第十三話
「なんと…こちらに向かっていたポルトガル艦隊が急旋回し、逆方向であるセウタの方角を目指しているだと!」
敵艦の異変に気付いた海賊王ジャンゴは、たまらず困惑した。
「ふはははは…どうやら、この武装ぶりを見て恐れを成したようだのう」
海賊船に同乗していたゴンザが、その報告を聞いて高笑いしたが、すぐにこの世とも思えないほどの極悪人の面に豹変すると、
「このまま逃がしては、面白くも何とも無い…追撃しろ」
呆然としているジャンゴを余所に、彼の部下へ命じたのだった…
「提督…海賊の奴らが、我が艦隊を尾行しておりますぞ」
一人の船乗りの言葉に、
「うろたえることは無い…せいぜい、今の内に勝利の美酒を味あわせておけ」
ディオゴ提督は、そう諭すと、
「もしかすると、ヴァンは想像も付かないくらいのでかい航海士になるかもしれんな…」
軽く口元を緩ませた。と、その時であった…地中海に向かっていた西の風が、忽然と向きを変えて東へと吹き始めたのである。
「風向きが変わった…」
その異変に気付いたジャンゴは、はっと我に返った。そして、
「これはいかん…直ちに、引き返すぞ!」
自軍の戦局が不利になったことを悟ると、すぐさま部下たちに退却命令を下そうとした。だが、
「藪から棒に何をほざくか…あと少しで、弱小国の艦隊を潰せるのだぞ」
その考えについて行くことができなかったゴンザは、愚かにも激しく猛反対した。
「今は、言い争っている場合じゃありませんぞ。ここは、私の指示に従ってください」
「このバカタレが…わしに向かって、なんと言う口の利き方じゃ!」
と、時間を浪費している間に、ポルトガル艦隊は進行方向を反転させ、ジャンゴ率いる武装海賊船隊へと向かった。そして、
「隊列を単縦陣にしろ!」
提督の号令を受けた艦隊は、旗艦を先頭に整然と縦一列の陣形となると、その速度をさらに増していった。
「おお…今度は、こっちに向かってきたぞ。一体、どうなっておるのだ?」
「まずい!」
動揺するゴンザに続いて、ジャンゴが口走った瞬間、
「今だ…舵を切れ!」
ディオゴ艦隊は、ふいに船首を南の方角へ向け、海賊船団の進行方向に対して直角方向に進み始めた。そして、
「狙うは、あの武装海賊船5隻だ…放て!」
提督の命令を受けた各艦の砲撃係は、海賊船に照準を合わせると、一斉に大砲からおびただしい炎を吐き出させた。すると、たちまち海賊王の武装艦隊は、彼らの大砲の的と化したのだった…
「ぎゃあ!」
大砲の玉が着弾するたびに、海賊たちが甲板を飛び跳ねて海へ落ちる様を見て、
「ひいい…助けてくれ!」
ゴンザは、しゃがみ込み、頭を抱えて震え始めた。だが、そんな様子に目も暮れず、現状打破に努めようとするジャンゴは、
「くそっ…こうなったら、船体の向きだけでも変えろ。こちらも砲撃で応戦するんだ!」
と、下知して、舵を切らせようとした。だが、その間に容赦なく被弾を許した海賊船たちは、マストまで折られてしまったため、思い通りに作動することができなかった。そして、海水の侵入を容易に許すほど船体が弱体化すると、海面に対して大きく傾き始めた…
「もはや、これまでか…」
自軍艦隊の壊滅を悟ったジャンゴは、静かに目を閉じて天を仰ぐと、逃げ惑う部下たちと共に、果てしなく紺碧の世界が広がる海中へと引きずり込まれていったのであった…
「やった…海賊王ジャンゴの艦隊を、ことごとく壊滅させたぞ!」
大勝利を治めたポルトガル艦隊の船員たちは、一斉に万歳三唱した。その喜びの声に包まれる中、
「ジブラルタル海峡の安全は確保された…これで、各国の商船たちは、気兼ねすることなく交易に精力を尽くすことができることだろう…」
ディアスは、自国の艦隊が成し遂げた功績を思い、存分にその満足感を味わったのだった。
「西から吹く生暖かい風に混じって、微量の冷たく乾いた風を感じた…その正体は、東から吹く大陸の風で、少し時間を置けば、その勢力が次第に強まって風向きが変わると気付くとはな…お前は、もはや一流の航海士だぜ」
そう言って、カブラルがヴァンを祝福し、
「潮の流れが変わるのを見抜いたことも、これまた素晴らしいことだぞ…満潮から干潮へと移行する際、潮は地中海から大西洋へ向けて流れるもんな」
パウロが絶賛すると、
「いや、まだまだ修行が足りないさ…初心を大切にしながら、さらにがんばっていかないとな…」
彼は、脳裏に浮かぶ異国の大先生へ敬意と感謝の意を示したのであった…
