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第十五話

「へえ、コロンブスさんの実家って毛織物業をやっているんだ」

「ああ、そうさ…先輩が親父さんの手伝いで、俺の親父が買い付けた商品を持ってきた時に知り合ったのさ。まあ、知っての通り、先輩はバカが付くほどの海事野郎だから、何かある度に、船だの、航海だの、新大陸だのだろ…その影響をもろに受けたおかげで、俺は海兵になったようなものだぜ」

 ドーリアは、コロンブスと関係を淡々と語った。そして、

「まあ、それから少し経ってから、チェントリオーネ家に雇われることになり、エーゲ海のキオス島で乳香の取り引きをやっていたらしいぜ。今になって考えてみれば、ほんとに色々と忙しない人だったよ。やることは、何でもかんでも発想が飛んでいるし…」

 話題に事欠くことの無いコロンブスの数々のエピソードは、その場の雰囲気を大いに盛り上がらせ、瞬く間に彼らは打ち解け合ったのだった。

「ところで、お前ら。アレクサンドリアへ向かう船を探しているそうだな…いいぜ、俺が紹介してやるよ」

「何から何まで、助かります。本当に感謝しますよ、ドーリアさん」

 こうして、ヴァンのファインプレーで目的の商船を紹介してもらったコヴィリャン一行は、その船に乗り込み、マムルーク朝の港町へ向かったのであった。


 ところで、当時のジェノヴァ出身の探検家には、有名人がもう一人いるので、この機会に紹介する。それは、ジョン・カボットという航海者で、北アメリカ大陸の発見者として知られる。前半生はヴェネツィアで活動し、1484年にイギリスへ移住した。1496年に国王ヘンリー7世の特許状を受けて、ブリストルを出航したものの失敗。翌年、息子を伴って再び船団を率い、ヴァイキングの航路を辿ってカナダ東南岸のケープ・ブレトン島に到達し、ニューファンドランド島やラブラドル半島を発見するなどの成果を挙げて帰国した。1498年にも探検隊を組織し、グリーンランド東西沿岸の調査航海を行ったが船員の叛乱によって南下を余儀なくされ、その途上で没している。


 こうして、ヴァンたちを乗せたジェノヴァの商船は、大きなトラブルに巻き込まれることも無く、マムルーク朝の港町アレクサンドリアへ到着した。

「ここが、アレクサンドリアか…」

 アレクサンドリアは、カイロに次ぐエジプト第2の都市で、マケドニア国王アレクサンダー大王が紀元前332年に、その遠征途上でオリエントの各地に自分の名を冠して建設したギリシャ風の都市の第一号である。現在、この「地中海の真珠」とも呼ばれる港町は、街中に英語の看板も多く、大きなサッカー場もある。歴史的経緯から多くの文化的な要素を持ち合わせており、独特かつ開放的でコスモポリタンな風情があり、そこはかとなく欧米的な雰囲気が漂う国際観光・商業都市である。国際機関である世界保健機関の東地中海方面本部や世界的な企業や組織の支部、支社があり、北アフリカ有数の世界都市にまで成長している。

「少し、ひと心地を付けたいな」

 コヴィリャンが、そうこぼした時、

「見てください…何やら街の人たちが、そこの店先で何かを飲んでいます」

 ヴァンは、ある人だかりを指差した。彼らは、日傘の下に設置されたテーブルに飲み物の入った陶磁器を置いて椅子にどかっと座り、仲間たちと愉快に語り合いながら、まったりとした昼下がりの一時を存分に味わっていたのだった。

