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第七話

 その後、ディオゴ提督率いる艦隊は、ヴェルデ岬、シエラレオネと中継地を点々とし、現時点でポルトガルから最も遠い到達点であるコンゴ川下流域で投錨し、コンゴ王国の首都ンバンザ・コンゴにたどり着いた。

 ちなみに、コンゴ川は、中部アフリカのコンゴ盆地を蛇行しながら大西洋に注ぐ大河で、アフリカ大陸2番目の長さを誇る。この川は、幾つもの支流を持つが、中でも最長支流であるチャンベジ川の源流からその長さを計算すると、4700kmにも及ぶ…

「ここから南は、まだ航海をしたことのない海域となる。ここで、必要な物資を補給し、アフリカの南端を目指すぞ」

 ディオゴ提督は、そう意欲的に話し、物資の調達命令を下した。

「この先の海岸線は、東へと向かっている。と、言うことは、南端に近づいている証拠であろう…。南端までたどり着けば、あとは海岸線を伝って北上をするのみだから、インドへ向かう算段が立つと言うわけだ」

 そう考えた彼は、今回の航海でアフリカを迂回するルートの正しさを証明し、結論づけようとしたのであった。


「ああ…。陸に上がると、ほっとするな…。やっぱり人間は、陸上の動物だよ」

 ヴァンが積荷を抱えながら、カブラルにぼやくと、

「そうかな。俺は、海上にいた時の方が、しっくりくるけどな」

 彼は、そう切り返してきた。

「変わっているな、お前は。僕なんか、船に乗っている間は緊張の連続で、ずっとお腹が痛かったんだぜ」

「そうだったな…そういや、お前は荒波に投げ出されて海の藻屑に成りかけたもんな」

 そうつっこまれ、暗い過去の体験が生々しく蘇ってくると、

「余計なことを、思い出させるな!」

 ヴァンは、みるみるうちに機嫌が悪くなった。と、その時、すれ違いざまに荷物を抱えたディアスとコロンブスに出くわした。

「まあ、そんなにつんつんするな。どちらにしても、今日はここで停泊することになるだろうから、今夜は気晴らしも兼ねて、街の居酒屋で一杯やろうぜ」

 コロンブスの話を聞いて、

「ほんと、酒好きなおっさんだぜ」

 カブラルは、あきれていると、

「居酒屋か…やっぱ、船乗りだったら、飲みにケーションですよね」

 ヴァンが悪乗りした。すると、

「おい、おい…ヴァンやカブラルには、酒はまだ早すぎる年頃だ。飯を食うだけなら、許可するが…」

 ディアスは真顔で、彼らをたしなめた。しかし、

「まあ、何だっていいさ…とりあえず、俺は飲むぞ」

 コロンブスが、ケロリと、そう返すと、

「そうだな…だったら、俺は社会見学と言うことで連れて行ってもらおうか」

「もちろん、コロンブスさんのおごりですよね?」

 カブラルとヴァンは、図に乗ってしゃしゃり出し、

「この野郎、俺様にたかる気か…まあ、いいだろう。景気よくやるとしようぜ」

「やったあ!」

 とうとう、話は居酒屋へ繰り出すことになってしまった。

「やれやれ…賑やかで、何よりだな」

 こうして、彼らの押しに負けたディアスは、一緒に飲みに行くことにしたのだった。


「まず、俺様が酒の飲み方の手本を見せてやるぜ」

 そうほざくと、コロンブスは酒瓶を口にして、ワインを一気に飲み干し、

「くう…胃に染み渡る…」

 気持ち良さそうに漏らした。それを見て、

「はい、これが俗に”一気飲み”と呼ばれるとても悪い飲み方です。君たちが、大人になったら、このような真似を絶対しないように…」

「マジメか…お前は。酒の席で、いちいち余計なつっこみを入れるな!」

 横からディアスが釘を刺すと、彼は敏感に激怒した。

「でも、何だかよく分からないけど、酒場って心地良い雰囲気ですね。この食べたことの無い料理も、すっごくおいしいし…」

「居酒屋メニューって奴だろ…家の料理とは違って、酒に合うように作られているって親父から聞いたぜ」

 夢中になって料理を貪るヴァンを見て、カブラルはちょっとしたうんちくを述べた。

「いやあ、働いた後の一杯は、ほんとに美味いぜ…おい、親父。ワインをもう一本もってきてくれ」

「おい、まだ飲む気か」

