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第三話

 そして、辺りは徐々に薄暗くなってきた…

「結構、冷えてきたな…」

 季節は夏であったが、この地域は地中海性気候なので、昼夜の気温の差は激しい。彼らは、少し肌寒さを感じながら、人っ子一人いない寂しい夜道を歩き、やっとの思いで我が家にたどり着いたのだった。

「ただ今、帰りました」

 その二人の声に、彼らの母親は敏感に反応すると、

「遅かったじゃない、心配したのよ…」

 すぐさま、ヴァンを抱きしめた。その様子に、

「ごめんね、遅くなって…」

 彼は、ニコリと笑って応えた。すると、

「さあ…長旅で、おなかもペコペコでしょう…ご飯の準備はできているから、早くおあがんなさい…」

 母は、二人の手を引っ張りながら、

「今日は、お肉にしたわよ。どうせ、ろくな物を食べてないんでしょうから…」

 食事の準備が整ったダイニングルームへと連れて行った。

「…また、今日は一段と強烈だな…」

 ヴァンが、その夕食の匂いを嗅ぎ、戦慄を覚えると、傍にいたパウロは、黙ったまま横目づかいをした。

「…絶対に、いらんことを言うなよ…」

「…そんなこと、わかっているさ。母さんが、僕たちのために奮発して買ってきた肉なんだからさ…」

 ヴァンは、強烈な臭いを放つシチューを眺めながら、大きくため息をついた。

「お肉が食べられるのは、うれしいんだけど…あの匂いは、何とかならないものだろうか…」

 当時においては、冷凍技術なるものは無いため、肉類などは塩漬けにして保存されていたが、どうしても日が経つにつれて腐っていくため、変な匂いや味がする物を我慢して食べないといけないことがあった。そのため、防腐剤やにおい消しとなる香辛料が必要となるわけだが、とても高価なものだったため、普段の生活では使われず、祝祭日や結婚式、贈り物をする時に使用されるぐらいであった。

「まあ、どこの家でも同じことだから、贅沢を言う気はないけどさ…」

 ヴァンは、思わずため息をついた。何故、胡椒などの香辛料が、それほど高価な物として扱われたかと言うと、それらの香辛料の原産国がインドや東南アジアだったからである。陸路にて、そこからヨーロッパへ届くためには、途中にあるイスラム教徒の国々を通らないといけないため、それを仲介するイスラム商人たちが、輸送にかかる費用と共に手数料を取っていたのだった。無論、それだけではなく、欧州諸国においても、通過するたびに関税がかかるので、それらの交易品がユーラシアの西端国であるポルトガルへ到達するまでに、莫大な中間マージンを取られるハメとなっていたのであった。これによって、ポルトガルに住む人々は、経済面でも生活水準においても、他の欧州諸国より後れを取る状況となってしまったのだった。

「この国は、地理的に考えて、陸路での交易は、圧倒的に不利だ…」

 そう考えるポルトガル人も少なくはなかった。

「もう…いつまで、じっと眺めているつもり…早く食べないと冷めてしまうわよ」

 母の強い口調に押されると、

「鼻をつまめば、食べられる…きっと…」

 ヴァン少年は、自分に強く言い聞かせながら、煮込まれたシチューの具を、ごくりと呑み込んだのであった…


 ここで、ポルトガル料理に纏わるエピソードを、幾つか紹介しよう…

 牛の胃やソーセージ、白インゲン豆などを用いたポルトの名物料理「ポルト風もつ煮」の起源には諸説ある。その1つが、14世紀にカスティーリャ王国の軍がリスボンを包囲し、テージョ川の河口を封鎖したときに誕生したとする説である。当時の状況としては、物価の高騰により、街に住む少年たちが、かつて小麦市場だった場所に行き、地べたに落ちた2、3粒の穀物を見つけるや否や夢中で口にするあり様であった。その悲惨な状況を打開するべくポルト市民は、封鎖を通り抜け、街に対しての供給船団を組織することに成功したのだが、肉の部位は首都リスボンに送られていたため、彼らが入手できた部位は臓物に限られたという。他説には、1415年にエンリケ航海王子が行なったモロッコのセウタ遠征に際し、ポルトの人々が軍隊に対して、惜しむことなく肉を供給した結果、街から肉が消え、臓物しか残らなかったというものである。

