第十一話
その後、ディオゴ艦隊は何事も無く、セウタに寄港した…
「海賊王ジャンゴ?」
船員たちから、また聞きしたパウロが話すと、ヴァンたちは興味深く耳を傾けた。
「ああ…ヴァンとカブラルが捕まえた海賊を尋問したところ、あのユウベルは、ただの手先であって、そのバックにジャンゴと名乗る海賊王がいるんだとさ」
それを聞いて、
「と、言うことは…もしかすると、復讐にやって来るかもしれないって言うこと?」
ヴァンが話に乗っかると、
「可能性は、大いにあるだろう…」
ディアスは、そう考えを巡らせた。
「海賊王ジャンゴの噂は、どこかで耳にしたことがある…最近になって、彼はジブラルタル海峡一帯に出没するようになり、立ち寄る商船隊をターゲットに略奪の限りを尽くしているそうだ。また、厄介なことに、彼は裏社会のパトロンたちの支持を得ているため、軍資金の面で不自由することが無く、多く武装艦隊を組織している話だ」
彼の話に、
「うわあ、嫌な話だ…これは間違いなく、バトルになるぜ。しかも、次は、砲撃も交えた大海戦になるぞ」
カブラルが頭を抱えると、
「もし、戦が避けられない状態ならば、一緒に行動しているポルトガル商船やベハイム殿、コンゴ王国の特使たち、それに見習いのヴァンやカブラルたちを、とりあえずセウタに留めておいた上で、我らポルトガル艦隊だけで海賊たちを迎え討つのが妥当であろう…」
ディアスは、さらに考えを述べ続けた。すると、ふいにコロンブスは、
「おい…俺様は、どうすればいいんだ?」
と、疑問を投げたが、
「お前は、とことん付き合ってもらうぞ。貴重な戦力だからな…」
「おっしゃあ、任せておきな!」
それを聞いて安心し、力強く拳を握って見せた。
「何だか、僕たちは安全そうなので、少しほっとしたよ」
ヴァンは胸を撫で下ろしたが、
「また、臆病風に吹かれやがったな…お前なんか、一生かけても航海士になんかなれないつうの…」
カブラルにつっ込まれると、
「次の航海の時までには、とことん修行して、絶対にお前よりも強くなってやる…覚悟して待っていろよ!」
怒りを露わにした。と、その一部始終を聞いていたディアスたちは、その思いがけない言葉に一同大笑いした。そのため、
「何だよ…みんなでバカにしやがって」
悶々とした思いの中で、ヴァンは就寝することになったのだった…
…提督…
…彼を呼ぶ声が聞こえてきた…
「どうした?」
提督は、その声に反応して尋ねると、彼の部下の一人が、こう訴えてきた。
…幾ら何でも返答が遅すぎます…私には、何かが引っかかるのですが…
その話に、
「確かに、おかしいな…」
提督は、深く考え込んだ…
幾多の苦難にも負けることなくインドのカリカットへたどり着いたポルトガル艦隊は、その国の王との謁見を果たし、自国の王の親書を渡して海上貿易による直接通商を求めていた…その後、沖合で停泊している艦隊で返答を心待ちしていたのだが、いつまで経っても、その返答がない…
「ビジネス上においてのライバルとなるイスラム系商人たちが、我らの活動を妨害している気配はあるが、果たしてそれだけであろうか…」
先日にて、国王と謁見した際は、彼らが用意した贈り物をイスラム教徒の王室職員に品が無いと拒否され、不評を買っている…
また、その後において、その国の知事より、艦隊を沖に留めて船員や積み荷を残す行為は、当時の習慣では考えられないとして、我らはポルトガル艦隊に対して不信感を抱いていると聞かされた彼らは、すみやかにその意向を汲み取って、積み荷を下ろした経緯があり、これらのやり取りから、妨害を受けていると提督は推測していた。
「しかし、カリカットにとっても、この交易は理に叶っているはず…ならば、イスラム系商人たちがどんなに騒ごうとも、結論としては交渉締結に向かうはずだ…それなのに、何故?」
