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第五話

 それから数日後…

 ヴァンは幸運なことに、航海士見習いの一員に選ばれ、乗船を許されることになったのだった…

「良かったな…何せ、お前は、ほんとに船が好きだからな」

 チャンスをモノにできたヴァンへ、パウロが祝福すると、

「兄さんのおかげで、船に乗ることができるんだ…本当にありがとう」

 彼は、そのチャンスを持って来てくれた彼に感謝の意を返した。そして、

「だが、言っておくが、一度乗船をしたら、目的地にたどり着くまで降りることはできないからな…船酔いしても、目的地までは放置だぜ…」

「問題ないさ…船酔いが怖くて、航海士になんかなれないよ」

 と、続けると、

「嵐にあったら、沈没するかもな…」

「海のど真ん中だったら、雷の的になることもあるんじゃない?」

「海に落ちたら、サメのエサだぜ…」

「停泊して陸に上がったら、原住民に襲われるかもね…」

「食糧が底を尽きたら、飢え死にするだろうよ…」

「水が無くなったら、雨乞いでもしようか…」

 街のど真ん中で、ガマ兄弟は肩を組んで大きく笑い合った。こうして、探検隊の航海に参加できる喜びを共に味わったのだった。と、その時、目の前に、何やら見覚えのある若者が立ちはだかった。

「おお…君たちは、いつぞや盗賊らに因縁を付けられていた兄弟ではないか。大きくなったものだな」

 バルトロメウ・ディアスが、そう発すると、

「もしかして、ディアスさんですか!」

 ヴァンは、幼少の時に、窮地を救ってくれた若き騎士のことを思い出した。

「お久しぶりです。その節では、大変お世話になりました」

 パウロが、お辞儀をすると、

「ところで、こんなところで何をしている?」

 彼は、そう尋ねた。そして、

「はい。実は、この度、ディオゴ提督の遠征に見習い航海士として参加することになったので、田舎から出て参りました」

「そうだったのか…それは、何よりだ」

 ヴァンの答えに、小さく頷いた。

「実は、私も王命により、この度の航海に参加をすることになったのだ。これからは、同じ仲間として、共に力を合わせようぞ」

 そう言って、ディアスが握手を求めてくると、

「はい…こちらこそ、宜しくお願いします!」

 ヴァンは、元気よく発して、彼の手を握ったのだった。


 それから数日が経ち、ディオゴ提督が率いる艦隊の出航する日が訪れた…

「王命により、我々は、インド航路を開拓するため、アフリカ沿岸をたどり、インドを目指すことを最大の目的とする。未知なる航路ゆえ、大変な危険を伴う航海となるが、諸君には、全ては祖国のためと思って、健闘をして欲しい…海の男たちよ、全ての力を結集し、ポルトガル王国を世界に知らしめるのだ!」