「まあ、そんな堅いこと言いなさんな。さっきから、見ているとあまり酒が進んでないみたいやし…ここは、わいがおごっちゃるから、もっと飲みんさい」

「よく言うよ。無賃乗船者のくせに…」

 コロンブスの陽気さに負けたディアスは、眉をひそめながらも酒杯を差し出して、彼からお酌してもらった。と、そんな中、一緒に同席していたパウロが、別の席で酒を楽しむ黒人の客たちを見て、ふいに首をかしげた。

「(あの客たちの一人が身に着けているものは、紛れも無くロザリオだ)」

 不審に思った彼が、ヴァンたちに気になったことを打ち明けると、

「プレスター・ジョン伝説の手がかりになるかもしれん。彼らとの接触を図ってみよう…」

 すぐに意見が一致した。

 プレスター・ジョンは、前節で東方にあるキリスト教国家の王であると簡単に触れたが、もう少し掘り下げてみることにする…この伝説は、その時の時代背景や政治情勢が絡み合いながら構築されていることから、長い年月を経て、少しずつ内容が変化している。その変移していく内容とは、彼の所在であり、その国はどこを示しているのか…である。最初は、キリストの弟子の一人がインドへ布教に訪れた際に、その土地の王に殺されたが、それを後悔した王がキリスト教に改宗し、その王子は王位を継ぐと同時に司教を兼ねたとヨーロッパに伝聞が広がったことから、その国家はインドにあるとされた。

 その後、1165年頃にプレスター・ジョンの手紙と称するものが西欧に広く出回った。その手紙は、「東方三博士の子孫・インド王プレスター・ジョン」から「東ローマ皇帝マヌエル1世コムネノス」に宛てたとされるもので、ヨーロッパ各国で翻訳され、さらに尾ひれが付き、多くの複製が作られた。今日でも数百通が残されており、西欧では数十年に渡って、人気を博したと伝えられる。

 その前後で、サマルカンド近郊でセルジューク朝軍を破った西遼カラ・キタイやモンゴルに滅ぼされたネストリウス派キリスト教徒のケレイト族、キリスト教コプト派であるエチオピアが、プレスター・ジョンであったと様々な説が流布したが、イスラムの脅威も薄れ、ルネッサンスや産業革命を経てヨーロッパが世界の先進諸国となったことで、17世紀になる頃までには話題になることも少なくなり、自然消滅している…

「千載一遇のチャンスか…」

 この時点では、プレスター・ジョンの伝説は健在であったため、躊躇うことなくヴァンたちは黒人客たちに近づいた。

「このネックチェーンは、この街の近くで行き倒れになっていた旅人が身に付けていたものだ。黄金でできていて、余りにも綺麗だったから頂いたって訳さ」

 その所有者である黒人が話すと、

「少しだけで良いから、それを見せてもらえないか」

 ディアスは、そう交渉した。すると、その黒人は何食わぬ顔でロザリオを外し、気前よく彼に手渡してくれた。

「なんと見事な黄金の十字架だ…これは、普通の装飾品とは訳が違う」

 それを見たディアスは、思わずため息を漏らすと、すぐにその十字架を返し、

「その旅人は、これ以外に何かを所持していなかったか?」

 彼に尋ねた。

「そうだな…あとは、こんな手紙のようなものを持っていたぞ」

 そう話すと、黒人客は、懐からボロボロになった書状を取り出し、テーブルの上に置いて見せた。

「何かが書かれている…西欧諸国の言葉では無いが…」

 ディアスが、その書状を見て唸った。すると、

「もしかしたら、プレスター・ジョンがしたためた書状なのかもしれないぞ。そして、この書状を携えていたのが、その国の使者であったのならば…」

 ふいに、パウロが声を発し、

「我々、欧州キリスト教徒と連携を図るため、使者を送った可能性がある訳か」

 ディアスは、そう仮説を続けた。そして、

「何れにせよ、この書状は何かを知るための重要な手がかりになるかもしれん…母国に持ち帰って、通訳に翻訳させるべきだ」

 そう思い立つと、その黒人と交渉して古びた書状を譲ってもらったのだった。

「あの書状は、きっとプレスター・ジョンのものに違いない…すごい発見だ」

 その後、それがプレスター・ジョンに関係する資料となったのかは定かでは無いが、この未知なる物との遭遇は、少年ヴァンの心中にある喜びと面白さを含めた探検に対するロマンをより一層深める要因になったことは言うまでも無い…