「そうだな…“あれ”をもらってみるか」

 コヴィリャンは、そう言うとヴァンたちを連れて店内へ入った。そして、その建屋にいた店員に声をかけ、

「彼らが飲んでいる“あれ”を頂きたいのだが…」

 その飲み物を楽しむ客を指差すと、

「ああ、“コーヒー”のことですか。すぐに、お持ち致しましょう」

 彼は、愛想よく応えて厨房へ向かった。


 ヨーロッパでコーヒーが普及したのは、17世紀に入ってからである…ニコニコしながら店員が持ってきた“それ”を見て、ヴァンたちが目を丸くするのも無理はなかった。

「いい香りがする…でも、えらく黒い液体だな」

 コーヒーの起源に纏わる伝説に、9世紀のエチオピアにて、飼っているヤギが興奮して飛び跳ねるため、ヤギ飼いの少年が修道僧に相談したところ、山腹の木に実る赤い実が原因とわかったことから、修道院の夜業で眠気覚ましに利用されるようになった話がある…コーヒー豆とその煮汁に関する記述が歴史的な文献より見られるようになるのは、9世紀頃からであり、13世紀頃にようやく焙煎されたコーヒー豆で飲み物が淹れられるようになったとされている。

「苦くて飲みにくいな…だが、眠気がすっかり取れた気がする」

「確かに、不思議な飲み物だな」

 コヴィリャンの感想に、パイヴァが相槌を打つと、

「これを母国に持って帰ったら、いい商売ができるかもしれませんよ」

 ヴァンは、閃いたことをそのまま口にした。すると、

「お前は、面白いことを言う奴だな…確かに、これは流行るかも知れないぞ」

 その“こく”と“まろやかさ”を堪能しながら、バルダイアが同調したが、

「旅は、まだ始まったばかりだ…ここで、荷物になるものを買っていくわけにはいかぬ」

 コヴィリャンにあっさりと反対されたため、

「何だか、残念な気分ですね」

 ヴァンは、軽く拗ねてみせた。

「さあ、これで疲れも取れたことだし…今夜の泊まる宿を探すぞ。明日の早朝には、ここを発って、首都カイロを目指さなければならないからな」

 こうして、喫茶店で一息を入れた彼らは、早速と言わんばかりに宿泊先の手配に取りかかったのであった。


 カイロは、現在エジプトの首都で、アフリカ、アラブ世界で最も人口の多い都市であり、その地域を代表する世界都市の一つである。アラブ連盟の本部所在地でもあり、アラブ文化圏の中心都市である。

 古代エジプトでは、この地はナイルデルタの湿地帯に小規模の集落が点在するだけの未開地だった。イスラム帝国の将軍アムル・イブン・アル=アースは、639年にエジプトへの侵攻を開始して東ローマ帝国の駐留軍を破り、643年にローマ軍の駐屯都市バビュロンの近くにエジプト支配の拠点として軍営都市フスタートを築いた。7世紀のアッバース朝時代には、この北部に新しい街アスカルを築き、エジプト支配の拠点となった。868年にはトゥールーン朝が独立して、再びフスタートへ首都を置くと、870年にアスカルの北部にカターイーの街を築いた。

 その後、969年に現在のチュニジアで興ったファーティマ朝の将軍ジャウハルによって、街は征服された。彼は、カターイーの北部に新たに新都を建設し、カイロと名付けた。以来、そこはファーティマ朝200年の首都となるが、この時点では政治機能しか与えられておらず、紅海と地中海をつなぐ中継貿易の拠点としての経済機能は、依然として旧市フスタートに残されていた。1168年に、エルサレム王国アモーリー1世の軍勢がエジプトに侵攻してくると、宰相シャーワルは、フスタートを焼き払って焦土戦術を取ったため、そこの市民はカイロに逃げた。1169年には、アイユーブ朝のサラーフッディーンが政権を確立し、エジプトの政府機能の一切をカイロに集約させた。

