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第八話

 こうして、到達点に足跡を残した彼らは、食糧が尽きる前に引き上げようと、最寄りの街であるンバンザ・コンゴへ急行した。

「やっぱり、アフリカ迂回ルートは無理だったな…」

 帰路の途中で、コロンブスは、そうぼやくと、

「そんなことはないよ。今回の到達点からその先を見る限り、海岸線はずっと東へ延びていたんだ。きっと、その先に南端はあるよ」

 ヴァンは、そう反論した。すると、

「もし、南端があったとしても、とんでもない遠回りになると思わないか…だったら、問答無用で、大西洋をつっきればいいんだよ」

 コロンブスは、腕組みをしながら言い返した。

「ベハイムさんの言う通り、地球の周径の計算に誤りがあったのなら、祖国から南端までの距離が長くなった分、大西洋横断ルートの距離も長くなると思いますけど…」

「違うな…」

 ヴァンの仮説に、コロンブスは断言した。

「違うって、何が違うのです?」

「いいか…地球球体説は、何も地球が真球であるとは言っていないんだぜ」

「はあ?」

 ヴァンは、首をかしげながら話の続きに耳を傾けたが、

「実は、地球はラグビーボールみたいな形をしているのだ!?」

「ええっ!?」

 それを聞いて、大きく顎を外した。だが、コロンブスは、そんな彼のことなどお構いなしと言わんばかりに、

「ゆえに、俺様は、大西洋横断ルートを推奨する!」

「正気ですか???」

「正気じゃなくて、こんなことが言えるか!」

 声を荒げて力説した。

「大変です、提督…この人、頭がおかしくなっちゃったよ。早く、病院へ連れて行ってあげないと!」

「俺様の高尚な理屈が理解できないてめえこそ、さっさと病院へ行きやがれ…このクソガキャ!」

 と、二人が、途端に喧嘩をおっぱじめると、

「まったく。相変わらずにぎやかなことだぜ…」

 横でそれを聞いていたカブラルは、ふうっとため息をついたのだった。


 それから数日後…残念なことに、船内の食糧は、そこへたどり着く前に底を尽いてしまった…

「ンバンザ・コンゴまでは、まだ距離がある。このままでは、我らは皆、この大海原で餓死してしまうぞ…」

 ディオゴ提督が、思わず頭を抱えると、

「とにかく、力のある限りンバンザ・コンゴを目指すべきです。決して、諦めてはいけません」

 傍にいたベハイムは、そう力強く励ました。

「そうじゃな。皆の命を預かるこのわしが、こんな弱気な態度でどうする…」

 と、彼の言葉を聞いて、ディオゴが重い頭を持ち上げようとした時、船員の一人が、慌てて船長室へ入ってきた。

「提督…沖の方で、何やらたくさんの海鳥がたかっておりますぞ!」

「なんと…もしかすると、そこへ魚の群れがいるかもしれん」

 それを聞いたディオゴは、血相を変えながらすぐに号令を出して、海鳥たちが溢れる沖を目指したのだった。すると、そこでは、空から急襲してくる海鳥たちの攻撃を避けようと、銀色に光るたくさんの小魚たちが、ピチピチと跳ね上がりながら逃げ惑っていたのであった。

