪がかぶさり、幽かにその目の憂いを透かし見せていた。


 彼らの背中、その胸中に抱えた甘えとは、一重に歴史の重さによるものだった。あるいは因果の、愛憎の……いわば23年にも累積した、父親たちから引き渡された負の連鎖の、その鎖縛の重さであった。


 「オレ達……オレと、グレイプは『大聖堂』側の人間だ……」


 焦土と化したフローロに風が過ぎる。灰すら遺さず焼き尽くされた寂寞の土地に、ラークの言葉は浮薄に浮かんだ。


 ラークが、そしてグレイプが『大聖堂』の人間であること……それはこれまで幾度となく暗示され、あるいは明らかな形で示されてきていた。しかし、それが何を如何なる形で意味するのかは、誰一人理解するものはなかった。


 「……ラークさん」


 「何でしょう。王子殿下」


 リーフは一瞬、逡巡するかのように目を閉じると、意を決した如くまぶたを開いた。時に夜明けの光に例えられる黄金の瞳は、たしかにラークを見据え、決意の炎が踊っていた。


 「……『大聖堂』は……ぼくたちにとって……つまり、この王国や『バビロン』とのかかわりにおいて、どのような立場なんですか」


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