 マムルーク朝の起源は、13世紀半ばまで遡る…その当時、この地域はアイユーブ朝が支配していたが、フランス国王ルイ9世が十字軍を率いてエジプトに侵攻した際に、そのスルタンが急死してしまった。そこで、その子飼いであるマムルーク軍団が、スルタンの夫人であった奴隷身分出身の女性シャジャル・アッ=ドゥッルを指導者として、1250年のマンスーラの戦いで十字軍を撃退した。その後、彼女をスルタンに立てて新政権を樹立したが、女性スルタンはマムルーク以外のイスラム教徒の抵抗が強かったため、同年にシャジャル・アッ=ドゥッルはマムルーク軍団の最有力軍人アイバクと再婚し、アイバクにスルタン位を譲っている。14世紀の半ば以降では、ペストの流行がマムルーク朝にもおよんだため、人口が減少し、凶作による飢饉も重なって次第に国力が衰えた。さらに15世紀になると小アジアに起こったオスマン帝国の圧迫を受けるようになった。1516年、マムルーク朝の騎馬部隊は、シリアに侵入したオスマン帝国のセリム1世の率いるイエニチェリとのマルジュ=ダービクの戦いに敗れ、1517年にカイロを占領されて滅亡した。

「そこを歩いていた奴から聞いた話だと、このカイロを出て紅海を船で南下すると、アデンという港町へたどり着くそうだ。十字のシンボルを崇める異教徒の王国は、エチオピア帝国と言うそうだが、そことインド方面へ向かう船が、そのアデンから出ているとの話だ」

 先ほど手にした情報をもとに、パイヴァがそれを提供すると、

「なるほど…ならば、ここから先はアラビア人に変装し、ムーア人の商人団に混じって船でアデンを目指すとしよう」

 コヴィリャンは、今後の方針を、そう決めたのであった。


 エチオピア帝国は、紀元前5世紀から10世紀にかけて繁栄したアクスム王国が、ザグウェ朝に取って代わられた後、その王朝も衰えてアクスム王の血筋を受け継ぐと称するイクノ・アムラクによって1270年に滅ぼされ、彼がエチオピア帝国初代皇帝に即位したのが始まりとなる。アムラクの死後、彼の子孫たちの間で後継者争いが発生したが、孫のアムダ・セヨン1世が帝位に就くことで政治的混乱は収束した。彼は、当時イスラム勢力の影響下にあった南部の高原地帯に覇権を拡大していき、1445年には、紅海との通商ルートをめぐる戦争で、イスラム同盟諸国に勝利した。


 コヴィリャン一行が、港町アデンに到着した際に、妙な情報を耳にした。

「鄭和という中国人が、この港に立ち寄ったそうだ」

「中国だと…インドよりもさらに東方にある国ではないか」

 その話に、彼らは一同、我が耳を疑った…14世紀末から16世紀にかけて中国全土を支配した明は、朝貢国とだけ貿易を許可する海禁政策をとっていた。しかし、東南アジアやインドとの貿易によって経済が潤うと考えた15世紀初頭の皇帝である永楽帝は、艦隊を派遣して重要地域の制圧し、自国領とすることを目論んだ。その計画を遂行する上で、白羽の矢が立ったのは、宦官として永楽帝に重用された鄭和という雲南出身のイスラム教徒であった。彼の第一次遠征は1405年で、東南アジアのジャワ島、スマトラ島を経由し、カリカットへ到達している。そして、1433年までの間に同様の航路で7回も遠征を実施した。その中には、インドから分遣隊を送って、東アフリカのマリンディやモガディシオにも足を延ばしている。