 数日後、物資の補給が終わると、ただちに未知の海域へと出航をした。だが、残念なことにアフリカの南端への道は、まだまだ遠かったのであった…

「提督…海岸線が、徐々に西へ向かっておりますぞ」

「むむ…そんなバカな…」

 現在のアンゴラの首都・ルワンダを通過したところで、その実態に遭遇したディオゴ提督は、思わず唸った。

「古代の学者が算定した地球の周径で考えれば、さらに先へ進むと南極にたどり着くことになる。やはり、プトレマイオスが作成した地図は、正しかったのか?」

 ちなみに、プトレマイオスは、古代ローマの天文学者で、天動説を唱えた人物である。

「提督…ポルトガルでは、プトレマイオスの描く地図には誤りがあり、さらに地球が丸い球体であると信じているからこそ、アフリカを迂回するルートの証明をしようとしているのですよ。今更、そのようなことを口にしないで頂きたい…」

 今回の航海で同行していたマルティン・ベハイムは、ディオゴ提督の迷いに対して、そう答え、

「古代での測量技術は、今と比べて稚拙なものだったでしょう。と、言うことは、実際の地球の周径は、それよりもはるかに大きいと言うことではないのでしょうか…」

 新たに考え直した。彼は、ドイツ人の天文・地理学者で、ポルトガル王に仕えた人物である。地図や地球儀の制作をしたり、ヤコブの杖をポルトガルにもたらしたりと、彼らの探検航海に多大な貢献をしている。

「もっと先へと船を進めるべきです。必ずや、海岸線は、また東へ向かい始めると思います」

 ベハイムが、そう勇気付けると、

「そうであった。確かめてもいないのに、軽率なことを言ってすまなかった。ありがとう、ベハイムどの…」

 ベハイムの言葉に、ディオゴ提督は、穏やかな表情で小さく頷いたのであった。


 こうして、ディオゴ艦隊は、さらに南下していった。そして、現在のアンゴラとナミビアの国境付近に差しかかると、海岸線が再び東へ向かい始めたことに気付いたのだった。

「おお、峠を越えたぞ…よし、このまま進め!」

 不安が一気に取り除かれたディオゴ提督は、果断にそう号令を発した。ところが、

「提督…これ以上、進みますと食糧が底をつく可能性があります」

「むう…そんなバカな…」

 その報告に、彼は思わず首をかしげた。そして、

「食糧は、十分に確保したはずだ…こんなに早く底をつくはずがない」

 不可解な現象を調べるよう部下に命じたのだった。すると、

「大変です…甲板の隅で、ねずみが群れを成しております!」

「なんだと!」

 それを聞いて、仰天した。ねずみは、積荷の食糧をかじったり、疫病の感染源になったりするため、航海においては、大敵中の大敵である…

「この船に乗せた猫どもは、どうしているのだ?」

「それが、よほど食糧事情が良かったのか、丸々と肥えてしまい、ねずみを取ろうとしません」

「何と役立たずな…エサをやりすぎるなと、あれほど言ったであろうが!」

 彼は、激怒すると、

「このままでは、全ての食糧を食い尽くされてしまうわい…とにかく、ねずみと言うねずみどもは、あらゆる手を尽くして、ことごとく退治しろ。それから、甲板の上で寝転がっているデブ猫たちの尻を叩いて、しっかり働かせろ!」

 総動員でねずみを退治するよう命令した。しかし、小さくてすばしっこいねずみを人間の手で捕獲することは容易ではない…

「おい…そっちへ逃げたぞ。みんなで、取り囲め!」

「くそ…また、取り逃がしたか!」

 大の男たちが、真剣にねずみと追いかけっこをする光景は、実に滑稽であるが、彼らにとってみれば、大変な死活問題である。彼らは、全知全能を駆使して、ねずみ取りに没頭したのであった。