「おお…イワシの群れだ!」

 このチャンスに、船員たちは、総動員で釣りを始めた。

「よし、釣れたぜ!」

 パウロが一番乗りで、イワシを釣り上げると、

「よおし…僕も負けないぞ!」

 その横で釣り糸を垂らしていたヴァンは、ぐっと竿に力を込めた。と、その時、糸がすっと引っ張られたので、

「き、きた!」

 興奮と共に彼は、思わず声を発した。だが、その刹那、想像を絶するような力が竿にかかり、海に引きずり込まれそうになった。それを目の当たりにし、

「うわわ…」

「大丈夫か、ヴァン!」

 危険を察したパウロは、すぐさまヴァンの竿を掴んで手助けした。

「くう…すごい力だ。これは、イワシじゃないぜ…」

 二人がかりで引いているのにビクともしない状況に、パウロは苦悩の表情を浮かべた。すると、

「何やっているんだ、お前ら…俺様に貸しな!」

 背後からコロンブスが現れて、その竿を取り上げた。そして、

「こりゃあ、大物だな。ゾクゾクするぜ!」

 ビンビンと伝わってくる大きな引き具合を感じ取ると、思わず不敵な笑みを浮かべた。

「がんばれ、コロンブス!」

「呼び捨てにするな。コロンブス様と言え、このクソガキ!」

 ヴァンの声援に、彼は敏感にキレたが、

「おらあっ!」

 圧倒的な怪力で、その大魚を引き揚げ、海中から空へと舞わせた。そして、その魚が甲板の上に墜落し、ピクピクと体を痙攣させると、

「うお、マグロじゃないか…す、すげえ!」

 それを見た周りの船員たちは、割れんばかりの歓声を上げた。

「どうだ、見たか…これが、俺様の実力だ!」

 コロンブスが、大きく笑いながらマグロを頭上に掲げると、

「イワシの群れに、マグロまで集まっているのか…これは、またとない好機…」

 その大物を目にしたディオゴは、機嫌よく声を張り上げて、船員たちにマグロの一本釣りを指示したのだった。


「嵐にあったり、ねずみに食糧を食べられたりで、何だか踏んだり蹴ったりの航海になったね…魚釣りは楽しかったけど…」

 甲板の上で、夕日を見ながらヴァンが、そう呟くと、

「今回は、まだましな方だよ。嵐などで、船体や帆などが損傷してしまうと、最悪の場合、船の操作ができなくなったり、沈没したりすることもあるからな。これぐらいのことで、ひどい目に遭ったなんて思っていたら、航海士なんかとてもやってられないぞ」

 横にいたディアスが、そう話した。そして、

「なんらかの要因で火災だって起こる可能性もあるし、船内で疫病が発生してたくさんの船員たちが死亡したり、海賊なんかに襲われたりすることもあるんだぞ。海の上は、常に危険だらけだと覚悟しておかないとダメだ…いや、覚悟だけではなく、実際にそれらに対抗する力を持っていないと船乗りは務まらない…」

 続けて、力強く言うと、

「僕も、そんな船乗りになれるのかな…」

 ヴァンは、ぼそりと弱音を吐いた。だが、

「大丈夫だよ。君は、まだ若いんだから、これからどんどん勉強して、経験を積めば、必ずいい航海士になれるさ」

「そ、そうかな…」

「君には、見込みがある。これから先、君は一流の航海士となって、祖国のために大きな力となるだろう…私が、保障するよ」

 と、ディアスに言われると、彼は照れ笑いし、

「今回、見習いとして乗り込んで、たくさんの経験ができた感じがします。僕も早く、腕のいい航海士になって見せますよ」

 己の志を述べた。それを見て、

「期待しているぞ、ヴァン…」

 ディアスは、穏やかな表情で小さく笑顔を送った。と、その時、背後からたカブラルが彼らに近寄ってきた。

「何、二人だけで盛り上がっているんだ。俺を忘れてもらったら困るぜ」

 彼が、そう一声を放つと、

「そうだったな…ここにもダイアモンドの原石が一つ…」

 ディアスは、そう言ってカブラルの肩を叩いた。そして、

「何れ我が祖国は、必ず世界に誇れる一等国となることだろう」

 大きく笑った。

「よし…どっちが先に腕利きの航海士になるか、勝負だ」

「ふっ…望むところだぜ」

 と、ヴァンとカブラルが爽やかに握手を交わした時、沖の方から海鳥たちがにわかに集まってきた…そして、彼らの頭上にたどり着くと、次第に旋回を始めた。

「どうしたのだろう…」

 その奇妙な行動に、ヴァンが怪訝な顔をしていると、次から次へと海鳥たちが現れ、その数をさらに増していったのだった。

「かなりの数だ…気味が悪いぞ」

 カブラルが、そう口にした瞬間、彼らの耳に情緒のある歌声が聞こえてきた…

「う、美しい…なんて、透き通った歌声だ…」

「このまま聞き惚れてしまいそうだ」

 ヴァンとカブラルが、その歌声の虜になりかけた時、ふいにディアスは手で耳を塞ぎながら、彼らを大きく一喝した。

「お前ら、耳を塞ぐんだ。この歌声を聴くと、そのまま、あの世に連れて行かれるぞ!」

「えっ…どう言うこと?」

 驚いたヴァンが、聞き返すと、

「これは、セイレーンの歌声に違いない」

「セ、セイレーンだと!」

 カブラルは仰天した。

 セイレーン…

 ギリシャ神話に登場する海の魔物で、上半身が人間の女性で、下半身が鳥の姿をしているとされ、海の航路上の岩礁から美しい歌声で航行中の人を惑わし、遭難や難破に遭わせた。歌声に魅惑されて殺された船人たちの死体は、島に山をなしたという…

「セイレーンの歌声の正体は、海鳥の群れが放つ鳴き声が海面に反響した音色だったと言うことなのか…」

 耳を塞ぎながら、カブラルが自説を走らせていると、

「みんな、すぐに耳を塞いで!」

 ヴァンは、周囲の者たちに警報を出すかのように、大きな声を張り上げた。だが、それも空しく、みるみるうちに艦隊がその美声で包まれると、船員たちは、次から次へと深い眠りに誘われていったのであった…

