6 姉とお使い
「遅いっ!」
──母さん?
と、一瞬思う位よく似た我が姉であった。
姉の名は、服部姫子。ボクの二つ上だから十七歳、かな? よく知らん。
名字が違うのは父親の実家、服部家本家に預けられたからだ。
とは言っても年に二、三回は会っているので懐かしさもない。それどころか可能な限り会いたく人である。
「なにしてんの、こんなところで?」
「あんたの母親に呼ばれたのよ!」
「それはご愁傷様で」
その怒りからしてとても悲惨なやり取りがあったんだろうて。同じ母親から産まれた者として同情するよ。
「あんたなの、わたしの携帯番号を教えたのは?」
顔の作りは母親と同じでも感情表現は乏しいようで冷たい感じに見えるな。服……アレ? その防御力ありそうなセーラー服、星華ちゃんが着てたのと同じじゃない? って、同じ学校だったのかよっ!
……ううっ、姉にまったく興味がなかったとは言え、どこの学校に通っているかも知らないなんて間抜けにもほどがあるだろうが……。
余りにも酷すぎる無関心さに頭が痛くなってきた。
「なに頭抱えてんのよ?」
「……な、なんでもないよ……」
笑われるならまだしも可哀想な目で見られたら立ち直れない自信がある。沈黙が吉である。
「んで、なんだって?」
頭痛を振り払い話を戻した。
「わたしの携帯番号を教えたのはあんたなの?」
弟と同じく弟のことにまったく興味がないらしく、いたわる言葉も吐かず、とっても冷たい目でとっても冷たく言い放ってきた。
「鈴子姉さんが教えたんだろう」
鈴子姉さんとはこの腐れ姉の親友で、唯一、この傍若無人を御しできる人でもある。腐った女子だけど。
「鈴子が? なんでよ?」
「多分、母さんがボクの携帯から盗み見たんだろう」
ったく。息子の携帯を盗み見るとか腐れである。しかも、警察官が個人情報を盗むってどうなのよ?
「母さんが? って、なんであんたが鈴子の携帯番号知ってるのよ!」
「そりゃ、交換したからに決まっているだろうが」
「なによそれ! いつの間にそんな仲になってんのよっ!」
「……確か、二年前の夏だったかな?」
この姉に付き合ってうちにきたとき、ボクの携帯に興味を持ったらしく、近くの販売店に行って購入してしまった。それから番号やメールアドレスを交換してときどきメールをする仲になっている──とまでは言わないでおこう。仮にも姉である。それなりに姉としてのプライドもあるだろう。逆恨みされても面倒だしな。
「──ちょっと鈴子、どう言うことなのよ!」
自分の携帯を取り出し、なんの説明もなく詰問する我が姉。そんな姉に付き合っていたら日が暮れてしまうので構わずメールに書かれていたマンションへと入った。
自動ドアを潜ると、なにやらホテルのフロントのような世界が広がっていた。
目の前にあるフロントにはスーツをびっしと決めた男女が立っており、さりげなく視線をさ迷わせると六台の監視カメラに警備員二名を確認できた。
……なるほど。傍若無人の姉でも気後れするな……。
住んでいるのはセレブか悪党か言ったところで、しかも、あの母親のことだから住所しか教えなかったんだろう。娘です。息子ですと言ったところでホイホイ信じるほどこーゆーところの警備は甘くはない。身分証明なり鍵なりを持ってないと叩き出されるのがオチだろう。
とまあ、素人ならそう思うだろうが、志賀倉の人間にしたらこんなこと一般常識。堂々と、しっかりとした姿勢で真っ直ぐフロントに向かった。
「すみません。志賀倉正光か服部姫子です。どちらかの名で伝言か荷物を預かってませんか?」
フロントに立つ男性にそう尋ねた。
「志賀倉正光様と服部姫子様ですね。少々お待ち下さい」
教育が行き届いているらしく、こんな子供でも不審な目を向けることはせず、営業スマイルでキーボードを叩いて確認している。
「はい。お二人様のお名前で荷物を預からせていだたいております」
女性の方が奥へと下がり、しばらくしてアタシュケースを持ってきた。
受け取りのサインをして併設するカフェテリアに移動する。
「なんなの、その手慣れた感じは?」
鈴子姉さんへの詰問が終わったのか、音もなく横にいた。
「うちは、こーゆーところに住んでいる人からの依頼が多いからね、嫌でも慣れるさ」
そう言い放ち、窓際の席に着いた。
アタシュケースを開けると、中からA3用紙と二丁の水鉄砲、そして、USBメモリが一つ入っていた。
「……なんだかとても危険な香りがするんだけど……」
向かいに座った姉さんが苦々しく呟いた。
まったくもって同感だが、ここにきた時点で諦めろと言われいるようなもの。素直に覚悟を決めろってことだ。
姉さんを見れば、さすが将来の服部忍群を束ねる一人だけはある。完全に戦闘態勢ができていた。
なにかと気に入らない姉だが、その腕だけは認めない訳にはいかない。十五で上級班長──軍隊で言えば大尉辺りかな──に抜擢され、つい最近では服部流魔闘術空の技を極めたと言う。もはや人間兵器まっしぐらである。
まずはA3用紙に手を伸ばす。なになに……。
「……あの腐れババアが……」
「なんだって?」
答えるのも面倒なのでA3用紙を渡した。
書かれているのは懐かしい住所と、どこかの組織の裏帳簿が記録されたUSBメモリを死守すること。そして、お願いっ、だった。
……あの腐れババア、実の子になんてことさせんだよ……!
表情を一切変えることなく読み尽くした姉さんは、紙を丸めて放り投げた。ゴミ箱に捨てろよ。
「しかし、まだ実家があるとは思わなかったわ」
「ボクも今日初めて知ったよ」
ここがババアの家だとは欠片も信じていなかったが、まさか六歳まで住んでいた家に暮らそうとは夢にも思わなかった。母さんにも家を大切にする心があったんたね……。
「で、それは?」
水鉄砲をアゴで指して問う姉。
「多分、いや、人に向けちゃいけないよ的な液体が入った水鉄砲だよ」
小学校低学年頃は、よくこれを忍ばせていたものだ。
「もう手後れとは言え、こんなことして大丈夫なの?」
腐れを葬るのに一片の躊躇はないが、こんな人目があるところでやったらこっちが犯罪者だよ。
「大丈夫よ。わたしがいるから」
それがどう意味だかは知らないが、気休めを言う姉ではない。ならば手加減無用。自業自得と言う四文字熟語の意味を教えてあげましょうぞ。
「きたわよ」
頷く代わりにUSBメモリを胸ポケットに仕舞い、二丁の水鉄砲をつかんだ──のと同時に頭に硬いものが突き付けられた。
「殺しはダメよ──」
返事する暇なく目の前にいた姉さんが消失。二秒後にはカフェテリアの入り口付近で悲鳴が上がった。
その悲鳴に後ろの誰かさんが振り返る気配がした。
「……それはこっちのセリフだよ……」
ため息一つ吐き、背後にいるおバカさんに向けて人に向けちゃいけないよ的な液体を食らわしてやった。
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
なにやら想像を絶する液体だったらしく、尋常ないのたうち回り方だった。
「まっ、死にはしないから大丈夫だよ」
とは言え、見ていて楽しいものではない。なのでスタンガンでサクっと黙らせましょうね。