 トラス=オス=モンテス産の黄色がかったソーセージ、アリェイラには面白い逸話がある。15世紀後期に、ポルトガルのマヌエル1世は、国内に住むユダヤ人すべてにキリスト教に改宗するか、さもなくば出国するよう命令した。彼らは、ポルトガル王国の経済と専門技術職のエリート層を構成していたため、国王の本心としてはユダヤ人を追い出したくなかったが、外圧もあったことから、そうすることを余儀なくされた。最終期限が訪れた時、国王は、改宗を拒否した大多数のユダヤ人に対して、国外に移送する船が不足していることを理由に、彼らを教会へ強制連行し、洗礼を受けさせると発表した。洗礼を受けたとされた彼らは、密かに自身の宗教を維持したが、良きキリスト教徒としての外面を保つため、香辛料を利かせた豚以外の肉で作ったソーセージを考案した。これがアリェイラの起源とされるが、最近では、この伝統は破られ、アリェイラに豚肉が加えられるようになっている。


 ある日の早朝…

 ヴァンは、近所に住む友人のジョルジュと共に海を目指し、ごつごつとした岩肌が露出する磯辺に陣取って、釣り糸を垂らしていた。

「そろそろ日も高くなってきたことだし、お魚さんたちは腹一杯にめしを食って、海底にもぐっちまったかも知れないな」

 ジョルジュが、そう口を開くと、

「そうかも知れないが、もうちょっと粘りたい気もする…」

 ヴァンは、顎をしゃくりながら言った。何せ、今日の釣果は、二人とも見事なまでに“ボウズ”だったからだ…

「“ボウズ”じゃねえよ…さっき、地球を釣ったじゃないか」

「だから、ただの根がかりだろうが…バカたれ!」

 ジョルジュのボケに、彼は大きくつっこみを入れた。

「日が照ってくると、急に暑くなってくるんだよな…もう、これ以上は限界だぜ」

「そんなこと言わないで、あと少しだけ…」

「未練がましいぞ、お前は…だったら、この先は、お前一人で釣りしていろ。俺は帰るからな」

「くっ…なんて薄情な奴」

 彼が釣り道具を片づけて、さっさと帰ろうとすると、ヴァンは、しぶしぶそれに従ったのだった。

「折角、こんな所まで来たんだ…近くの砂浜で、貝でも掘ろうよ」

 帰り道、ヴァンが、そう提案すると、

「もう、今日はそこまでの気力が無いぜ…第一、カンカン照りじゃないか」

 ジョルジュは、うんざりして首を横に振った。

「付き合いの悪い奴だな、お前は…まあ、いいさ。あの木陰で、少し涼んでいこうよ」

「そうするか…家に着くまで、時間が相当かかるからな」

 久しぶりに意見が合致した二人は、涼を求めて、その木陰へと向かった。

「ふう…少し、生き返った気がするな」

 ヴァンが、そう漏らすと、

「だが、これから帰るだけじゃあな…何か、面白いことは無いのかな」

 ジョルジュは寝そべりながら、そうぼやいた。と、その時、

「そうだ…確か、お前は航海士になるとか言って、それに関係する勉強ばかりやっているよな…それがどれだけ身に付いたか、今から確かめてやるぜ」

 彼は容赦なく、そう不意打ちしてきた。

「確かめる…どうやって?」

 怪訝そうな顔をしながら、ヴァンが聞き返すと、

「そのシミュレーションをしよう…要するに、探検ごっこだ」

 ジョルジュは、ニヤリと笑った。

「た、探検ごっこ?」

「そうだ…状況としては、乗っていた船が難破して遭難…気が付いたら、二人とも無人島に打ち上げられていた。そこで生き延びるためには、さあどうする」

 と、彼は無茶振りをすると、ふいに立ち上がってから、ウロウロと歩き回り、キョロキョロと辺りを見渡すような動作を見せた。相変わらず、常に落ち着きが無く、何をやるにしてもオーバーアクションで表現しないと気が済まない性質らしい…それを見て、