カリカットとの交渉の場で、ポルトガルは艦隊による海上輸送の利点を生かし、スパイス等交易品を定期的に大量購入する契約を持ちかけている。従来のイスラム系商人たちが仕入れていた量をはるかに上回っており、インド側にしてみれば、農地の拡大や利益の増加、安定した収入が見込める好条件だ。
「欧州までの長い距離を、海上輸送なんてとんでも無い話だ。一度、嵐に遭えば、瞬く間に積荷は海の藻屑になるぞ。それを考えれば、陸上輸送である我がキャラバン隊の方が安全確実…ポルトガル人の夢物語に付き合えば、あなた方も一文無しになりますぞ」
イスラム系商人たちも必死だった。このまま、海上貿易が確立してしまえば、今まで築き上げてきた交易ルートが崩壊し、飯の食い上げになるからである。
「それは、どう言うことですか。生産者である我々からすれば、あなた方商人に物を売ってしまえば、その先に何が起ころうとも関係ないのでは?」
その話に、カリカットの要人が首を傾げると、彼らは、
「目先だけならば、一時的に儲かるかも知れません。しかし、輸送の失敗が度重なると、輸送側の経営状態が悪化するため、その結果、あなた方の農作物の買い付けもままならない状況になります。そうなると、売れ残った農作物が在庫の山となるため、最終的にはあなた方も損をすることになるのです。ポルトガル艦隊での輸送失敗が度重なり、海上輸送を断念せざるを得ない状況となった場合、あなた方の手で大量生産した農作物が大量の在庫に変わる危険があると指摘しているのです」
と、淡々と答えた。
「何を言われるか、陸路では盗賊に襲われる危険性があるではないか」
「それを言うなら、海上においては海賊どもが蔓延っているではないか」
カリカット内では、大論争が起こり、その戦局は泥沼化した。突然、目の前に現れた未知の大艦隊は、現地の人々を大いに驚かせることになり、それは次第に彼らの期待と疑念が錯綜する結果となったのである…
「確かに、現状の海上輸送には、不安要素が全く無いとは言い切れない…と、なると、カリカットの結論は、現状維持…すなわち、実績のある陸上輸送で収まるのかも知れん」
だが、彼らが見せる反応の真相は、ポルトガルが提示した内容の云々だけでは無く、もっと意外なところにあった。実は、カリカットでは、ポルトガル艦隊が海賊では無いかと疑っていたのである…その理由として、インドからアフリカへ向かう際は、季節風に乗ることが定説となっていたため、時期外れの出航をカリカットに申し出たポルトガル艦隊は嘘ばかりを言っているのではないかと怪しみ、疑念を掻き立てていたのだ。
と、突然、部下たちが騒ぎ始め、艦隊内は大きく混乱した…
「何事だ」
異変を察知した提督が、扉を開けて表に踊り出ると、
…大変です。おびただしい数の武装艦隊が、こちらに向かってきます…
そこへ控えていた部下の報告を聞いて、ぎょっとした。
「むむむ…沖合の方角と港の方角の両面から、向かってきている。まさか、イスラム系の武装商船隊とカリカットの艦隊が手を組み、我らを挟み撃ちしようとしているのか…」
状況を把握した提督は、大いに悩むと、
「止むをえん…これより、我が艦隊は、敵対する艦隊に対して迎撃を開始する」
自らの艦隊を守るため、出航と砲撃命令を出した。そして、陣形を整えたポルトガル艦隊は、
「打てえ!」
ヴァスコ・ダ・ガマ提督の掛け声と同調するかのように砲撃を開始し、迫りくる艦隊を次から次へと大海原に沈めていったのだった…
「うわあ!」
と、思わず、ヴァンは飛び起きた…
「な、なんだ…ただの夢か…」
息を荒げながら、彼は呟くと、
「我が国の意向、商人たちの思惑、インドやその他の諸国の考え…それらが、完全に一致するはずはない」
額からしたたる汗を拭った。そして、
「誰かが利益を掴めば、誰かが損をするのがビジネスの世界…しかし、今の国内情勢を打破するためには、現状の流通システムを変えなければならないのだ…そうでなければ、苦節に耐え忍びながら船舶の機能および性能の向上に力を注ぎ、血の滲むような度重なる航海を続けた意味が無くなる」