「ふっ…まるでなっていないな、お前ら。俺様が、手本を見せてやるぜ!」

 と、そこへ、無賃乗船者のコロンブスがやってきて、ふいに猫のような姿勢を取り、

「必殺。ネコパンチ!」

 俊敏に前へ出ると同時に、ねずみへ高速のジャブを浴びせた。そして、それを食らったねずみが、コロコロと床を転がると、

「うにゃあああ!」

 その隙を逃さず、彼はすばやく鷲掴みした。

「おお、すげえ…こいつ、絶対に人間じゃねえ!」

 次から次へとねずみを捕まえていく彼の姿に、船員たちは歓声を上げた。

「何かと役に立つんだね。あの人…」

「ああ…あいつだけは、どんな状況に陥っても死なないタイプの人間だな…」

 それを見てあきれ返っていたヴァンとカブラルは、互いに見合わせると、同時にため息をついた。

「わははは…見たか、この野生動物にも引けを取らない強靭な身体能力を!」

 そもそも、コロンブスは、陽気なとっちゃんぼうやである…気を良くした彼は、次第にやんちゃな本性を現し、悪ふざけを始め出した。

「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃあ…」

 そして、意味不明の猫語を叫ぶと同時に、船員たちに飛びついては、その顔を引っ掻き始めたのだった。

「いててて…」

「にゃあ、にゃっにゃっにゃあああ!」

 その横暴さに逆ギレした船員が、

「うんなろ…少し煽てりゃ、図に乗りやがって!」

 コロンブスを抱えて一本背負いで投げ飛ばすと、

「なんと、どっこい」

 彼は、ひらりと宙を舞うと、華麗に甲板へと降り立った。

「ぬう…なんと、すばしっこい」

「無駄だ…お前では、この俺様は倒すことはできん!」

 と、かっこ良く決めゼリフを言い放った刹那、一匹の猫が奇声をあげた。

「えっ…」

 その声に、コロンブスは後ろへ振り向くと、ねずみ退治目的で乗船させられた一匹の猫が、唸り声を発しながら睨んでくるではないか…

「お、おい…どうした。何で、そんなに怒っているんだ」

 訳が分からず、彼はそう問いかけると、ふいにヴァンの声が聞こえてきた。

「コロンブスさん。足下を見て、足下を!」

 そして、その声を頼りに、ゆっくりと視線を足下に移した瞬間、彼の顔はみるみるうちに青ざめていった…なんと、甲板に降り立った際に、彼は猫の尻尾を踏んでしまったのだった。

「ま、待て…俺が悪かった…話せば解かる、きっと解かる…」

 コロンブスは、さっと足を引っ込め、彼の殺気をなだめようとした。しかし、

「うがあああ!」

 怒り狂った猫は、容赦なく彼に飛びかかり、あっちこっちを引っ掻き回したのだった。

「ひいい…すまんと言っているだろうが。誰か助けてくれ!」

 彼の猛烈な攻撃に圧倒され、たまらずコロンブスがうずくまり、されるがままの状態に陥ると、

「ははは…どうやら、まだまだ修行が足りないようだな…」

 その滑稽な様子に、周囲にいた船員たちは大きな笑い声をあげ、その勇敢な猫の栄誉を讃えたのであった…


 こうして、ねずみ退治は、コロンブスの活躍により無事に終わったのだが、奴らに食われた食糧が戻ってくる訳ではない。そのため、当面の課題は、食糧の確保が最優先であった。

「周辺に港らしきものはないか…船を停泊できそうなところはないのか?」

「遠浅の海岸線が東に向かって延々と続いており、荒れた大地が広がっております。町や人影なども見当たらず、満足に補給はできないかと…」

 その報告に、彼は思わず頭を抱えた。

「今回の遠征で、アフリカ南端へさらに近づいたと思われます。ここで、のたれ死んでは、折角所有した知識を母国へ伝えることができません。ここは、勇気ある決断をするべきでしょう…」

 ベハイムの助言を受けたディオゴは、

「致し方ないか…」

 やむなく引き揚げを決断した。そして、彼は、ポルトガル艦隊の実績を残すため、その海岸に石柱を打ち立てたのであった。その石柱は、現在のナミビアのケープクロスにある…

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