 その提督の言葉に、乗組員たちは、彼に拍手喝采を送った。そして、

「いざ、出航!」

 提督の号令を受けたポルトガル艦隊は、見送りにきた人たちの盛大なエールを受ける中、一斉に帆を広げると、威風堂々と大海原へ進み出したのであった…


 船が進み始めてから間もなくして、見習い航海士ヴァンは、武者震いと同時に内に秘めていた感動を露わにした。

「何だか、ワクワクしてきたぞ!」

「ははは…まだ、離岸したばっかりだぞ。最初から、そんなに感動ばかりしていたんじゃあ、この後でどうなることやらだな…」

 傍にいたパウロが大きく笑うと、

「だって、航海に出るのは、本当に初めてだからね。僕にとっては、今日が記念すべき処女航海の日だよ」

 彼は、さらに高揚しながら、熱く語ったのだった。すると、背後から、低く笑いながら、何者かが近づいてきて、

「まるで、子どもだな…そんなんで、よく見習い航海士に選ばれたものだ」

 皮肉を言った。その声に振り向いたヴァンが、

「誰だよ、お前は?」

 ムッとしながら、聞き返すと、

「俺の名は、ペドロ・アルヴァレス・カブラルだ。君と同じく、見習い航海士に選ばれた一人ってとこだ。よろしくな…」

 カブラルは、気取りながら、握手を求めてきたのだった。

 ペドロ・アルヴァレス・カブラル…後に、ポルトガル人で初めてブラジルに到達した男である…

「こちらこそ、よろしく…」

 ヴァンが、口をへの字にしながら、握手に応じると、

「さあ、ぐずぐずはしておられんぞ。俺たち見習いは、船内の掃除や先輩たちの洗濯、食事の準備、食糧や水の在庫のチェックなど、やることはてんこ盛りだからな…」

 カブラルは、彼の手をぐいっと引っ張った。

「いてて、わかっているってば…」

「わかっているなら、駆け足だ。いくぞ!」

 こうして、二人は、掃除道具を取りに倉庫へ向かったのであった。


「同じ見習いの身分なのに、なんでお前に命令されないといけないんだよ」

「それは、お前がトロいからだろ…航海ってものは、色んな状況が起こるものだ。ゆえに、船乗りは、機敏に動かないとダメだぜ」

 ヴァンの文句に、カブラルは、子どもをなだめるようにたしなめた。

「まあ、それは、そうだけど…」

「ほら…ここが、倉庫だ」

 と、二人は、倉庫の扉の前にたどり着いた。

「すごいな…もう、この船のどこに何があるのかが、わかっているのかよ」

「この前に、船の中を見学したばかりだろ…お前、ほんとに大丈夫かよ?」

 ヴァンの驚きに、カブラルは、あきれてしまい、

「どうも、物覚えが悪い方なんだ…」

「しっかりしてくれよ…一緒に仕事をする俺の身にもなってくれ」

 その苦笑いに、ふうっとため息をついた。と、その時、扉の奥から、ガタンと何かの音がした。

「誰かいるのかな?」

 ヴァンが、そう不審に思うと、

「まあ、先輩たちが、何か物を取りに来たんだろう…」

 カブラルは、ノックをした。

「失礼します…」

 二人は、そう言って、扉を開けたが、中は真っ暗闇で何も見えない状態だった。

「これじゃあ、何も見えないぜ。ランプを使うか」

 カブラルは、そう言うと、ランプに明かりをともした。

「あれ…誰もいないみたいだよ?」

「おかしいな…確かに、音がしたんだけどな…」

 二人は、目を凝らして周囲を見渡したが、人の姿を確認することができなかった…と、その時、ふいに彼らの背後から何者かが現れ、二人の肩に両腕をまわして、両脇で彼らの首を締めてきた。