そう続けると、彼は自らの胸倉を掴み、
「大きな転機は、すぐ目の前に訪れようとしている…変革の時期には、必ずと言っていいほどに衝突が起こるものだ…それゆえに、避けて通れぬ道なのかもしれない」
内から湧き上がってくる何かを、必死に抑えようとした…と、その時、窓から部屋に向かって、月の光が優しく差し込んでいることに、ふと気がついた。彼は、ゆっくりと顔を起こすと、その眼前に広がる幻想的な世界に包まれ、その身の芯を抜かれたと言わんばかりに見とれたのだった…すると、暗闇の中から一途の光明を見出したかの如く、みるみるうちに落ち着きを取り戻していった。
「海賊王ジャンゴよ…どうしても、我らを妨害し、叩き潰そうとするのであれば、正々堂々と勝負してやるぞ」
月光に照らされながら、ヴァンは、そう心の中で覚悟を決めたのであった。
そして、次の日のこと…
ディアスの予感は、的中した…
「海賊王ジャンゴの艦隊が、このセウタに向かっているだと…」
ディオゴ提督は、放っていた間者より、その情報を手にした。
「その武装艦隊は、全部で何隻いる?」
「確認したところ、5隻に達します…」
「なんと、そんなにいるのか」
その話を聞いた提督は、おもむろに唸り声をあげた。
「これは、一大事だ…裏社会との大戦争となるぞ…」
そう考えるに至ると、軍事作戦を練るため、急いで彼は、艦隊の要人たちを集めたのであった…
その頃、ヴァンは、耳障りにならないくらいの静かな波音がこだまするセウタの港で、一人寂しく散歩をしていた。
「しかし、ひどい夢だったな…昨日は、ほんとに良く眠れなかった…」
ヴァンは、そうぼやき、
「実は、僕って航海士に向いていないのかも…」
と、続けた時、ふいにある人物が彼の前に立ちはだかった。
「何者だ…」
すぐに彼は後ずさりして、警戒を深めたが、
「もしかして、お主はあの時の少年では無いのか…」
その人物が、幼少の時にリスボンの港で出会った最も尊敬に値する老人だと分かると、みるみるうちに破顔した。
「も、もしかして…マージドさんなのか」
意外な場所での再会にヴァンが大はしゃぎすると、
「随分と大きくなったもんだのう…」
彼の成長ぶりに、イブン・マージドは穏やかな表情で彼を迎えた。この精力的なイスラムの賢人は、老年期となってからも私心に惑わされることなく、暇を見つけては世界に羽ばたく航海士のためにと諸国を渡り、その技術を伝授していたのであった…
「わしのあげた本は、まだ持っておるか…」
マージドの答えに、
「ほら、肌身離さず持ち歩いていますよ」
ヴァンが懐から古本を取り出し、そのボロボロになった具合を見て、
「お主にそれを預けて、間違いは無かったようじゃのう…」
彼は、にっこりと微笑んだ。
「それにしても、何故こんなところにおるのじゃ…」
「実は…」
彼の質問に対して、ヴァンが滔々と経緯を述べると、
「そうか…海賊王ジャンゴの武装艦隊との戦いが始まるのか…」
その話に、マージドは真摯な眼差しを彼に送った。
「この戦いは、ポルトガルだけではなく世界各国の憂いを絶つための重要なターニングポイントになると感じております…是非とも、マージドさんにご意見を伺いたく…」
ヴァンが、そう声を詰まらせると、
「その本にも記しておるが、まずは風と潮を見極めることじゃ…」
彼は力強く、そう言い放った。
「風と潮を見極める?」
「そうじゃ…船は風の力と潮の流れで動くのじゃからのう。その基本こそが、航海士として最も肝心であり、常日頃において心得ておくべきであろう」
そう述べると穏やか表情を見せ、
「その本を穴が空くまで読み解したお主なら大丈夫じゃよ…もっと、自分に自信を持って行動しなされ…」
その場を立ち去っていった…
「風と潮か…」
ヴァンは、そう呟きながらマージドの姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしたのであった。




