表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

第六話

 ヴァンとカブラルは、甲板の上で暗い海を眺め、夕食を取りながら、のんびりと談笑していた。

「何だか、妙に暗くなってきたな…」

 空を見上げて、カブラルが、そう発すると、

「そりゃあ、夜だもんな…当然だろ」

 ヴァンは、パンをかじりながら答えた。そして、

「そうじゃねえよ…辺り一面が、雲に覆われて、星が一つも見えないってことが言いたいんだよ!」

「ああ、そう言うことか…それじゃ、今夜あたり、雨が降るかもね」

 カブラルのつっこみに対して、悠長に答えた。

「大雨ぐらいだったら、まだマシだぜ。風も出てきたし、この分だと時化になるかもしれん…」

「時化か…と、なると、寝ている暇はなさそうだ」

 不安になったヴァンが聞き返すと、

「ああ…大きな時化になると、船が転覆することもあるからな。これは、えらい目に遭わされそうだぜ」

 カブラルは、そう言って、顎をしゃくった。

「揺れるのかな…」

「そりゃ、揺れるさ…海に落ちないように気をつけろよ。お前は、ほんとにトロいから尚更だぜ」

「ご忠告、ありがとうございます…」

 そのご指摘に、ヴァンはぶすっとしたのだった。


「抜き足、差し足、忍び足っと…」

 夕食後、ヴァンとカブラルは、物音を立てないよう気を配りながら、倉庫へとつながる暗く狭い通路を慎重に歩んでいた。

「奴にエサを持って行くのも一苦労だぜ…」

 カブラルが、通路の曲がり角から顔を出して辺りを見渡すと、

「やっぱり、あいつをかばったのは間違いだったのかな…」

 パンと水を入れた瓶を隠し持ったヴァンは、項垂れながら、そうぼやいた。

「よさそうだな。いくぞ…」

「OK…」

 そう言って、二人が曲がり角から飛び出そうとすると、

「おい、そこで何をやっている!」

 背後からディアスがやって来て、彼らを目ざとく見つけた。

「あっ…ディアスさん…」

「ディアスさんじゃない。今の時間は、倉庫に用は無いはずだろ。こんなところで、うろうろしていないで、早く寝なさい」

 彼は、そう言って、二人をじろっと見た。すると、ヴァンは、

「すみません…実は、落し物をしちゃったみたいで…もしかすると倉庫の中に落としたのじゃないかなと思いまして」

 謝りながら嘘をついた。

「そうだったのか…ならば、私も手伝おうか?」

「い、いえ、大丈夫です。自分のことは、自分でやりますから…」

 ディアスの言葉に、彼は、頭をかきながら答えると、

「わかった…落し物が見つかったら、早く寝るんだぞ」

「はい、ありがとうございます!」

 彼は、颯爽とその場を立ち去っていった。

「ふう…危なかった…」

 ヴァンが、そう漏らすと、

「なかなか機転が利くじゃないか…意外と利口なんだな、お前は…」

 カブラルは、思わず感心した。

「意外とはなんだよ、意外とは!」

「しっ…このチャンスだって時に、変なところでキレるなよ。それよりも、さっさと用を済ませるぞ」

 と、その時、おもむろに倉庫の扉が開き、

「おお、ようやくメシが来たか…」

 中に隠れていたコロンブスと目が合った。そして、

「こちとら、腹ペコで死にそうなんだ。早く、それをよこしな…」

 彼が扉の隙間から少しだけ手を伸ばし、軽く手招きすると、

「ほんと、ガツガツしていやしい奴だ…」

「僕たちは、お前の召し使いじゃないんだぞ、たくっ…」

 カブラルとヴァンは、顔を見合わせてため息をついたのであった。


 その夜、カブラルの予想通り、大きな時化に襲われた…

「帆をたため、嵐が通り過ぎるまでの辛抱だ!」

 ディオゴ提督は、そう言って、船員たちに号令を発した。

「ほんとに来やがったぜ、ついてないな…」

 強烈な風雨の中、カブラルは、びしょびしょになりながら、ヴァンと共に帆を下すのを手伝った。

「しかし、すごく揺れるんだな。話は聞いていたけど、こんなに船が傾くとは…」

 ヴァンが、足腰に力を入れて必死に踏ん張りながら、そう漏らすと、

「今日のは、別格だぜ…おそらく、日頃の行いが悪かったせいだな」

 彼は、そう愚痴を言った。

「やっぱり、あいつをかくまった罰なのかな」

「ああ、奴は、まさに疫病神だぜ…」

 彼の発言に、カブラルは苦笑いした。と、その時、波が大きくうねり、船体が大きく跳ね上がった…

「うわ…しまった!」

 その拍子に体が宙に浮いたヴァンは、思わずロープを離してしまい、その勢いで、漆黒の荒海の中に放り出されてしまった。

「ヴァ、ヴァン!」

 あまりのことに、カブラルは、思わず声を上げた。

「いかん、見習いのヴァンが、海に放り出されたぞ!」

「なんだって!」

 近くにいたディアスの声に、仰天したパウロは、すかさずその方向へ走ろうとしたが、

「待て…今、この場を離れるのは、危険だ!」

 彼は、そう声を張り上げて、パウロを制した。

「あっぷ、あっぷ…た、助けて…」

 ヴァンは、荒波にもまれながら、必死に酸素を求め、手足をバタつかせた。だが、怒り狂った海は、容赦なく彼の息の根を止めようと、幾つもの波をぶつけて、藻屑にしようとしたのであった。