「まあ、まずは水の確保だな」

 ヴァンが、腕組みして答えると、

「よし…ならば川で水を汲んで来よう」

 ジョルジュは、バケツを持って川へ向かうフリをした。と、その言葉に、

「ちょっと待てよ…その無人島には、川があるのかよ。て、言うか、遭難したのにバケツを持っているのか」

 彼は、そうつっこむと、

「えっ…川が無いだと!」

 返ってきた想定外の答えに、ジョルジュは仰天した。

「島によっては、川の無い場合だってあるはずだろ…しかも、あるはずの無いバケツを持って、いきなり川へ向かうのはナンセンスだ。まずは、川の有無を確かめるところから始めないと…」

「むう…そうだな」

 その指摘に、彼は大きく頷いた。

「だが…本当に川が無い場合は、どうする?」

 その問いに、

「その時は、雨が降るのを待つか…果実、若しくは食べられそうな植物を見つけて摂取するしかないな」

 ヴァンは、そう答えると、

「ただ、降水量の少ない地域だったら最悪だ。まともに植物と遭遇することすらできないから、島の周囲にある海水をうまく蒸留するしかなくなるな」

 さらに、そう続けた。

「だが、火を起こすとしても、燃える物が必要になってくるぜ。島に、木とか生えていないとアウトだな」

 その否定に対して、

「もしかしたら、近海に海藻が生えているかも知れない…その海藻を干せば、着火剤になるかも知れないな…そして、乾燥しきった流木があれば、それを利用して火を起こすことができるかも知れない」

