第一話
ポルトガル共和国…
西ヨーロッパのイベリア半島に位置し、眼前に北大西洋が広がるユーラシア大陸の最西端の国である。本土の沖合では、北から南に向けてカナリア海流が流れているため、緯度の割には、寒暖の差は少なく、夏は涼しくて、冬には降雪がある。
その昔、この地域では、キリスト教徒とイスラム教徒が戦いに明け暮れていた時期があった。ローマ帝国の衰退後、ゲルマン人の侵入により、西暦624年に西ゴート朝が建国され、キリスト教下でイベリア半島を統一していた。しかし、国内での内紛が勃発し、それを好機と言わんばかりにイスラム勢力であるウマイヤ朝の軍勢が、アフリカ大陸よりジブラルタル海峡を越えて攻め込んできたため、彼らに国土を乗っ取られてしまったのだった。だが、生き残った西ゴード朝の貴族・ペラーヨが、半島の北西部まで逃れ、そこで勢力を維持していたアストゥリアス人と手を組んで王国を建国すると、国土回復運動が巻き起こり、イスラム勢力との戦いが激化していったのであった。
その後、イスラム勢力は、ウマイヤ朝から後ウマイヤ朝、ムラービト朝と移り変わり、1139年にオーリッケの戦いで彼らを破ると、カステーリャ王国(スペインの原型)を宗主国として、アフォンソ一世がブルゴーニュ王朝の初代ポルトガル王となった。
それからは、十字軍の援助を受け、リスボンを解放して国都としたが、1383年、当時の王・フェルナンド一世が没すると、カステーリャに嫁いだ彼の娘にあたるベアトリスの夫・ファン王子が、ポルトガル王になろうと軍勢を率いてきた。だが、これに対して、フェルナンド一世の父・ペドロ一世の庶子にあたり、アヴィシュ騎士団の総長を務めるジョアンが対抗し、その軍勢を撃退したのであった。そして、1385年にジョアンがポルトガル王となり、王朝は、アヴィシュ王朝に交代し、カステーリャからの独立を果たしたのである。
この物語は、それから約100年後の話となる…
話の舞台は、現在でもポルトガルの首都として、政治や経済、文化の中心地であるリスボンだ。リスボンと言えば、この物語より、少し時が経過してから、マヌエル1世の命令により建設され、世界遺産として登録されたジェロニモス修道院やベレンの塔が有名である。ちなみに、ジェロニモス修道院は、長く広い回廊を有するマヌエル様式の最高傑作とも言われており、ベレンの塔は、テージョ川の船の出入りを監視する目的で築かれた同じ様式の要塞である。この二つの建造物は、ポルトガルの航海士であるヴァスコ・ダ・ガマの功績を称えたものであり、香辛料貿易によって得た莫大な富をつぎ込んで建設されたものだ。
波音だけが辺りを支配する波止場に、遠き道のりを経て田舎から繰り出してきた二人の少年たちが静かに佇んでいた。そして、彼らの視線の先には、堂々と居並ぶキャラック船たちが、その圧倒的な存在感を、これでもかと言わんばかりに見せつけていたのであった。
「本当に大きい船だな。あんなにでかい物体が、どうやって海に浮かんでいるのだろうな…」
一人の少年が、ふいにそう呟いた。それらは、遠洋航路にて大量輸送を行うために造られた大型船で、風に対して帆の組み合わせを自在に行える3~4本のマストと海面下に潜む図太い竜骨が基礎となり、ずんぐりとして安定した船体を有し、船首・船尾には上甲板よりも2~4層高くなった楼閣を備えていた。そのため、その圧倒されるような迫力と巧みに計算された構造が、物心の付いた幼い少年たちにとって、とても不思議で興味深い存在であったに違いない…
「浮かぶだけじゃない。カヌーとは段違いの速さで、海の上を走るのだから、本当にすごい話だよ」