「俺の弟が、海に投げ出されたのですよ。助けに行かせてください」

「いや、ダメだ…波が収まってからではないと、二の舞になるだけだぞ」

「では、ヴァンを見捨てろと言うのですか!」

 パウロの悲痛な叫びに、ディアスは沈黙し、目を閉じて歯を食いしばった。と、その時、ふいに彼らの背後から、何者かが現れたのであった。

「ほうら、ヴァン…この樽を浮き輪代わりに使いな!」

 そう叫ぶと、コロンブスは、空になった樽を暗い海の中に放り投げた。

「くっ…」

 近くに落下した樽に、ヴァンが、必死にしがみつくと、

「時化ごときに、びびる俺様だと思うなよ!」

 コロンブスは、そう言い放ち、

「ひゃっほう!」

 奇声をあげて、海の中に飛び込んだ。

「ああ、なんと言う無茶な…」

 その様子に、ディアスは、一瞬うろたえたが、係留の際に用いられるタツからまっすぐに伸びるロープを見て、

「いつの間に命綱を…」

 すぐに冷静さを取り戻して、海へと目を移した。すると、あの無法者が、超人的な泳力で、どんどん荒海を突き進んでいくではないか…

「なんと、大胆不敵にして、強靭なパワーを備えた豪傑であろうか」

 その様に、さすがのディアスも唖然とした。そうこうしている内に、コロンブスが、ヴァンのもとへとたどり着くと、

「助けに来てやったぜ、ありがたく思いな」

 ニヤリと笑って、ヴァンに手を差し伸べた。その声に、

「相変わらず、口が悪いな…」

 ヴァンは、小さく笑いながら、彼にしがみついた。と、その時、彼らを呑み込もうと、大きな荒波が、背後から襲ってきた。

「逃げろ。後から荒波がやって来るぞ!」

 パウロが声を張り上げたが、

「えっ…そんなこと言われても…」

「ありゃまあ、どったの!」

 ヴァンとコロンブスは、そう言い残して大波にさらわれてしまった。

「ああ、飲まれてしもうた!」

 カブラルは、思わず絶叫したが、

「いや…あれを見ろ!」

 ディアスの指差す方を見て、肝をつぶした。

「ははは…見たか、この俺様の華麗なる樽サーフィンを!」

 なんと、コロンブスは、ヴァンを片手で抱えながら樽の上に立ち、水しぶきを上げながら荒波に乗っていたのであった。

「に、人間じぇねえ!」

 その様子に、パウロも顎を外した。そして、その荒波が、船体に向かって打ちつけられる瞬間、

「ふん!」

 コロンブスは、体にくくり付けたロープを手繰り寄せながら、樽からジャンプをして、両足を船体に着地させた。

「さあ、ここからは、ロープを伝って登っていきな。それぐらいは、できるだろ?」

 彼の問いかけに、

「おう、合点だ!」

 ヴァンは、ピンと張られたロープに手をやって登り始め、彼も後からデッキに向かってすいすいと上がっていったのだった。


 それから間もなくして、雨風が弱まり、波もだいぶ落ち着いてくると、

「弟の命を助けて頂き、本当にありがとうございました。何とお礼を申して良いのやら…」

 パウロが、コロンブスの前に駆けつけて、深くお辞儀した。

「気にすることはない、当然のことをやったまでだ!」

 コロンブスは、そう豪快に笑い、

「でも、すごいですね。コロンブスさんは…あの荒波を相手にサーフィンなんて、とてもできませんよ。尊敬しちゃうな、僕…」

「ははは…なんたって、俺様は、幾度の航海を経て、幾多の伝説を残してきた男なのだからな…」

 ヴァンの言葉に、有頂天になっていると、

「ところで、あなたは誰ですか?」

 その一部始終を見ていたディオゴ提督に、じろっと睨まれた。

「おお、紹介が遅れてしまったな…俺様は、クリストファー・コロンブスだ!」

「名前を聞いているんじゃないわい…貴様は、どこからこの船に乗ったんだ。何のために、この船に乗ったのだ!」

 提督が、怒りを露わにすると、

「俺様は、アフリカ迂回ルートが、本当にインドへの近道なのかどうかを確かめるために、乗船をしたわけだ」

 コロンブスは、しれっと答えた。すると、

「だからと言って、勝手に乗船するとは、けしからん!」

 彼の怒りは頂点に達した。

「まあ、まあ…そうは言っても、彼は、ヴァンを救ってくれたご仁です。ここは、特別に許してあげましょう」

 ディアスの提言に、

「ふむ…まあ、洋上で喧嘩をしても仕方がないか。呉越同舟と言う言葉もあることだし、同じ船に乗ったからには、お互いに協力し合うべきかもしれん」

 提督は、小さく笑って見せた。

「おお、さすが提督…話がわかるぜ」

「ただし、密航は、立派な罪だ。罰として、我らの下僕として働いてもらうぞ。とことんコキ使ってやるから、覚悟しておけ!」

「うへえ…」

 それを聞いてコロンブスは、舌を出して項垂れた。

「よかったね、コロンブスさん…」

「あまり良かったとは、言えない気もするが…」

 ヴァンの言葉に、彼は複雑な気分になっていると、

「まあ、そう言うことだ。これからは、よろしく頼むぜ。コロンブスよ…」

 カブラルに呼び捨てにされ、

「くっそう…覚えていろよ!」

 顔を引きつらせながら、そう口走った。と、すったもんだをしていると、辺りは、次第に白み始めたのだった…

「おお…いつの間にか、夜が明けてきたぞ」

「本当だな。嵐もどこかへ吹き飛んでしまったようだ…」

 パウロの言葉を受けて、ディアスは、それを見ながら顔をゆるませた。すると、

「うむ。それでは、先を急ぐとするかのう…」

 ディオゴ提督は、そう力強く発したのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