「むむむ…我がヨーロッパが、大きく立ち遅れていると言うことか。これは、思っている以上に、事を急がねばならいぞ」

 コヴィリャンは、今まで得ることのできなかった海外の情報から、自分たちの置かれている状況を瞬時に把握した。

「どうする、コヴィリャンよ…これより先は、まずインドへ行くべきか、それともエチオピア帝国へ向かうべきか…」

 パイヴァの問いかけに、

「よし…二手に分かれよう。パイヴァとバルダイアは、エチオピア帝国を目指してくれ。俺とヴァンは、インドへ向かう」

 コヴィリャンが、そう答えると、

「わかった…ならば、それぞれは任務が終了次第、カイロに戻り、そこで落ち合うことにしよう」

 彼は、そう約束事を決めた。

「お互い慎重に行動しよう…そして、必ずやカイロで合流しよう」

 こうして、彼らは互いの健闘を祈りながら、行き先の違う別々の船に乗り込んだのであった…


 ちなみに、アデンはアラビア半島南端、アデン湾に面する現在のイエメン共和国の港湾都市である。昔からこの地は“幸福なアラビア”と言われ、香料として知られる乳香の豊かな産地であり、インド洋交易圏における中継貿易の拠点として栄えた。近代では、1839年にイギリスに占領されてからその支配を受け、1967年に南イエメンが独立したときには首都となった。1990年には、南北イエメンが合併してイエメン共和国となってからは、内陸のサナアが首都となった。

 尚、乳香の起源は、紀元前40世紀でエジプトの墳墓から埋葬品として発掘されているため、この頃から、既に香として利用されていたと推定される。古代エジプトでは、神に捧げるための神聖な香として用いられていた。その点では、古代のユダヤ人たちにも受け継がれており、聖書にも神に捧げる香の調合に乳香の記述が見られる。また、東方の三博士が、イエス・キリストに捧げた3つの贈り物の中に乳香がある。日本にも10世紀には、その記述が現れるため、シルクロードを通じて伝来したものと考えられている。香水などへの使用が行なわれるようになったのは、16世紀に入ってからであり、乳香を蒸留した精油や溶剤抽出物が、この用途に用いられるようになった。


 パイヴァたちと別れたコヴィリャンとヴァンは、アデンを出発し、インドの港町の一つであるカナノールに到着した。

「夢にまで見たインドへ、ついにたどり着いたか」

 ヴァンは、感慨深げに、異国の地の光景をじっと眺めると、

「今度やって来る時は、必ず船で来て見せるぞ」

 そう漏らして、決意表明したのであった。

「おい、おい…悠長にやっている場合じゃないぞ。一刻も早く、我らが目的としている香辛料を探し出さねば…」

 そう横槍を入れたコヴィリャンは、彼を連れて目の前に広がる市場へ向かい、手当たり次第に香辛料を捜索した。だが、様々な珍しい交易品が大層に陳列されていたが、肝心の香辛料は見当たらなかった。

「この街を南下したところにカリカットという港町があって、そこが香辛料の集積地になっているよ」

 市場にいた商人の一人から、そう聞くと、

「よし、ついにしっぽを掴んだぞ」

 コヴィリャンは、軽く拳を握った。すると、

「しかし、あなた方は、何故に香辛料をお求めになられるのか」

 その商人が怪訝そうな顔をして、そう尋ねてきた。

「実は、我々はヨーロッパ諸国の一つであるポルトガルから来た者だ。近々、我が国は御国までの航路を確立し、海上貿易を始める予定である。今日は、その来るべき日のための現地調査という次第なのさ」

「国をあげての貿易をされると申されるのか…」

 その商人は、髭をいじりながら話すと、

「カリカットでの香辛料の交易ルートは、古来より確立されたものです。今更、新規参入で、その中へ割って入るのは厳しいかも知れませんよ」

 彼らの計画を、そう否定した。だが、

「確かにそうかも知れないが、我々もこのまま手をこまねいている訳には行かぬ。まあ、粘り強く交渉してみるさ」

 コヴィリャンは、落ち着いた表情で言い返した。と、それを聞くやいなやビジネスチャンスと考えた彼は、ニヤリと笑うと、

「まあ、御仁たち…少し、待たれよ。交易品として香辛料をお求めなさるのであれば、私の方でその入手ルートを模索し、供給できる体制を作り、あなた方に提供したいと思うのですが、どうでしょう?」