その答えに、彼は小さく頷くと、再びその商船たちに目を移し、感慨深げに、ただじっと眺めた。
ここで、帆船の構造について、少し突っ込んだ話をしておく…
船体の骨組みは、船首から船尾にかけて1本の木材で配置された「竜骨」、これと直角に組み合わせた複数の木材「肋骨」で成り立っている。竜骨は、船の耐久性と安定性に直結するため、破損すると致命傷となる最も重要な部分だ。
また、通常の帆船は、1~3本の「マスト」を有し、船首側より、フォア、メイン、ミズンと呼ぶ。4本以上の場合は、最後尾のマストをジガーと呼び、その他のマストは船首側から数えて、該当する番号で呼ばれている。小型船の場合、マストは1本の木材で作られるが、大型船になるとマストを高くする必要があるため、複数本の接ぎ木で作られ、接ぎ目には「ヤード」と呼ばれる帆を吊るすための支柱が渡された。各接ぎ木の名称は、マストの根元から、ローワー、トップ、トップガラント、ロイヤルと呼ぶ。
「バウスプリット」は、船首から前方に延びるマストの一種で、ジブやバウスプリットセイル等を張って、少しでも推進力を確保するために用いられる。舳先は、波をかぶる等損傷しやすいため、水平ではなく、やや上向きに取り付けられ、高速な船ほど上向き、且つ長いものが装備される。
西洋船で用いられる「帆」は、船体に対して水平に張る三角帆と垂直に張る四角帆の概ね2種類に分けられる。三角帆は、風向きに左右されにくい特徴を持ち、四角帆は前方からの風に弱いが、後方からの風には抜群の推進力を発揮する。尚、帆に使用する布は、麻やリネン、綿などを厚手に織ったものを使用される。
「船首像」は、バウスプリットの根元付近に装備され、神話に出てくる神々や神獣、キリスト教の聖人等をモチーフとして、船の無事や航海の安全を祈願する意味を込めて作られた彫刻物である。
「甲板」は、船内を階層化するための区切り板のことで、船の大きさに伴って1~5層程度の階層が設けられる。外部に面している甲板の中で、最も低い部分を上甲板と呼んで基準とし、それよりも下の階層は、階層数によって異なり、中甲板、下甲板、最下甲板と言った呼び方をする。また、船首楼や船尾楼によって上甲板より上の階層がある場合、船首側の甲板を前甲板、船尾側の甲板を後甲板と呼ぶ。尚、戦艦の場合、大砲が設置されている甲板は、砲甲板と呼ばれる。
「船倉」は、上甲板より最も遠い甲板から船底までの広い空間で、ここにバラストや物資を積み込むことで船の重量が増し、船体の喫水を上げることができる。また、バラストは、船体の重心を下げて復原力を増す効果もある。現在の貨物船は、貨物を積んだ状態を基準に設計されているため、空荷で喫水が下がると、復原力の低下、下方視界の遮りなどの問題が起こる。貨物船でなくとも、帆船は帆の重量でトップヘビーになりやすく復原力が不足するので、バラストが使われる。バラストとしては、砂利、土砂、丸太、石など様々なものが使用された。現在の貨物船では、海水をバラストとして使用しており、荷室に海水を入れる場合と、専用のバラストタンクを持つ場合とがある。
「船首楼」は、前方からの波除け、敵船に乗り移る際の土台、大砲を設置する目的等で作られた。だが、船首楼を大きくするとトップヘビーになるため、転覆しやすい欠点から次第に衰退していった。
「船尾楼」は、舵を操作するための舵棒や船長を始めとする高級士官のための船室が設けられるスペースで、最上後甲板には船長や操舵手が立って、船、海、天候などの状況確認や乗員の監視を行った。船尾楼も船首楼と同様な欠点を有するが、前述の理由があるため、できるだけ上甲板の高さに近づくように設計されるようになっていった。
この商船たちは、どこを旅してきたのだろうか…