「うわあっ!」

「さわぐな!」

 もがこうとする二人に、その男は、不敵な笑みを浮かべた。

「くっそう、離せよ…一体、誰なんだよ!」

 ヴァンは、必死にもがいて、何とか抜け出そうとした。だが、その男の腕力は尋常ではなく、とても子どもの力では、到底歯が立たなかった。

「ははは…俺様の顔を忘れたか、このクソガキめ…」

「うん。どこかで、聞いたことのある口調だな?」

 ヴァンは、そうっと顔を横に向けると、

「やあ、こんにちは…君の大親友のクリストファー・コロンブス様だ!」

 コロンブスは、にやっと笑った。そして、彼が腕の力を緩めると、

「ひえ…出た!」

 ヴァンは、思わずしりもちをついた。

「何だよ。お前の知り合いか?」

 カブラルは、首を絞められながら、そう尋ねると、

「ち、ちがう…こいつは、ただの酔いどれ水夫だよ!」

「誰が、酔いどれ水夫だ。このガキャ!」

 ヴァンの答えにコロンブスは、怒鳴り声をあげた。

「と、とにかく、何であなたが、ここにいるんですか?」

「ポルトガル王が熱心に支持するアフリカ経由のインド航路で、本当に行けるのかどうか、この目で確かめてやろうと思ってな…」

 ヴァンの問いかけに、彼はニヤリと笑うと、

「やっぱり、大西洋横断ルートは無理だと思ったんだ…」

「ちげえよ。後学のために決まっているだろうが!」

 彼の突っ込みに、また怒鳴り声をあげ、

「言っておくが、俺様は、自説の方が正しいと思っているからな。要するに、お前らの航海が失敗するところをあざ笑ってやろうとしているだけなのだ!」

 語気を強めながら述べた。

「なんて、性格の悪いこと…」

 カブラルが、そうぼやくと、

「とにかく、お前ら。俺様が、ここにいることを提督らにチクるんじゃねえぞ…」

 コロンブスは、高飛車に、そう命令した。すると、

「ちょっと、提督。こんなところに、密航者がいますよ!」

 ヴァンは、負けじと扉の方に向かって、そう大声を張り上げた。

「このクソガキ…大概にしないと、ほんとに魚の餌にするぞ!」

「あっかんべー。お前こそ、勝手に船へ乗り込んで来たんだから、そこのところをよく考えて、僕たちに接しろよ…」

「ぬう…いつの間にか、立場が逆転してしもうたか。おのれ…」

 その様子を見ていたカブラルは、

「どうやら、ただのバカのようだな。こいつは…」

 ふうっとため息をついて、両手をあげた。

「まったく…ほんとだったら、提督に言いつけるとこだけど、可哀相だから秘密にしておいてあげるよ」

 ヴァンは、やれやれと思いながら、そう言うと、

「おお、すまんな…恩に着るぜ」

 陽気なイタリア人は、そう答えて、笑顔を見せた。それを聞いたカブラルは、

「おい、待てよ。こんなことバレたら、俺たちが怒られてしまうぞ」

 彼の甘い考えに、躊躇することなく反論した。そして、

「そこを何とか頼むよ、カブラル。航海が終わった後、飯をおごるからさ…」

「気安く、カブラルって呼び捨てにするんじゃねえよ!」

 そう突っ込みを入れたが、

「まあ、いいか…この倉庫の中に隠れていりゃ、わからないだろう…多分…」

 その場の雰囲気にほだされた彼は、腑に落ちなかったが、とりあえず承諾をしたのだった。すると、

「ありがとな…じゃあ、早速あの藁の山に、体をうずめさせてもらうぜ」

 そう言うと、コロンブスは、ぴょんと飛び跳ねて、藁の中にもぐった。と、思った瞬間、

「うぎゃあ!」

 藁の中から彼の叫び声が聞こえたため、

「どうした!」

 すぐに、カブラルが振り返って、彼に問いかけた。

「い、いってえ…血が出た。何で、こんなところから釘が出ているんだよ。もっと、ちゃんと整備しておけよ。クソ大工め!」

 どうやら、板からはみ出ていた釘の先が足に刺さったらしい…

「大丈夫ですか!」

 心配になったヴァンが声をかけると、

「ええい…こうなったら、必殺・傷口なめなめ攻めで直してやるぜ!」

 意味不明な発言が聞こえてきた。

「うお…くっせえ。臭すぎるぞ、俺様の足!」

「藁の中で何が起こっているのか確認しづらいですけど…恐らく、負傷した足を舐めて直そうとしているみたいです…」

 彼のたどたどしい状況報告に、

「さあ…もう行こうぜ、ヴァン。こっちも時間が無いんだ。早く掃除をしないと、間に合わなくなってしまうからよ!」

 カブラルは、半ギレ状態で箒を手に取った。すると、

「あと、すまんが、適当なタイミングでいいから水と食料を持ってきてくれよ。飢え死にするからな…」

 ふいに、彼が藁の中からひょっこりと顔を出してきて、そう注文してきた。

「はあ…そんなもの、この倉庫の中にあるだろ。水とか、砂糖とか、小麦粉とか…」

「バカ野郎、俺様は虫か。もっとデリケートにできているんだから、ちゃんと調理したものを運んで来いって言っているんじゃい!」

 カブラルの答えに、コロンブスがヒートアップすると、

「たく、めんどくせえ奴だな…お前は!」

 彼もつられて、怒髪天となった。

「おっと…俺様が勝手にここを出てバレたら、お前らは提督のお叱りを受けることになるんだぞ。それでもいいのか、カブラルちゃん?」

 カブラルの怒りに、彼がケロリと答え、

「ぬう、してやられた…そんな逆転の発想があったか」

 彼がしかめっ面になると、そのやり取りを見ていたヴァンは、

「ほんと、性格の悪い奴だ…」

 深くため息をついたのであった。

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