生まれ変わるまでの準備
はじめましてライムと申します。以後おみしりおきを
「っん、此処は……?」
俺は目が覚めた時、自分がいつもの安い布団の上でないことに気がついた。
瞼を開くと、更に、俺が住んでいた6畳のしみだらけの天井じゃあなくて、どこの高級ホテルだよ! と叫びたくなるような水晶みたいな天井を光が透過して俺の眼球に突き刺さった。
こ、これは……!
「知らないてんじょ――」
「やあ、使いふるされた小ネタをどうもありがとう。でもそろそろ、此方にも意識を向けてくれると嬉しいんだけどね」
俺はその声が聞こえた瞬間に一瞬にして寝転んでいた上体を起き上がらせた。もうソレこそ音がするかと思ったね、ガバっと。はや起き上がり選手権があったら良い所狙えると思う。
俺が改めて上体だけをひねって声のした方を振り向いて、俺は初めて自分がどこにいるのかを視認した。
「やあ、おはよう。そしてようこそ。この俺の仮の住まい『キューブ』へ」
俺が目を向けたその先にいたのはまだ幼稚園にも上がっていなさそうなちっこい子供だった。
立ち上がれば俺の膝くらいまでしかないほどの幼さだったが、その容貌は、ローブを身に纏い、フードを目元まで覆い隠す程深くかぶった怪しいこと限り無い感じの子だった。
そして、この場所のこともあった。
この子のいった『キューブ』の言葉通り、俺たちはどうやら半透明な立方体の中にいるようだった。
俺が頭の中の混乱を処理しきれないでいると、その子が、嘲笑うように続けた。
「じゃあ、まあ、仕方が無いから状況の説明だけでもしてあげよう」
その男の子の蔑みのニュアンスがすこし気分が悪いが、背に腹は変えられないからな、俺はおとなしく聴くことにした。
「まず、君は死んだ」
「はあ?」
おいおい、このがきんちょはなにを言ってんだよ。俺はこうしてぴんぴんしてるじゃないか。
俺が、やっぱり子供の言うことはという態度をとっても、その子供は笑みを深めるだけだった。
それに俺がムッとしたことが分かったのか、その子は言葉を続けた。
「じゃあ君は君が此処にいる事を説明できるかい? この俺が何者であるか理解できるかい? そしてなにより、君、自分の名前を覚えているかい」
俺が、その最後の質問に馬鹿にするなと叫ぼうとしたその瞬間、俺は言葉を失った。絶句選手権があったらいい線いってるレベルだ。
「わ、からない……俺は、自分の名前を覚えていない……」
まじかよ……少なくとも俺は自分の名前をおいそれと忘れるような頭をしていない。
じゃ、じゃあ……まさか、本当に……?
「俺は、死んだのか……?」
俺が体中の体温が抜け落ちるのを感じている間に満足そうに頷く子供。
い、いや、まてよ!
「まだ俺は納得できねえよ! 名前とかぐらいだったら洗脳とかで消せるかも知れないじゃんか!」
俺は理性でなく本能でそう叫んでいた。
しかし、俺の言葉を聴いたその子供の顔に浮かんだ表情は、蔑みでも怒りでも愉悦でもなく、哀れみだった。
「それなら、これはどうだい」
そう、男の子がいって、男の子が背後の壁に手をかざすと、その『キューブ』の壁面はまるでテレビのようにある映像を映し出した。
「っこ、れは……」
「そ、君の部屋、君の最期の瞬間」
男の子の言うとおり、ソレは俺の家だった。時間はおそらく夜で、布団の上で俺が寝ている。ってか寝相悪いな! 俺!
そこに、どうも見覚えのない男が現れた。真っ黒い目だし帽をかぶり、手には一刺しで人を殺せるような刃物を持っていた。
……俺、昨日ちゃんと戸締りしたかな。
俺が現実逃避気味にそんな事を思った瞬間。強盗は、眠っている俺になんの恨みがあるのかと思うような勢いで手に持った鋭利な刃物をつきさした。
しかも、一度ばかりじゃなくて、2度も3度もだ。
其の瞬間に映像は消えうせて、またもとのガラスのような壁が現れた。
……なんなんだよ
「なんなんだよ! これ」
「君の死の瞬間さ。これで納得できたかい?」
ああ、いやと言うほどな。
子供は、俺の顔色だけで俺が何を考えたのかわかったんだろう。
今度はやさしげに口角を押し上げると、囁くように問いかけてきた。
「それでさ、きみ、生まれ変わり。って、興味ないかな」