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サラリーマンKの非日常  作者: ニット帽
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第一話 訪問者

「福岡は人身事故少ないですよね。」

 柏原は自分の発言に不安を覚えた。入社10年は経とうかというのに給料は未だに入社時から平行線、福岡へ転勤してきた理由も周りの同僚たちには知れているだろう。そんな自分が”人身事故”などという、鬱々としたキーワードを唱えることは、”こいつやっぱり・・・”と周りから思われてしまうと気を揉んだのだ。

「ああ、少ないな。」

福岡には珍しい関西なまりのイントネーションで上司の鈴原が答えた。特になんの感情も読み取れない、極めて単調な返事だ。だが、周りの沈黙を破るには十分な突破口だったようだ。

「ですよねー。」

「電車が止まることとかほとんど無いしー。」

先ほどまで沈黙を守っていた契約社員の女の子達は急に喋りだした。

 強者が方向性を決めれば、その他の大勢はその方向に向かって走り出せばいい。特に何も考えずに。それは会社においても学校でも、組織というものであれば何だって通用する。

「ですよね!ほらアレ!福岡って転落防止の柵みたいなの、アレ地下鉄に設置してあるじゃないですか。アレがいいんじゃないですか?東京でももっと設置したらいいのに。」

柏原はつい、いつもの調子で早口でまくしたてしまった。

「あ、ああ。そうやな。アレがええんかもな。」

鈴原が引き気味に答える。契約の女の子達は何も言わない。

「ほな、遅番勤務、頑張ってや!おつかれ!」


 遅番勤務を終えると時計は丁度22時を指していた。特に何処にも寄るところもないので真っ直ぐ家路に着く。柏原にとって福岡は2度目の転勤先だった。

「東京は楽だったな。みんなあんまり他人のプライベートに干渉しないし。」

そう思うと、

「じゃあ、今、東京に勤務したら幸せになれるのか?」と自分が話しかけてくる。

「確かに、ここと変わんないかもな。」意地悪な自分からの問答に疲れて適当に切り上げる。

こいつ(自分)に付き合っていると時間も精神力もなくなることはわかっている、疲れてしまっては明日の仕事に差し障る。

 子供の頃から人間関係は苦手だった。体育の時間、「二人でペアになって~」と言われると、ドキッとしたものだ。あぶれることは少なかったが、そういう時のために普段からそこそこに人間関係を築いておかなければならないということが面倒だと感じていた。

 それでも中学では運動部に入部し、バスケットボール部の部長を務めた。2年の新人戦では県内ベスト4にまで輝いた、田舎の弱小バスケ部の歴代最高成績だった。大学受験は厳しい母の意向により国公立大以外は受験できなかった。兄弟もいるので浪人は認めないと言われた時は出口のない袋小路に迷い込んだような気がした。浪人はできない、国公立大学で俺が受かる大学なんてあるのか?どうすればいい?と。

 なんとか地方の公立大に合格し、事なきを得たが大学は興味のない経済学部、特に何を成すでもなく4年を無難に過ごしただけだった。特に何か特技があるわけでもなく、人間関係を築くのも苦手。そんな柏原にとって、そこそこの履歴書を作ることは重要なことだった。そのそこそこの履歴書で入社した大手企業、現在の勤務先は”逃れの町”となってくれるはずだった。


 ”逃れの町”


 一体なにから逃げてきたのか。親か?人間関係か?逃れられているのかな?俺。


 我が家へ急いだ。22平米、1K、普通のワンルームマンションだ。会社が保証人となり、家賃の何割かが給料から天引きされる借り上げ社宅だった。


 二重にかけてある鍵をあけると、薄暗い部屋の奥、ベッドの上に人影が見える。

―泥棒!?

「だっだれだっ!」

 なんとか絞り出した声はまぬけなほど情けない声だった。


 泥棒はゆっくりとベッドから降り、涼やかな声で話し始めた。

「遅かったですねー。遅番勤務でしたっけ?」


ー!?

 この声、女?泥棒の影はよく見るととても華奢だ。それより!今日は確かに月に一度しかない遅番勤務だった。でもなぜ、泥棒はそれを知っている?ストーカー?俺に!?怖い!怖い!怖い!


 恐怖で動けない柏原をよそに女は電気をつけた。


 随分と色白だ。少年のように腰が細く、ショートカットの髪にはパーマがかかっている。まあ、美人と言っていい部類だろう。女はキョトンとした顔でこちらを見ている。

「もしかして、書類、読んでないとか?」

「は?書類?」柏原は不思議と落ち着いてきた。どうみても不法侵入の女の声が低く、落ち着いた声だったからかもしれない。


「なるほどー。郵便受け行きましょうかー。今、私は不法侵入の変態って思われてるわけですねー。まいったなーこりゃ。」

「いや、どう見ても不法侵入でしょう!警察呼びますよ!」

「落ち着いて!郵便受け見にいこ?」


 家の中に誰もいないことを確認し、再度戸締りをしてから、女と一緒に郵便受けを見に行く。

実はここ2週間ほど郵便受けは見ていない。だらしない生活を見透かされているようで気恥ずかしい。

女は郵便受けから一通の封筒を取り出し、手渡してきた。




拝啓 貴殿ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。


このたび、貴殿はJSP認定のSLAとしての能力が認められました。

つきましては、2週間以内にご返信頂き、専属コンシェルジュとの面談の日程をご連絡ください。

コンシェルジュより今後の日程等をご確認頂き、オリエンテーリング並びに研修にご参加いただくよう、お願い申し上げます。


返信がない場合、超法規的措置をとらせていただく場合がございます。予めご了承ください。


日本サイコランゲージ能力開発プロジェクト




ー なんだコレ。宛先は〇〇省からだ。JSP当局?SLA?なんのことだ?

「SLA、サイコランゲージ能力者のことです。おめでとうございます!千人に一人の能力者というわけですね!人口知能と心理学者がビックデータから柏原さんを選んだんですよ!」

女は勝手に喋り出している。


「なんですか?これ?」

「テレビとかニュース見ないんですか?裁判員制度みたいなものですよ。

・・まあ、大分違いますけど。昨今、問題となっている、拡大自殺、

つまり、自殺することを前提にした犯人の大量殺人や犯罪を未然に防ぐため、セラピストであり分析者であるサイコランゲージ能力者を当局のデータベースから選ばれた人が集められているんです。私は当局のコンシェルジュです。」

「そんな!俺なんて気持ちがついてかなくて会社休んだことだってあるんですよ?」

「そういう人がSLAには意外と多いんですよ。共感能力の高さが仇となるんですかねぇ。まあ、間違いはないはずですよ。」


ー頭がついていかなかった。

 女の名前は神谷というらしい。資料を渡すとすぐ帰っていった。

どうやら手紙に書いてあった超法規的措置とは不法侵入のことらしい。SLAなる仕事は研修までは強制参加らしく、神谷が置いていった書類には今度の日曜の説明会の内容が書かれている。場所は〇〇省管轄の役所だ。さて、どうしたものか・・・。




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