恐らく、彼らがこの港に歓迎された時は、大いに賑わっていたのだろう…
溢れんばかりの積み荷を次から次へと運びだす屈強の水夫たちの怒号や掛け声、海外で仕入れた珍しい渡来品の数々を売りさばく商人たちの熱気とそれに群がる野次馬たちの興味津々な眼差し、長期に渡る船旅の帰りを待ち焦がれていた水夫たちの家族の祝福など、様々な声色に染まる光景を脳裏に浮かべたのだった。
「また来ているぜ、あの坊主ども…」
一仕事も終わり、長く係留するキャラック船の留守を預かる船乗りたちの一人が、二人の姿を見つけ、そう口にすると、
「ああ…ここ最近、ほぼ毎日見かけるな」
その中の一人が、甲板の上から、ふいに大声をかけた。
「おい、坊主たち。いつも、そこで船ばかり見ているようだが、そろそろ見飽きたりはしないのか?」
それを耳にした少年の一人は、その声の主に対して、
「全然、飽きないですよ。だって、船が好きですから!」
大きな声で返した。その返答を聞いた船乗りは、大きく笑うと、
「面白い奴だな。お前は、なんて名前だ!」
続けざまに、そう聞き返してきた。すると、少年は、とびきりの笑顔になり、再び大きく答えたのであった。
「ヴァンと言います!」
そのハキハキとした答えに、船乗りたちは互いに見合わせてから再び大きく笑うと、機嫌良さそうに、こう言い放った。
「おい、ヴァンよ。そんなに、船が好きなら、将来は船乗りにでもなりな!」
「はい。必ず、腕のいい航海士になって、大海原を駆けたいと思っています!」
少年は、そう断言して、彼らに大きく手を振ったのであった。この周囲から「ヴァン」と言う愛称で呼ばれていた少年の本当の名は、ヴァスコ・ダ・ガマと言った。後年、インド航路を発見して海上貿易のルートを確保し、ポルトガルに巨万の富をもたらす功労者となった男である…
と、そんな他愛もないやりとりを、遠くから見つめる者がいた。そのフードを深くかぶるイスラム教徒の男は、海洋学の講義をするため、ポルトガル王国の招きで、異国の地ジュルファール(現在アラブ首長国連邦の首長国の一つであるラアス・アル=ハイマ)から来訪していたイブン・マージドであった。彼は、有名な航海士の一族の生まれで、海洋学に纏わる数多くの有用な書籍を著作し、多大な業績を残している。それ故に、ポルトガルでは、「海軍提督」とあだ名されるほどの高名な先生なのだ。
「この国の者たちは、海に期待や思いを寄せ、希望と活路を見出そうとしている。何れ、大海原を支配するのは、この国なのかもしれん…」
何か引っかかるものを感じたマージドは、ヴァンたちに近寄って話しかけた。
「僕たちの言葉が分かるんだね。でも、本物のアラブ人を見たのは、生まれて初めてだよ」
肌色の異なる外国人に、ヴァンは興味の眼差しを向けた。
「本日の講義が終わり、宿泊先へ戻るところだったのじゃ。それよりも、随分と船に興味があるようだのう」
彼が、そう尋ねると、
「はい。将来、僕は必ず海の男になると信じていますから」
ヴァンは胸を張って答えた。すると、
「ふむ…ならば、しばらくの間、わしの宿泊先で居候するか。ここには、あと数日余り滞在する予定だから、講義の無い時間は、君たちに幾分かは船乗りとしての心得を教えることができるかも知れん」
マージドは、幼い彼らに対して、航海に関する基礎知識を授けようと提案したのだ。
「本当ですか!」
ヴァンが、目を輝かせると、
「わしの培ってきた海洋学は、世間に役立てるためのものだ。将来有望な君たちに、それを教示しない訳にはいくまい」
彼は、優しい笑顔で応えた。
「とても嬉しい限りです。本当に、感謝します」