「くっ…早くこの一帯から脱出しないと、航行不能状態に陥ってしまう…」

 そう判断したディアスは、急ぎディオゴ提督のもとへ向かった。

「やばいよ、やばい…こんな時こそ、超人コロンブスさんの出番だ…」

 そう思い立つと、ヴァンはすぐに頼れる傑物を探したが、

「がびーん…まっ先に寝ている!」

 大きな鼾をかいて大の字で眠っているコロンブスを見て、大きく顎を外した。

「意識のある残った者で、手分けするのだ。一刻も早く、この場を脱出しろ!」

 ディオゴ提督は、この緊急事態の中、冷静且つ緻密に指示を発した。と、その時、船体が大きく揺れた。

「うわあああ!」

 その衝撃に、船員たちは一斉に転倒し、あちらこちらでその身をぶつけた。

「何事だ!」

 あまりのことに、ディオゴ提督が声を張り上げると、さらに大きな波が続けて船体を襲ってきた。

「ぐえっ!」

 度重なる大波を受けた船は、四方八方に揺れ、その身を甲板に打ちつけられた船員たちが続々と気を失っていった。と、その時、目の前の海面が大きく持ち上がったかと思った瞬間、雪のように白く山のように壮大な鯨が姿を現したではないか…

「な…何だ、あれは!」

 目の前に現れた巨大生物に睨まれた船員たちが、愕然していると、

「むう…まさか、伝説の白鯨・モビィ・ディックか…」

 ディアスは、そう呟いた。

「凄い迫力だ…あんな大きくて綺麗な鯨は、初めて見た…」

 その雄々しき姿に、ヴァンは大きな感動を覚えていると、

「鯨なんぞに、俺たち海の男が負けてたまるか。残った俺たちで力を合わせて、奴の息の根を止めてやる!」

 意識のある船員たちは、大いにいきり立った。それを見て、

「ちょっと、待った!」

 ヴァンは、大声を張り上げると、

「きっと、あの白鯨はこの海の主だよ…攻撃したらダメだ!」

 続けざまに、そう吠えた。すると、ディオゴ提督が近寄り、

「ふっ…現状、意識のある船員たちだけでは、勝ち目がないと申すか」

 と、尋ねると、

「我々、航海士は海があって成り立つ者です。偉大なる海に敬意を持って接することに、何のためらいがありましょうか…」

 彼はそう自説を持って向き合った。それを聞いて、

「若いな…」

 ディオゴ提督は、小さく笑うと彼の頭を軽く撫でた。

「だが、奴は、我々の心意気などを気にすることなく、この船を攻撃しようとしているのだぞ。どうするつもりだ?」

「彼と話をつけます」

 ヴァンはそう言い切ると、モビィ・ディックが迫り来る方へ走り出し、真摯な目で見つめながら彼と向き合った。そして、

「我らは、貴殿に危害を加える気はない…共に海から恩恵を受ける者として、無用な戦いを避けようではないか」

 大きく、そう叫んだのだった。すると、船体に迫ってくる白鯨は、何を思ったのかピタリと動きを止めた。そして、その小さな少年をじっと見つめた…

「なんと言うことだ…」

 その様に、ディオゴ提督は大きく目を見開いた。と、その時、群れを成していた海鳥たちが歌うのを止めて散開し始め、その場から消え失せていった。それと同時に、

「おお…モビィ・ディックが去っていくぞ」

 白鯨は静かに背を向け、遠く彼方へ旅立っていったのだった。

「やった。助かったぞ、俺たち!」

 船員たちから、歓喜の声が沸き立つと、

「よくやったぞ、ヴァン!」

 パウロは、ヴァンの肩を力強く叩いた。すると、

「あの白鯨に応援されたよ」

 おもむろに、彼は呟いた。

「どんなことを言われたんだ?」

「早く、一人前の航海士になれと…そして、俺と同じように世界の海を駆け巡る海の勇者となれと…」

「そうか…海の主に、そう言われたんだったら、がんばらないといかんな」

 パウロは、そう言うと、ヴァンの頭に手をやって髪をくしゃくしゃにした。と、その話を聞いていたディアスは、ふと思いを巡らせた。

「(俺と同じように世界の海を駆け巡る…か。きっと、あの白鯨も世界を又にかけて、縦横無尽に渡り回ったことであろう…)」

 と、その時、彼はあることに気付いた…

「(そうか。だとすれば、世界の海はどこかでつながっていることになる…すなわち、アフリカの南端は存在し、インドへ向かう航路があると言うことではないか)」

 そう認識すると、

「これは、神のお告げかもしれん…」

 去っていく白鯨をじっと見つめたのであった。

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