真実の代償
魔道結社『バビロン』。この、約15年前に現れ、そして急速に勢力を伸ばした魔道結社には大陸中に幾つもの秘密基地をもっているといわれている。しかし、その数や場所などは『バビロン』同様、多くが謎につつまれており、万に上るといわれる構成員すら、その全てを把握しているわけではないという。
そんな、幾多もあり、かつ何処にもあるといわれる『バビロン』の秘密基地の、そのひとつで一人の老人が不気味に笑っていた。
彼の周りには多くのカプセルが所狭しと並び、その偽りの母胎の中には物体とも生命とも区別のつかないなにかが浮かんでいた。そんな、冒涜的な光に照らされた嗤う老人は、くつくつと肩を震わせた。
「〈ドラゴン〉も良いえさを持ってきたものだ」
老人の名はレイン。かつて自らのケトケイを滅ぼし、ある技術を盗んだ男。そして、いまや亡国の王子と王女を巻き込んだ陰謀を企てる腹黒き〈マンティコア〉であった。
「かの王女はあらゆる面で使えるな……〈ドラゴン〉への抑止力になり、王子への牽制となる……ひとまずは……」
〈マンティコア〉は、変わらぬ嘲笑を顔に貼り付けたまま魔法円を展開させた。冷たい光が〈マンティコア〉を、そしてカプセルに浮かぶ肉塊を照らす。
「〈ウンディーネ〉に動いてもらうとしよう……」
…・・・・・・・・・・・・
あの火事から二日……ぼくはまた王宮の中にあるあの秘密の部屋に来ていた。この二日間の疲れがどっと押し寄せたように、ぼくは宛がわれたソファに倒れこんだ。
……そういえば、オルギオーデの時もこんな感じに倒れこんだな。
ぼくは上手くいったあの事件をおもいだし、気持ちが和らぐのを感じると同時に、心の一部分においては酷い緊張を感じてもいた。
そう。オルギオーデ……ひいては〈マーラ〉が率いていた『ギルド連盟』における諸問題は、恐ろしいほどあっさりと解決した。まるで、かくあることがはじめから決まっていたみたいに……
ぼくは、ぼくを救うと同時に、不気味さを感じさせることになった一束の書類を見た。そいつらは、ぼくが此処に持ってきたとき同様、埃の溜まったの机の上に鎮座している。
「……あいつは、はじめから死ぬことが分かっていたのか?」
それらは、オルギオーデの遺した書類束だった。そして、そこにはまるで自分が死ぬことを見越したように先々の事後処理すら指示する内容が載っていたのだ。
「……たしかに、これで予想していたイスリアへの打撃はずっと少ないけど……」
けれど、ぼくは不気味さを拭い去ることが出来なかった。たしかに、オルギオーデをはじめてみたときはその空虚さに飲み込まれそうになった。それでも……自分が死ぬ前提で……しかも、死期に誤謬なく話しを進められるものなのだろうか……?
一体、何が、彼を、ああさせてしまったんだ――?
ぼくは、それを知りたくなかった。厳密に言えば知るのが恐ろしかった。
しかし、ぼくには知る義務があった。知る必要があった――
だからこそ、ぼくは、オルギオーデの残した過去23年に及ぶ彼の日記を紐解くことにした……