神の導きかなのか、または悪戯なのかは定かではないが、二人の少年たちにとって、航海士への大きなきっかけとなったことは言うまでもない…
別名“7つの丘の街”と呼ばれるリスボンは、高い丘や深い谷を持つ起伏に富んだ街だ。マージドの宿泊先は、王都のシンボルであるサン・ジョルジェ城からテージョ川にかけて南斜面に広がる坂の街アルファマの一角にあった。
「何だか、どこにいるのか分からなくなってきたよ」
「ははは…わしも初めて訪れた時は、苦戦させられたものじゃ」
アルファマの街は、多くの民家が軒を連ねて密集しており、その隙間を迷路のように小路が駆け巡っていたのだった。
「先生は、王室に招待された身…ならば、賓客として城内に一室を当てが割られなかったのですか」
少し息を切らしながら、歩みを進めるヴァンに対し、
「王宮での暮らしは、何かと気を使うからのう…肩が凝ってしょうがないものじゃ」
軽やかな足取りで、マージドはさらりと答えると、
「こうして、その土地の風情風習を感じながら、その人々と共に暮らす方が、わしにはしっくりくるみたいなのじゃ。それ故に、郊外で寝泊まりができるよう、あえて王室に頼んだわけじゃよ」
路地を隔てた軒と軒に両手をつけんばかりに、大きく広げた。それを見て、
「僕も早く大きくなって、まだ見ぬ、まだ知らぬ土地の情緒を肌身で感じたいものだ…」
ヴァンは、そうため息を漏らした。と、その時、
「うむ…あそこに見えるのが、わしの宿泊先じゃよ」
ふいに、マージドは、こぢんまりとした白壁の建屋を指差した。
建屋の中は、狭いながらも整然としており、そこには美しいペルシャ絨毯が大きく広がっていた。そして、その一角には、小さな本棚が設けられ、海洋学や航海に関する書物がぎっしりと詰まっていた。
「あそこにある書物は、ほんの一部じゃよ。わしの実家に帰れば、部屋が埋もれてしまうぐらいの書籍があるぞ」
「へえ、そうなんだ…」
と、ふいに、ヴァンはあるものが壁にかかっていることに気が付いた。
「あれは、バカリャウ(鱈の塩漬けの干し物)だね。先生も食されるんだ」
「うむ…保存も利くし、色々な料理に使えるから、重宝しておるんじゃよ」
ポルトガルは海洋国家であるため、多様な魚介類を消費する。それらの調理法は、グリルで焼いたり、煮たり、揚げたり、焙ったりと様々で、焼き魚や煮魚は、常にオリーブ油で味つけする。最も消費量の多い魚介類は、言うまでも無くタラであり、その身を塩漬けにして乾燥させたバカリャウだ。その調理法は、グラタンやコロッケの具材にしたり、それ自体を卵とじ、揚げ物にしたりする等、1年の365日分あると言われており、冷凍技術が発達した現代にあっても、その伝統的な保存方法を用いた上で食されることから、ポルトガルにとって、それが如何に身近な食材であるかを大いに示している。
また、カトリック文化圏では、謝肉祭の最終日の翌日である灰の水曜日から復活祭の前日までの40日間を四旬節といい、かつてはこの期間中に鳥獣の肉を絶つことになっていたため魚を食べた。20世紀後半以降は四旬節のうち、灰の水曜日とキリストが十字架にかかった聖金曜日のみ、あるいは受難と同じ曜日である毎週金曜日に鳥獣の肉を食べない習慣となっている。南欧や中南米では聖金曜日を含む四旬節の最後の1週間に当たるセマナ・サンタ用の伝統食が確立されており、バカリャウはセマナ・サンタの象徴的な食べ物となった。
「塩抜きするのに、丸一日は必要だから…明日にでも、僕が本場のバカリャウ料理を作ってあげるよ」
異国の先生に親近感を覚えたヴァンが、そう切り出すと、
「そうか…それは、楽しみだのう。是非とも、お頼み申すぞ」
マージドは、惜しむことなく笑顔で頷いた。