 そう交渉を持ちかけてきた。

「先ほど、お主はカリカットが香辛料のルートを牛耳っていると申していたではないか。本当に、そんなことができるのか?」

「私も商人の端くれ…商人としての意地もありますし、こんな儲け話を無視するような真似はしませんよ」

 彼の問いに、その商人は堂々とした態度で答えた。

 …隣り街のカリカットは、イスラム系商人との香辛料の独占的な取り引きで大儲けしている故、我々はいつも冷や飯を食わされている…ここで、西洋諸国と取り引きできるルートを確立できれば、奴らを存分に見返すことができる…

 密かに抱いていたライバル心が燃え盛り、彼の心を大きく揺すっていた。

「コヴィリャンさん、どうします。決して、悪い話では無いと思いますが…」

 傍らで両者の話を伺っていたヴァンが、ポルトガル語でしゃべると、

「どうも、このカナノールという街とカリカットは、ビジネス上でのライバル関係にあるような気がしてならぬ。それに、現時点の香辛料の集積地はカリカットだ。我々が、カナノールにテコ入れしたとなれば、カリカットは面白くあるまい」

 コヴィリャンも母国語で、そう返した。

 実情からすれば、彼の言い分は正しいことになる…インド西海岸のマラバル地方は、ウジャヤナガルという王国の統治範囲に入っていたが、実際には、小藩国が多数分立して互いにライバル視する状態であり、王国の直轄地ではなかった。

 ここで、インドの歴史を簡単に説明しておく…北インドに13世紀に成立したデリー=スルタン朝によって、インドのイスラム化が進められていた時代、その征服地での重税に対する反発やヒンドゥー教徒の自立心が高まったことで、南インドにてウジャヤナガル王国が、1336年に成立した。1347年には、その北部のデカン高原にイスラム教徒の部将がバフマニー王国を建国し、その影響で北インドに後退したデリー=スルタン朝は、1398年にティムール帝国の侵入を受けて、さらに衰えていった。それを余所に、南インドでは、ヴィジャヤナガル王国とバフマニー王国が繁栄し、両国の抗争が続いた。16世紀にバフマニー王国は、5つの王国に分裂する事態に陥ったが、1565年ターリコータの戦いで、それらの国々は、連合軍を組織し、ウジャヤナガル王国を打ち破った。敗れて都を破壊されたウジャヤナガル王国は、衰退の一途となり、1649年、分裂した国の一つであるビーシャプル王国に攻められて滅亡した。

「さらに、彼がこのプロジェクトに失敗したら、それこそ香辛料の入手ルートが喪失してしまう可能性が高くないか」

 さらに、コヴィリャンが、そう付け加えたが、

「異国、ましてや異教徒の地にて味方を見つけることは、決して容易いことではありません。これから、我々はカリカットへ参ることになりますが、彼らが我らを受け入れなかったら、如何致します。それこそ、インドへ足を踏み入れることすら難しくなるのでは?」

 そう言って、ヴァンは反論した。それを聞いた彼は、

「うむ…確かに、保険は必要だな…」

 と、少し考えると、懐から美しい彫刻が施された銀製の短剣を取り出して、その商人に手渡した。

「まずは、我々の友好の証として、その短剣をあなたに差し上げよう。お主の提案については、母国へ持ち帰り、じっくり協議させてくれ」

 すると、その商人は、

「承知致しました…この件については、我が街の主君にも伝え、便宜を図れるように致しましょう。また、御仁たちが再び来訪された時には、香辛料の調達ルートや価格調整等、確立させておきましょう」

 と、約束した。

 こうして、インドへの足掛かりを得たコヴィリャンとヴァンは、意気揚々と船に乗り、マラバル海岸を南に下って、カリカットへ向かったのであった…と、その後、その商人が約束した内容がどうなったかと言うと、前者の友好関係については問題なく事は運んだが、後者の香辛料関連の話については、どうやら失敗したようである…

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