海賊王の武装船団との戦いを見事に制したディオゴ艦隊は、その後においても順調に航海を続け、徐々に祖国のあるイベリア半島へと近づいていった。
「ついに、セビリアの港町が見えてきたね…」
ヴァンは、ポルトガル王国の隣国であるスペイン王国の主要都市・セビリアの港町を眺めながら呟くと、
「ああ…あと少しで、リスボンだな…」
コロンブスは、腕組みをしながら口角をあげた。と、その時、彼らの目の前で、何かがジャンプをした。
「やや、イルカだ!」
コロンブスは、それを確認すると、
「ふっ…どうやらお前らとは、ここでお別れだな…」
突然、彼は身を乗り出して、海へ飛び込んだ。
「ちょっと、コロンブスさん!」
彼の奇怪な行動に、ヴァンは思わず声を上げた。すると、コロンブスは、そのイルカに抱きついて、いとも簡単に手なずけたのだった。そして、
「ははは…俺様は、大西洋横断ルートが正しいことを証明するため、カチカチ頭のポルトガル王を説得するのはあきらめて、スペインの女王へ猛烈アタックすることにした…」
そう言い放つと、
「色んなことはあったが、結構楽しかったぜ…達者に暮らせよ、少年!」
イルカの背に立って、大きく手を振った。
「はあ…藪から棒に、何だそりゃ」
開いた口がふさがらないヴァンが、ただ呆然としていると、
「アディオス!」
彼は、躊躇することなくイルカにまたがって、セビリアへと向かっていった…
「ああ、また何て破天荒な…やっぱり、あの人は病院へ収監した方がいいよ…」
「よせよ…バカなんだから、ほっとけって…」
ヴァンが、船の欄干に手をかけて身を乗り出そうとすると、横にいたカブラルがそれを制した。
「ははは…テーブルの上に卵を立ててみろ。俺様には、造作もないことだぜ!」
コロンブスは、意味不明なことを口走り、イルカのロディオに興じながら消えて失せていった。ちなみに、ここで彼の発した言葉が、「コロンブスの卵」のことわざの語源となったかどうかは、定かではない…
数年後…
彼は、スペイン艦隊を率いて、アメリカ大陸へたどり着いたのであった…
ちなみに、コロンブスの残した航海日誌では、彼が新大陸を発見した時の様子を、こう綴っている…
十月十一日、十二日、木曜日、金曜日。以後も西南西の針路を守った。高波にひどく悩まされた。これまでの全航海にかつてなかったほどの高波である。二、三羽の海鳥と、船の舷側をなでる緑の葦を見かけた。
キャラベル船「ピンタ」の乗組員が一本の管と一本の棒を見つけ出し、さらにもう一本の棒を釣り上げた。これは見たところ先の尖った鉄で加工してあるようだ。彼らは、もう一本の管を拾い上げ、さらに小さな板一枚と陸地で生えるちょっと変わった草を見つけた。「ニーニャ」の乗組員も陸地の近い証拠である赤い実を付けた茨の枝を見つけた。これらの前触れに全員、意気揚々朗らかな気分になった。
この日は、日没までに一〇八海里進んだ。日没後、再び西方向に戻った。時速十二海里で前進、午前二時までに九十海里走り抜いた。キャラベル船「ビンタ」は、他の二隻よりも足が速く、私の前を行っていたから、「ビンタ」の乗組員が真っ先に陸地を発見し、命令通りの合図を送った。この陸地を最初に見つけたのは、ロドリゴ・ダ・トリャナと言う水夫だった。もっとも、私は夜十時に船尾楼から一つの明かりに気付いていた。
チラチラするその明かりは、あまりはっきりしなかったから、私はあえてそれを陸地と見なさなかった。それでも、国王の内膳頭ピエトロ・グチエレスを呼んで、明かりが見えるように思うと言い、自分で見て欲しいと頼んだ。案の定、彼もその目であの明かりを見たのだ。同じことを私は、国王および女王が監視役として当船団に配属したセゴビアのロドリゴ・サンチェスに報告した。ところが、この男は何も認めることができなかった。彼の位置からは何も見えなかったのだ。
私が自分の観察を告げた後、人々は明かりが一、二度瞬くのを見た。まるで、小さなロウソクが上下に動くかのように見えた。おそらく、ごく少数の人々の目にだけ、陸地の近い証と思えただろう…だが、私は陸地の近くにいることを固く確信していた。
乗組員は、普段船乗りが各人の流儀で唱える「サルヴェ・レギナ(慈悲の女王よ)」を祈り、それから沈黙した。その時の私は部下たちに、舳先で十分に見張って、陸地が見えてくるのに注意するよう忠告した。陸が見えると真っ先に報告する者には、ただちに絹の上着を贈り物にやる、そのほか国王ご夫妻が約束なされた褒美も全部、すなわち一万マラヴェディの終身年金の支払いも取らせてつかわす、と私は言った。
