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サラリーマンKの非日常  作者: ニット帽
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第八話 リリスちゃん4

 「お名刺交換お願いします」

少年は愛くるしくたどたどしい声で名刺交換を頼んできた。近隣小学校の職場見学のイベントで、自分のような事務員と名刺交換をすることで少年達は社会での仕事を経験したつもりになるらしい。

 「◇◇と申します。」

リリスは微笑しながら自分の名刺を渡すと、少年がおずおずと渡してきた名刺を確認した。そして、

噛みついた。少年の頬に咬みつき、丈夫な歯で皮を引きちぎった。少年は恐怖なのか激しい混乱か、声すらあげなかった。皮を口に咥えたまま、リリスは背中に用意していた包丁を少年の顔めがけて振り下ろした。

少年の恐怖に見開いた眼は片方がつぶれ、目頭から鼻まで赤い肉が剥き出し、溢れ出た血液が赤く溜まっていた。声も上げずに事切れた少年にリリスは馬乗りになると、包丁を抜き、何度も何度も顔に振り下ろした。


すぐ近くの席にいた女がマンドラゴラの断末魔のような叫び声をあげた。周りにいた男達は全員リリスを取り押さえ、腕をつかみ、包丁を取り上げた。マンドラゴラの女は少年に駆け寄り、顔の肉を必死にかき集めている。

 「もう死んでますよ。」

リリスはそう女に言い放つと止めようと上から覆いかぶさってきた男に押しつぶされ、気を失った。


狭い上に妙な酸っぱい匂いのする部屋だ。壁の色は白なのだろうが、照明が暗いのでグレーにも見える。どいつもこいつも力任せに押さえつけやがって、あちこち痛くてしょうがない。特に、押さえつけられた時に曲がってしまった眼鏡が頬骨に刺さって、しゃべるたびに痛い。きっと青あざになっているだろう。

 さっきまで取り調べしていた刑事達がいなくなって30分程経つだろうか。取り調べが済んだのなら拘置所に行かせてほしい。まだやることが残っているし、向こうが聞きたいことには答えたはずだ。これ以上、何があるのか。医者と弁護士の登場にはまだ早いはずだ。リリスは勘ぐった。

 「初めまして」

 冴えない顔したサラリーマン風の男と、ショートカットにパーマをかけた女が入ってきた。

 「我々は○○省の者です」

 サラリーマンが自己紹介した。

 「SLAといって、拡大自殺傾向のある人の監視や犯罪防止のために超法規的に活動しています。この活動で、私はあなたの監視を担当していました。◇◇さん。」

 サラリーマンが淡々と説明する。淡々とした口調だが、手元が震えている。○○省の人間とはいえ、殺人鬼を前にして怖いのだろう。女の方へ目をやると、こっちを向いて目を合わせてきた。

 「狙うなら、無差別か職場の同僚を複数狙うと思ってた。どうしてあの子だけを狙ったの?」

ショートカットの女はまるで、

「いつもはコーヒーなのに、どうして今日は紅茶なの?」とカフェで聞いてくる女友達のような様子で聞いてきた。しかも、同僚を複数狙うと目星をつけてたとは。こいつも、私と同じだ。普通の女じゃない。

「マンドラゴラみたいに叫んだわね。母親。」

 ちょっと二段飛ばしに答えてやった。話についてこれるなら、こいつらに話してやろう。

「あなたはあの子が母親のお腹にいる間、つまりその”マンドラゴラ”の彼女の産休のために、職場を異動してましたね。」

 男の方が答えた。もう震えていない。やるじゃないか。

「僕も実は転勤でこっちに住んでます。そんなにいやな事情があったなら会社に言うことはできなかったんですか?あの子はあなたに会うのは初めてだったはず。あなたは”マンドラゴラ”の彼女のSNSで写真ぐらいは見ていたでしょうけど。あの子に罪は・・・」

「なんか思ったより普通のこと言うのね。あの子に罪がないことくらいわかってるわ。もう死んでるけど。私はそんなにバカじゃない。”マンドラゴラ”はわかっちゃいなかったわ。あの女が結婚や子供を作るために私がどれほど迷惑したか。どれほど犠牲になったか。それなのに、私の仕事はきつくなるばかり、周りは結婚もせず寂しい女だって目を向けて、腫物扱い。給料も上がらないしね。で、あの女は子供を理由に残業もしない身分で、こう言ったのよ。」

「「みんな大変よ。子供を育てるのって本当に大変なの。子供を持ったからこそ、みんなの上司としてやっていける自信がついたわ。」ってね。」

「私が異動しなきゃあの子供は産めなかったはず。マンドラゴラの産休中に私は激務で評価を取りこぼした。出世コースから外れた女は基本元のコースには戻れない。給料も上がらないし希望の部署にも行けないわ。産休中の評価は一律で、下がることはないし、産休明けは大したことしてなくても評価されるし、残業はもう何年もしなくていい。しかも、基本楽で立場のある仕事を任されるようになるのよ。”頑張ってるママさんが働いてる会社”って素敵な響きだもの。会社はそういう女を増やしたいでしょうからね。下駄はかせるのよ。」

 ショートカットの女が特に表情を変えずにこっちを見ている。いや、目には光が輝いている。興味深々といった様子だ。

「まあ、そんなこんなで、あの子の肉は私のもの、とか思うようになっちゃった?」

 ドキリとした。確かにそう思ったことは何度もある。

「焼肉ばっかり食べてたのも、あの子の頬肉をかみちぎったのも、そんな感じ?」

 ショートカットの女は立て続けに聞いてくる。

「あの子の肉を取り込んでも、あの子がお腹にいた間、あなたが被ったマイナスを取り戻せるわけじゃないよ。もちろん、母親の彼女にあなたの喪失感をわからせるなんてもっと無理。」

「焼肉ばかり食べたくなった時点で、あなたは病んでたんだよ。舌の裏にあるカッターの刃は没収させてもらう。明日は医者がくるから、精神鑑定を受けて。多分、責任能力ありだから、裁判後、罪を償ってね。」

 ショートカットは絶望的な言葉を吐いて、サラリーマン風と一緒に出て行った。




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