 彼が考え得る方法を述べると、

「なるほど…諦めるには、まだ早いってことか」

 ジョルジュは、妙に納得した。

「と、なると…次は、食糧だな。この猟銃を使って、食えそうな獲物を一撃で仕留めてやるぜ」

 これ以上、その話をしていると面倒くさいことになりそうだと判断した彼は、迫真の演技を交えながら、次のシーンに無理やり移行しようとしたが、

「おい、おい…僕たちは、漂流したんだよ。猟銃なんか持っている訳がないじゃないか」

「うっ…確かに、そうだった」

 そのつっこみに、思わず固まった…

「それに、無人島なんだから、植物はあっても動物がいるとは限らないよ」

 速射砲のようにつっこみを入れてくるヴァンの攻撃を交わすために、

「やばい、このまま言われっぱなしだと炎上してしまうぜ。だったら…とりあえず、動物が生息していることを確認したとしよう…もちろん、猟銃は無い…さあ、どうする?」

 設定条件を追加してみせた。

「お前だったら、どうするんだ?」

 と、逆に質問されると、

「俺だったらか…う~ん。やっぱり、素手で捕まえるしか方法はないと思うな」

 人の良いジョルジュは、彼に乗せられるがままに自分の見解を述べた。

「相手が、熊みたいな奴でもか?」

「そ、それは…と、言うか、そんなのに出くわした時点でアウトだぜ。絶対に、こっちが食われてしまう」

 その意地悪攻撃に対して、彼が人差し指でヴァンを突きながら、つっこみ返した。そして、

「そうか…確かに、その設定はありえたとしてもNGだな。探検ごっことしては、相応しくない」

「とにかく、俺たちは武器を持っていない。島には、凶暴な猛獣ではない小動物がいると言う設定でいこう…で、君ならどうする?」

 そう条件を立て直してから、再び問いかけた。

「小動物が鳥の場合もあるだろ…その時、お前はどうするんだ?」

「鳥か…ぬおうっ、逃げ足が速いもんな」

 またしても、彼の話術に翻弄されたジョルジュは、頭を抱えて悩みだした。と、

「いや、仕方がない…根性で、手で捕まえてやる。こう、ぐっと首を絞めて…」

 ふいに開き直ると、両手で彼の首根っこを掴んだ。さらに、

「ぐえっ…やめろよ、苦しいって…と、言うか、答えがめちゃくちゃじゃないか。空飛ぶ鳥を、捕まえて首絞められるものなら、やってみろよ。このバカ!」

 ヴァンが、そう言い返すと、

「こっちは、これ以上、いい知恵が浮かばねえんだ。てめえが、何とかしろよ!」

 ムキになって、彼を揺すった。

「わかった、わかった…だったら、島に木が生えていると言う前提条件として、弓矢を作ろう…」

「おお、いいじゃないか…そいつで狩りをする訳だな。さすが…」

 その答えに、ジョルジュは乗っかると、矢をつがえて、弓を弾くジェスチャーを見せ、

「あとは、罠を作って、それを仕掛けると言う手もあるな」

「なるほど、なるほど…事を頭脳戦に持ち込もうってことか」

 もう一つの提案にも反応して、何かを作る仕草をした後、罠で獲物を引っかける動きを披露した。だが、

「まあ、海に取り囲まれた島なんだから、魚を釣る方が賢いかもな」

「ああ、その手があったか…」

 思わぬ発想で解決方法を提案された彼は、天を仰ぎながら、大きなため息を漏らした。

「まあ、これで水と食料は確保できたことにしよう…じゃあ、後は、寝泊まりする場所の確保をしないといけないな」

 と、ジョルジュは、巧妙に話を切り替えると、すぐさま次のシーンへと持ち運んでいった。お前は、意外とMCに向いているかもしれないな…

「さあ、どうする?」

「お前の意見から聞こう」

 と、あっさり返されると、

「どうしよう…ヴァン…」

 彼は絶望的な表情を見せながら、すり寄ってきた。お前は一人だと何もできないタイプの人間か…思わず、ヴァンはため息をついた。

「木が生えている島ならば、それを使おう…とりあえず、当面は雨風を凌げれば良い訳だから、そこまでかしこまった物を作る必要はない…まあ、時間は腐るほどあるから暇つぶしに凝った物を作って良いが…」

「木とか植物が生えてない場合は?」

「流木があれば…その下を掘ってねぐらにしたら、少しは凌げるだろう」

「ううむ…お前は、本当に頭が良いな」

 彼の閃きに、ジョルジュは、ただただ感銘を受けるばかりであった。

「あと、サバイバル時では、危険生物に注意することだな…毒蛇、スズメバチなどの猛毒を持つ生物、先ほどの探検ごっこの設定NGになった熊などの猛獣、それに周りは海だからサメの襲来にも気を配らないとな…」

「むう、おっしゃる通りだ」

「また、蚊やダニにも注意は必要だ…奴らは、感染症の原因となる病原菌を持っている可能性もあるからな」

 …あれっ?その科学的な話は、この時代で既に確立していた話だっけ…まあ、一先ずは聞くとして、

「だが、奴らは煙に弱い…それ故に、もったいないような気はするが、何か物を燃やし続けるのも一つの手だ」

「うん、うん…まさに、そうだな」

 と、さらに続くヴァンの話に、尊敬の眼差しを向けていたが、ふいにアホな発想が思い浮かび、

「おい…ドラゴンとかモンスターは、相当手強いぞ。奴は、火を吹いてくるからな」

「バカか、お前は…そんなもの、現実の世界にいるかよ」

「まずは、ある程度レベルが上がるまで、スライムたちとじゃれ合うしかないよな」

「ドラクエか…この物語に相応しくない話をするな!」

 申し訳ない。大幅に脱線してしまいました…

「まあ、やっぱり遭難しないことだな…船の中で食糧をたんまり蓄えているから、船にいる限り不自由しないだろうしよ」

「ははは…そうは言っても船員は、そこまで優遇されてないものだよ」

「マジかよ」

 ヴァンの話は本当だった…当時の遠洋航海の賄いの目安としては、一日につき乾パンが1個、ワインがコップ1杯、肉と魚は3人で2ポンド、チーズや干し野菜、たまねぎを適量、調理の際には酢と油を加える条件となっていた。尚、たまねぎは、先人の知恵より、壊血病予防のために摂取したと思われる。

「色々と事情は、あるようだが…まずは、安全な航海を心がけることが重要な気がするよ」

「その通り…その最も重要なことに、気が付いてくれて先生は、とても嬉しいよ」

「いつから俺の先生になったんだ。てめえは…」

 二人は互いに顔を見合わせると、大きく笑い合った…

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