午前二時、ほぼ八海里離れた陸地が見えてきた。全部の帆を手繰り、主帆だけで走り、他の帆は使わなかった。それから船を止め、夜が明けるまで待った。明ければ金曜日、我々は、インディアン語で「グアナハニ」と言う島に着いた。
そこで、さっそく見つけたのは裸の原住民だった。私は、マルチン・アロンソ・ピンソンとその弟の「ニーニャ」船長であるビセンテ・ヤネスを従え、武器を携えたボートに乗って上陸した。そこで、私は王旗を広げた。一方、二人の船長は白地に緑十字を付けた旗二枚を大きく振った。この緑十字は全船についているもので、左右にそれぞれ王冠を装飾した“F”と“Y”の文字で縁取りしてあった(国王フェルナンドと女王イザベルの頭文字)。緑に輝く樹木が生い茂り、水や種々雑多な果実に富んだ風景が、眼前に現れた。
私は二人の船長と、既に上陸していた全員、さらに船団の公証人ロドリゴ・デ・エスコベドとセゴビアのロドリゴ・サンチェスを呼び寄せた。そして、私は我が主君たる国王ご夫妻の名において先述の島を占有し、法的証書類を作成する。これは、かの地にて起草された証書よりして明らかである。この旨、列席の諸氏は証人としてご承知おき願いたい、と告げた…
大航海時代において、太陽の沈まない国と呼ばれたスペインについて語らないわけにはいくまい…当国の成り立ち等は、別の文献に譲るとして、ここでは、彼らの大航海時代における功績について列挙していくことにしよう…この国では、コンキスタドールと呼ばれる軍人、探検家たちに権限を与えて、主に中南米を捜索させており、その代表的な人物がエルナン・コルテス、フランシスコ・ピサロで、彼らは中南米で栄えていたアステカ帝国、インカ帝国を滅ぼし、そこで所蔵されていた多くの金銀財宝を略奪した。16世紀中期には、ポトシ銀山などの鉱山が数多く発見され、そこで採掘された金銀も余すことなく母国へと運び込まれた。その価値は、当時のヨーロッパの貨幣価値を著しく下落させるほどのインパクトがあったという。また、スペインは、中南米への侵略と同時に地球の西回りによる航路探索にも熱心であった。コロンブスの新大陸発見以降は、太平洋へ抜ける海峡の探索で難航したが、1520年フェルナンド・マゼランによって、南米大陸最南端であるマゼラン海峡が発見されると、その航海はフィリピン諸島にまで達した。それから間もなくして彼は、島の先住民との争いで落命するが、その意思を引き継いだファン・セバスティアン・エルカノによって母国への帰還を果たし、スペインは世界一周と言う大偉業を成し遂げたのであった。
そして、コロンブスが勝手気ままに立ち去った後、ディオゴ提督の艦隊は、無事に母国の地へ帰還を果たしたのだった…
リスボンの港に到着したディオゴは、船員たちに積荷を下すよう命令すると、コンゴ王国の使者を連れて王城へと向かった。
「おお、よくぞ戻ってきた。ディオゴ提督よ。首尾は、どうであったか?」
ポルトガル王・ジョアン2世は、コンゴ王国の使者と応対した後、すぐにディオゴを呼びつけて、話を伺った。
「残念ながら、アフリカの南端へはたどり着けませんでしたが、私の所感ではあと少し南下をすれば、確実にたどり着けるだろうと思われます」
その話を聞いたジョアン2世は、
「そうか、思ったよりも、まだまだ遠いのかもしれんな…」
小さくため息をつくと、
「だが、今回は、よくやってくれた…ローマは1日にして成らずとも言うし、こうした小さな積み重ねが、やがて大成することになるであろう…」
と、穏やかに笑った。
「しかしながら、今回の航海で我がポルトガル王国は、大きな宝物を得ることができたと確信しております」
「ほう…それは、一体何だ?」
「まだまだ、やんちゃな坊主ですが…将来、有望な航海士となる人物です。まさに、彼こそが、我が国の窮地を救う担い手となりましょう」
そのディオゴの言葉に、
「なるほど…それは、とても興味深い話だ」
王は、そう相槌を打つと、
「ところで、その者の名は?」
続けざまに、彼に問うた。そして、
「ヴァスコ・ダ・ガマと名乗る坊主です」
「そうか…それでは、その時が来るまで楽しみに待つとしようかのう」
母国の吉日が訪れるのを待ち望んだのであった。




